「社長、助けて下さいよっ!」Ⅱ
これはどういう状況だろうか……?
目の前では、立派な成人男性が土下座をしている。
もちろん、私にそういう趣味はない。
「どうか!社長!平に平にっ!!」
そして、相手は今にも手打ちにされそうな身の上の、救済を図らん勢いで平伏しているものだから、対応に困る。
それ以前に……。
「私、『社長』じゃ無いんですけど……」
数刻前まで、私は自室で寛いでいた筈だった。
実家の手伝いを終えて、事務所から自室に引き上げて、さてゆっくりと特典シナリオでも読みましょうかとゲーム機を起動させたところまでは覚えている。
電源を入れて、起動画面を確認して、タイトル画面を確認して…………気が付いたら、ここにいた。
(間で、一瞬、ゲーム機から腕が伸びて来た気がするとか、それがこの人のスーツに似た服を着ていた気がするとかは気のせい気のせい……)
ホラーな思い出を封印した後、状況整理の出来なかった状況整理を諦めて、私は、一先ず、目の前の成人男性の顔を上げさせる作業から始める事にした。
「取り敢えず顔を上げて下さい。それから、先ずは教えて下さい。貴方は誰で、ここはどこですか?」
「え……は、はいっ!私は、小見山悟と言います。つい先日まで、RD’2actionという芸能事務所でマネージャー職に就いていました」
「ラディッツ……?」
その聞き覚えがある名前を、私は反芻した。
RD’2action……いや……まさか……そんな筈は……。
「はい……あの……元はそのRD’2actionにいたのですが今は……」
「うわぁ〜ん!小見山さぁ〜〜ん!!タケポンが勝手にボクのエクレア食べたぁ〜〜〜っ」
「見える位置に置いとくのが悪ぃんだろが……あ?小見山さん何やってんの??」
「ピンクと黄色……」
話を遮る様にどやどやと現れた人物たちを見て、確信に至りつつあった私の考えは、最後に出てきた人物にだめ押しされた。
「どいつもこいつも五月蝿い!黙っておくという行為すらまともに出来んのか!この俗物!!」
「腹が立つほど口の悪い濃紺……」
「は?」
(間違い無い……これ、『クリヘ』だ……)
クリヘ……CRYSTAL HEAVEN
乙女ゲーム、MAJIラブ Shooting Starsにライバル事務所、RD’2action所属アイドルとして登場する。
ただし、直接のライバルは、同じくRD’2action所属の5人組アイドルグループ、神雷。
彼らCRYSTAL HEAVENはその後輩として、ちらっとSeventhに嫌味だけ言うために登場する。噛ませてすらもらえない噛ませ役アイドルである。
そんな現物のクリヘを見たら認めざるを得ない。
「ここは乙女ゲーム『MAJIラブ Shooting Stars』の世界なんですね?」
「まじらぶ……は、何の事を仰っているか分かりませんが……貴女の居た場所とこの場所は、異なる世界だと思います」
(ああ、異世界認識なのか)
私たちが彼らを『ゲームの中の住人』と設定している様に、彼らもまた私たちを異なった世界の住人と設定している様だった。
成る程、世界ってそういうシステムなのね……と私は感心する。
「ねぇねぇ、小見山さん。このおねぇさんはだれ?そういうお店のおねぇさん?」
「まじらぶとかゲームとかわけ分かんねぇこと言ってっけど、なに?頭沸いたひと??」
「というか、貴様!下賤!!さっきこの俺に暴言を吐いただろう!」
(おー!清々しいくらいにクリヘだぁ……)
流れる様に浴びせられた残念ワードに、私は心の中で拍手を送った。
でも、他人を虐げる趣味は無いが、虐げられる趣味も無いので全く萌えないけど。
「こら!君たち、失礼な事言わないで!このかたはこれからうちの事務所を導いて下さる社長なんだからね!!」
「は!?なに言ってんだ?というか社長は小見山さんって話だったろ??」
「へ!?何言ってるんですか?というか私は社長じゃないですってば!!」
「「あ……」」
小見山さんの聞き逃し難い発言に、私と黄色の言葉が重なった。
それを見て、小見山さんが苦笑する。それで、少し彼は冷静になったらしい。
「すみません……私も大分焦っていたせいで説明が不十分でした」
そう言って小見山さんは事の経緯を私に説明した。
……と言っても殆どは私がこれでもかと言うくらい熟知している内容だった。
その事件はMAJIラブ時間軸で、DREAM FESTAの少し前に起こる。
DREAM FESTAに向けて組まれていた、Seventhのスケジュールが、軒並み先方からのキャンセルを受けてしまったのだ。
代わりにその仕事をこなして居たのは、神雷をはじめとしたRD’2actionのアイドルたち。
そこで主人公たちは、この一連の事件の黒幕に、何が絡んでいるのかを察する。
けれど、物的証拠は何も無い。
自分たちの事務所と相手の事務所、規模も力も違い過ぎる。
この先にある流れは各キャラクターの好感度や育成のパラメーター……その他特別要因で若干異なって来るので詳しい経緯ははしょるが……。
一切のプロモーション活動が出来ない事に、途方に暮れ、焦りや苛立ちの募るSeventhや主人公の前に、なんとライバルである神雷が現れる。
彼らはSeventhと口論になるまで、自分たちの事務所が彼らにかけていた圧力を知らなかった。
口論中にその事実を知った神雷は、事務所のその卑劣な遣り口に憤る。
その結果彼らが起こしたのは、大規模な移籍計画だった。
……で、まぁこれもパラメーターやら何やらで細かい内容は違って来るんだけれど、その結果RD’2actionは事実上の解体。社長他上層部は責任を問われて、更に今までの悪事も明るみに出る……と、そんな経緯だ。
「ただ、やはり何組かは、円満な移籍とは行きませんでして……彼らも……その……」
「あー……何と無く解ります……」
ゲームやフィクションだと話の都合上その辺りをすっとばすしか無いだろうけれど。
横の繋がりが無い。コネが無い。体制が合わない。etc……
「移籍します!→わっかりましたぁ!」で、実際はそうそうひょいっと事務所移籍やその先の割り振りを決めたりなんて出来る訳も無いだろう。
「いえ……神雷は自分たちが言い出した以上は……と、彼らの持てる人脈や力を割いて中にはABプロモートの協力を経る者まで居て、この問題に奔走してくれたのです……それでも……」
特に彼らクリヘは……オブラートに包んで言っても……好みが人を選ぶ。
私への態度を見るに、彼ら自身もまた人を選ぶのだろう。
「私がスカウトで見初めてここまで引きずり込んだ手前、放り出すのは無責任過ぎると独立して事務所を起こした……までは良かったんですが……」
そこで小見山さんは盛大に溜め息を吐いてうなだれた。
「私はマネジメント業務の中でもスケジュール管理や宣伝活動などは問題無いのですが、タレントの育成面に関してはてんで才覚がなく……その上、代表取締役など荷が荷が重っ……お……それでその時偶然聴いた貴女の事に縋っ……うっ……」
泣いている……大の男が泣いている。
「小見山さん泣かないでぇ〜うぁ〜〜ん」
ピンク色も泣いている。
「なっ……んだよ!トップがんな頼りねぇことでいいのか……よっ!」
黄色が泣くのを我慢している。
「低俗が!」
濃紺、お前はぶれないな……。
こんな男たちが(一人を除き)うちひしがれる悲しい状況生み出したのは誰だよ……と、私は考えた。
結果……。
……。
……。
………………私だよ!!
ゲームのシナリオだからそもそも開発者が……とか、プレイヤー皆攻略してたらそうなるんじゃ?……とか、思う所もあるが、私のプレイした結果の記録されている、私のゲーム機に引きずり込まれた世界なのならば、これは私の作り出してしまった世界……………………かもしれない。
そして、これは……これこそが重要な案件なんだけど、私は、困っている人に頼られるのに、弱い。
特に自分より年下から……それも自分が出来るかも知れない事で助力を願われたならば尚更放ってはおけない。
しかも、連中、(一人を除き)泣いている。
「分かりました、小見山さん!私で出来る事ならご協力しましょう!!」
ただし!……と、私は付け加える。
「『社長』は無しの方向で……」