「社長、助けて下さいよっ!」Ⅴ
「え!?もう、こちらへは来ない……ですか!!?」
私の言葉を聞いた小見山さんは、そう言って凄い勢いで椅子から立ち上がり……かけて……思いっきりデスクにぶつかった。
デスクからは乗っていた書類がバッサバッサと音を立てて落ちて行く。
……大丈夫かな?
小見山さんも書類も、ちょっと心配ではあるが、私は、とりあえず自分の要件を優先させてもらう事にする。
「はい。CRYSTAL HEAVENの三人の活動も軌道に乗ってきたみたいですし、もう小見山さんだけでも十分にやって行けるのではないかと」
たゆまざる汗と努力と、時々挟み込まれるよく分からない涙の結果、クリヘの3人のステータスは安定のカンスト状態を示していた。
……筋肉値異常を誇っていた黄色の例があるので、限界突破というものが存在してなくもないかもしれないけど、それはそれとして気にしないことにしようと決めた。
だから、ここからは、ゲームの領分を離れた、本来のアイドル活動の領域になる。
そうなって来ると、アイドル育成が本職ではない私に、出来る事は無いだろう。
そろそろ、ゲームの世界との二重生活を離れて、元の暮らしに戻る頃合いだと思う。
(実は、こっちにかかりきりだったから、未だに完全攻略特典シナリオ、全部読めてないからね!)
私はゲームの世界から出て、一、乙女ゲーマーとして生きる事に決めたのだ。
(まぁ、若干の心残りが無い事もないけど……)
せっかく、、MAJIラブ Shooting Starsの世界を訪れたのだから、生『Seventh』や、生『神雷』を、一目見たい!あわよくば直接話してみたい!……と、思っていたのだけれど、それは叶わなかった。
実は、ニアミスがあるにはあったんだけれど……。
Seventhとは、クリへの付き添いで行かせてもらった現場で鉢合わせた事があった。
……けど、ほとんど部外者だから仕方ないとはいえ……私は、小見山さんからがっちり見張られ(エスコートされ)ていたので彼らには近寄る機会がなかった。
そして、神雷は昔馴染みのよしみで、こちらの事務所に顔をだしてくれていた日が何度かあった。
……のに、そんな時に限ってクリへの子たちが、入れ替わり立ち替わり、私の行く手を阻んだので会うことは出来なかった。
(あ、でも主人公ちゃんには会って話すことができたんだよね)
ゲームではプレイヤーの分身としての役割を担う主人公のプロデューサーちゃん。
その主人公ちゃんと、現実の人間として会って言葉を交わすのは不思議な感じがした。
ゲームでは一応の立ち絵はあるけれど、プレーヤーの分身であるだけに、あまりその姿を目にする事はなかった主人公ちゃんだったが、実際に見た彼女は美人さんで、そのスペックの違いを見せつけられた。
あと、ゲームにはCVが付いて無かったけれど、実際に聞いたその声はとても可愛いかった。
ゲーム中の地のテキストでは、自称『平凡』を宣言していた彼女だったのに、これを平凡と言うなら、とんだ平凡詐欺もあったもんである。
余談だけれど、この世界でのもう一人の自称平凡、小見山さんも、私から見たら十分爽やかな男前なので、二次元世界の自称平凡は、実際に平凡ではない……というのがこちらに来て得た豆知識だ。
という、豆知識はさておき。
Seventhや、神雷には接触出来なかったが、主人公ちゃんには会えたし、一応、クリヘを育てる役割を担った訳だからこれで良しとしよう。
ゲームの世界を体験できた、貴重な思い出としておこうか……。
そんな風に考え事に没頭していたら、いつの間にか近くに来ていた小見山さんに、私は、がっしりと肩を掴まれていた。
「社長、そんなこと言わないで下さい……私には、貴女が必要なんです……私を……捨てないで……」
雨に濡れる子犬の様な目で私を見詰める小見山さんは、瞳を潤ませながら、振られそうな恋人みたいな事を言ってくる。
もちろん、私と小見山さんに付き合っている事実は無いが……。
「あの……こみやm…ぐはっ!」
「社長っ!いなくなっちゃうの!?」
一先ず小見山さんを落ち着かせようと思ったら、背中側から激しい衝撃を受けてぎゅっと抱きしめられた。
肩越しに振り替えれば、もうずいぶんと馴染みのあるピンク色の頭髪が見える。
……けど、ピンク色。回した手をさりげなく胸の辺りに持って来るのを止めなさい。あと、「あれ?思ったより無い??」みたいな顔をするのを止めなさい。『何が』とは言いたくないけど。
「社長、いなくなっちゃやだ!ボク……ボク……社長なしじゃ生きられない!」
(何を突然言い出しますか君はっ!?)
「ボクをこんな体にしたくせにっ!」
(止めて?君がそういう事言うと色んな団体の誤解を生む!)
「ボクの初めて、社長だったのに!ボク、社長に全部あげたのに!!」
(それ、角に出来たケーキ屋さんに行った話だよね!?そう言えばショートケーキの上に乗ってたイチゴ、全部私にくれたねっ!ありがとうっっ!!)
ピンク色は、小見山さんの比ではない爆弾発言を次々と放って来る。
今、私が捕まったら絶対彼のせいに違いない。
小見山さんと、ピンク色。
うるうるとした四つのエメラルドグリーンがサンドイッチ状態で私を見詰めている。
「聞いたぜ!聞こえたぜ!!社長、あんたオレと付き合うって言ったよな!!あれは嘘だったのか!?」
(『と』じゃなくて『に』ね!『に』!『てにをは』は大事だからっ!!「時間がある時は、息抜きに付き合うよ」……って言ったはずだよ!私は!)
「貴様!万死に値する!!」
(ごめん!ちょっと言ってる意味が解らない!!)
一人居れば、三人現れるクリヘがドヤドヤと集まって来た事によって、ただでさえ混乱していた場が、更なる混迷を極め始めた。
けれど、私は、普通の乙女ゲーマーに戻りたい。
早く特典シナリオを読み切りたいのだ。
でも、私は、困っている人に頼られるのに、弱い。
特に自分より年下から……それも自分が出来るかも知れない事で助力を願われたならば尚更放ってはおけない。
しかも、連中、なんか全員泣き出した……。
「社長!」
「社長!」
「社長!」
「………社長」
私は何も言えなくなる。
「お願いです……」
「「「「社長、助けて下さいよっ!」」」」
八つの目力に、私はそっと頭を抱えた。
「あれ?」
事務所の机に置かれたゲーム機を見付けて、彼女は首を傾げた。
「これ、シャチョーさんのだ。どうしてここに置きっぱなしなんだろ?」
「おい、美香。勝手に触ったらねぇちゃんに怒られんぞ」
「うん。でも……」
「あん?どうし……うわっ……相変わらず、ねぇちゃん、えげつなっ!」
ゲーム機の画面を目にした途端、そう言って彼は顔をしかめる。
「なにが?」
「これ見ろよ。ここにバカでっかい真っ赤なハートが四つ点滅してんだろ?」
「うん」
「これ、このゲームの登場キャラの好感度指してるらしいんだよ。でもって、赤くて、でかくなってたら好感度がMAX」
「……全員真っ赤だねぇ」
「だろ?ねぇちゃんの事だから、おおかた全員まとめて攻略にでもかかったんだろ……相変わらずえげつない攻略の仕方するよなぁ……」
「なるほど……流石、シャチョーさん」
彼らは揃ってゲーム機を眺める。
その視線の先にある、四つのハートの下には、四つの名前。
小見山 悟
愛染 優
二階堂 武
瀬戸 悠
そして、ハートは赤く、燦然と輝いていた。