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「社長、助けて下さいよっ!」Ⅳ

「しゃ〜ちょう〜」


後ろで気配を感じたと思ったら、そのまま両手で視界を塞がれて、前が見えなくなった。


「しゃ〜ちょう〜」って……普通そこは『だーれだ?』だと思うんだけど……いや、確かに音は一緒の音だったけど……。


そう思いながらも、背後から来る「答えて?答えて?」というプレッシャーをひしひしと感じたので、私はそれに応じた。


「愛染くん、前が見えない」


「社長!セリフがちっがーう!そこは『えー、誰かなぁ?……わかった愛染くんね!ふふふっ私の愛をなめないでよ!』でしょ〜?」


「その用意されたセリフだと、私じゃミスキャストかな?」


明らかに私のキャラクターに無いセリフを指示されたので、そう答えたら、「も〜、社長、ノリわる〜い」と文句を言われてしまった。


文句を言いながらも、ピンク色はぴょこんと私の前に躍り出る。


そして、重ね着のシャツの裾を掴むと、その場でくるりと一回転した。


「今日はライムグリーンのTシャツにライラックピンクのシャツを重ねております」


一回転した後、恭しく礼をすると、ピンク色は高級レストランのディナーでも説明するかの様にそう言う。

ライラックピンクはやや派手な色ではあったんだけど、彼の頭髪の色には合っていたので、私はうんうんと頷いた。


ピンク色は嬉しそうに「エヘヘ」とはにかむ。


「でもって派手になりすぎないようにパンツは黒を合わせてます。あと、今日のポイントはこの頭にぴしぴしとうったピンでございます……この前社長が気に入ってくれそうなかわいいやつ見つけたから買ったんだ〜!それから、NOジャージDAYは継続中であります!」


後半はレストランのメニューではなく、上官への連絡調になったり、普段の口調だったりと、設定がぶれぶれだったけど、重要なのはそこじゃないので気にしない。


一通りの報告を終えたピンク色は、最後にビシッと敬礼のポーズを取った後、直ぐに、私へ「えらい?えらい?」と訊いてきた。


どこかの誰かと違って私にツンデレの気は無いので、もちろん、素直にえらいえらいと誉めてあげる。


「偉いわ、文句なし!キラキラアイドル合格!」


よくぞここまで成長出来たものだ……と感慨深い。



彼の持っていたステータスの問題点。

『センス』におけるマイナス値は、主にその服装関係に効力を発揮していた。


元々見た目に頓着しない質で、手間を嫌うタイプだったのだろう。


ピンク色は、

衣装を着てない時は学校ジャージ。

家に帰れば学校ジャージ。

オフの日は学校ジャージ。

隙あらば学校ジャージ。


ジャージ〜、ジャージ〜、ってお前は牛乳か!と言いたくなるほどジャージを着用しているジャージ愛好家だった。


別にね、ジャージを着てるのがそんなに悪いって訳じゃない。

機能的だし。楽だし。お洒落なデザインの物だってあるし。


ただし、彼はアイドル。

学校ジャージを着たきりの、適当な感じでそういう格好に行き着いちゃってるのがちょっと問題だった。

彼の印象から受けるキャラクターとも合わない。


そこで、私は、そのマイナスな『センス』の数値を上げるべく、奔走した!

……といっても、やる事は一緒に雑誌を読んだり、お店に出かけたりとそんな事だったんだけど。


ゲーム内で『センス』は『情報』のカテゴリーから分岐している。

その数値を上げるには育成パートで『情報』を仕入れなくちゃいけない。

効率的にセンスの情報を入手出来る項目は主に、『読書』と『お出かけ』。


ゲームではそこにミニゲームが用意されていて、成功するとポイントが倍!みたいな制度があったんだけど、今の現実にそんなものは実装されていなかったから、地道に数字を稼ぐ。


……うーん、ゲームから現実に採用されているものといないものの基準が分からない。


それはさておき。


読書に関しては、ピンク色は興味の無い本にはなかなか見向きもしなかったので、ちょっと苦労した。

写真イラスト中心に、ちょこっと漫画も乗ってるファッション誌で、ようやく興味を持ってもらえるようなものを見付けて、そこから何とか活路を見出だす事に成功した次第だ。


対して、お出かけのほうはほとんど苦労しなかった。

もともと出かけるのは好きみたいで、加えて人見知りや物怖じをしないタイプだったので、洋服のショップに入ったりしても、積極的に店員さんに話しかけたりしていた。

今では自主的にお買い物に行ったりもしてるみたいだ。


後は、ちょっとしたご褒美効果もあるかも知れない。


ただ、そのご褒美……最近は、若干の問題がなきにしもあらずなんだけれど……。


「ねー、社長〜。ボク、期間限定のイチゴづくしパンケーキ食べたいんだけどさ〜、お洋服が合格だったから〜、社長〜、一緒に行こ〜?」


「愛染くん一人じゃダメなの?もしくは小見山さんと一緒に行くとか」


「一人じゃつまんない〜!あと、小見山さんはお仕事だから直ぐは行けないじゃ〜ん」


確かに、こちらの世界で非正規労働者の私とは違い、正規労働者な小見山さんは、忙しい。


同じく、アイドルとして働くピンク色と出かけるとなると、お互いのスケジュールを合わせてから……という事になってしまうから直ぐにとはいかないだろう。


因みに、その小見山さん。忙しさにかまけて、スーツ以外は頓着しない質だったので、ピンク色と似たような措置を取らせていただいた。

……のは余談である。


「小見山さんが駄目なら、二階堂くんは?」


「えー……タケポンすぐボクのものとるからやだ!」


そう言えば初めて会った時も、彼らはお菓子を奪い奪われの最中だったっけ。

既に懐かしいなぁ。


「じゃあ瀬戸くん」


「ハルちゃんは一緒に行っても楽しくない……」


私も、言ってはみたけれど、それはそうだろうと思った。

濃紺の罵詈雑言をBGMにしたお茶やお食事は……ご勘弁願いたい。

特に最近は……。


「だとすると他は……学校のお友達とか……」


「ねぇ、社長」


そこで、ピンク色は上目遣いで私を睨んで来た。


「なんで、さっきからかたくなに他の人をすすめようとするの?そんなにボクと出かけるのは嫌なの?」


「う……いや……そういう訳じゃ……」


「じゃあどういうわけ?」


じっとりとこちらを見たまま、ピンク色は私の腰の辺りに腕を回して来る。


あ……だめ……そこ掴んじゃ……。


「愛染くん……あの……離して……」


「わけを言ってくれるまで離さない。ねぇ、なんで?」


「……ら」


「なに?」


「……ら……から」


「ちゃんと言って?」


「愛染くんに合わせて食べ歩きしてたら太ったからっ!!」


言ってしまった。


私は、羞恥心に顔を覆う。

何が悲しくて、アイドルに向かって自分が太りましたという宣言をしなければならないのか……。



『センス』の数値を上げた、ピンク色へのご褒美は甘味の食べ歩きだった。


ピンク色は見た目の印象通りに甘いものが大好きで、モチベーションを上げるにはこれがかなり有効だったので、利用させてもらっていた訳だけれど、一緒に食べ歩いていた結果、私は見事に太った。

今、腰回りは軽くヤバイ。


おんなじ様に食べ歩いていたピンク色は、ゲームの登場人物補正なのかなんなのか全く肥えた様子がないのに、ゲーム外の人間であるところの私が、ゲーム内の飲食で太っているというのがまた悔しいところだ。


しかも、私とピンク色は身長が近いので、並ぶとより私の肥大具合が目立つ。


「えー……このくらい、柔らかくていいと思うけどなぁ」


ピンク色、そこの肉を摘まむな……本気で泣きそうだから。


「だったら社長はオレと出掛けたらいんじゃね?」


私がうちひしがれていたら、そんな言葉と共に、いきなり後ろから伸びて来た手に、顔を上向かされた。


向けさせられた視線の先には、ニッカリと笑う黄色の顔がある。


「オレとだったら、体動かすこと多いし、ちょうどいいだろ?」


「ダメだよ!だいたいタケポンは社長から運動禁止令言いわたされてんじゃん!」


「適度だったらいいって許可もらってんだよ!だからオレはそういうとこ行くなら社長とって、今、決めたんだ!」


フィジカルに数値を持って行かれまくっていた黄色は、元々体を動かすのが趣味みたいなものだった。


歌やダンスに体力は必要だし、悪い事でも無いからと小見山さんが止めないでいたら、ジムやら何やらどんどん助長していたらしい。


なので、私は彼に、「今まで運動にあてていた時間の一部を、別の事に割り振るように」言い付けた。


とはいえ、やることの比率が逆になって、フィジカルの数字が0になったら意味が無いので、程ほどに……とは言っている。


初めの頃は心配で見張りにくっついてたっけ。


やたらとジムに行きたがったので、その代わり水族館やら遊園地やら『お出かけ』の中で、別な項目の数字が上がって、且つ、黄色の興味が引けそうなところに誘導して、結果、一緒に出かける事になったりもした。


逆に、黄色から、夜もやってるジムや、プールがあるジムの情報なんかを教えてもらう事があったので、運動不足を嘆く小見山さんと、仕事終わりに活用させてもらった事もあったなぁ。


プール……ダイエットも兼ねて、また行ってみようかな?



私が物思いに耽り、ピンク色と黄色が喧々囂々争っていると、それらを打ち破る声が響き渡った。


「五月蝿い!毎度毎度寄って集まればごちゃごちゃと騒ぐしか出来ないのか!この学習無能力者どもがっ!!」


今、煩いのはどちらかと言えばそっちじゃないかな?と、ツッコんで差し上げたくなる怒号を挟んで来たのは、お馴染みの濃紺だった。


ステータスに無の属性を誇っていた彼への対策は、『学習』と『読書』を中心に進めさせてもらった。


流石数字が一ミリも動かないアイドルというか。

濃紺は、ほんっとぉぉぉに色々な事を嫌がった。

そこへ加えて罵倒を並べ立てられるものだから、正直心が折れるかと思った。


けれど、その罵倒用語が、割りと限られた単語のローテーションだったのでそれを指摘してやったら、どうも彼は負けず嫌いの気があったらしく、むきになって学習をし始めた。


……間で、濃紺の学習意欲を喜んだ小見山さんが、大量の辞書を買って来ようとしたのを、慌てて止める一幕も、あった。


そうして知識を蓄えた濃紺は、語彙が増えたせいで口の悪さも威力を増すという課題も加わったが、その分、色んな事にも興味を示してくれるようになったので、まぁ、よしとしようと思う。


それから、彼は、もう一つ、若干の変化を遂げていた。


「おい、お前……社長」


「なに、瀬戸くん?」


「お前、こいつらとはよく出かけているのか?」


「予定が合えば、まぁ、ときどき」


答えると、黄色ほどの馬鹿力ではないけれど、濃紺が力任せにぐっと肩につかみかかってくる。


「ちょっと、瀬戸くん、痛い……」


「……ない」


「え?」


「俺はお前と出かけた事なんか無い!不公平だ!!」


「それは、瀬戸くんが出かけたがらないからで……」


「俺と出かけるのは嫌か……?」


そう言って、濃紺はぷいっと顔を背けるが、よく見るとその耳は赤い。


濃紺のデレ期である。


学習効果なのか、なんなのか……最近の彼は、今までのツンケンとした性格に、時折デレが加わるという、ツンデレへのジョブチェンジを果していた。



「ちょっとハルちゃん!ボクが最初に社長と約束してたんだから横から邪魔するのやめてよね!」


「社長の健康を考えたらオレと出かけんのが妥当だろ!」


「何れにせよこの女は気乗りしていたようには見えなかったが?」


濃紺を加えて、再び口論が始まって仕舞う。


うーん……喧嘩するほど仲が良いとも言うけれど……。


ステータスの数値的には問題無いはずなんだけれど、私、教育間違えちゃいましたかね、小見山さん(おとうさん)……?

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