「社長、助けて下さいよっ!」Ⅰ
『MAJIラブ Shooting Stars』というアイドル育成系乙女ゲームを攻略したその日、私の耳にゲームの中からある声が届いた。
「社長助けて下さい」と……。
運命の DREAM FESTA 最終日。
私は、固唾を呑んで彼らを見守る。
「栄えある DREAM FESTA 、その20回の節目となる今大会、遂にこの時がやってまいりました!発表します、優勝は……」
司会の人が進行を促す言葉すらもどかしい。
お願い、どうか。
どうか彼らを……。
ただ祈るしか出来ない自分も、もどかしい。
どうか……。
どうか……。
「優勝は、Seventhです!」
(やった!)
私の頬を涙が伝う。
拭っても拭っても溢れ出る。
(涙は悲しい涙じゃなくて、嬉し涙を流すんだってずっと取っておいたんだもの……もう、いいよね?)
舞台の上で、トロフィーを掲げ誇らしげにしているSeventhのみんなの姿が見える。
私も誇らしかった。
そして優勝のインタビューを一通り終えた時、それは起こった。
司会者に「マイク、少しお借りしてもいいですか?」と言った彼が、マイクを受け取った後、予想外の事を語り出したのだ。
「俺たちSeventhにはもう一人、大切なメンバーが居ます。その人無しではこの優勝はあり得なかった……だから、皆さんにその人を紹介したいと思います…………おいで」
彼の……彼らの手が私へと差し伸べられる。
悲喜こもごも、様々な歓声の嵐が会場を吹き荒れる中、私は、彼らの待つスポットライトの元へと歩みを進めた。
……。
……。
……。
…………。
………………。
「……っしゃ〜!ブロマイド(スチル)とレポート(ストーリー)回収率100%!!スカウトと指導の成績パーフェクト!!……遂にコンプリートできたぁぁぁっっっ!!!!!」
オルゴールアレンジのキラキラした音と共に真のエンドロールが流れる中、その達成感に、私はゲーム機を片手にして思わず拳を振り上げて叫んだ。
「おお〜!シャチョーさんおめでとうございます〜」
直ぐ側で見ていたバイトの美香ちゃんが、いなり寿司片手にいちごミルクを啜りながらぱちぱちと器用に拍手する。
「いや、美香ちゃんその『シャチョーさん』っての止めて」
「なんでですか?実質次期社長なんだし、いいじゃないですか」
「私、既に他のとこで職に就いちゃってるし、ここ継ぐ気は無いから」
『ここ』というのは私の実家である。
自社ビル……と言っても6階建ての小さなものだけど……にて画材、模型材料も扱う文具店を営んでいる。
美香ちゃんは、高校生の頃から大学生になった今でも続けてここで働いてくれているアルバイトさんだ。
因みに私はこの家の長子で長女に当たるが、前言の通り、家業を継ぐ気は今のところ無い。
「えー……愛して無いんですか?文具」
「嫌いじゃないし、見ていて面白いとは思うけど美香ちゃん程の情熱はないもん。美香ちゃんが、我が弟くんのお嫁さんにでもなって継いでくれるのがベストなんだけどなぁ〜?」
「えっ……ちょ……しゃしゃしゃしゃしゃシャチョーさんなに言ってるんですかっ!」
私の言葉に、美香ちゃんは面白いくらいに動揺してくれた。
私は長子で長女であるのだがその下には兄弟が居て、彼らのどちらかが家を継ぐ道を選んでくれた場合、私が家を継がずとも我が家は安泰だ。
序でに上の弟と美香ちゃんは同い年で、お互い憎からず思っているだろう事は傍目に見て判っているので、時々こうやってからかわせてもらっている。
「というかシャチョーさんはどうなんですか?いい感じの人とか……いないんですか?」
「私は今、彼らの事しか考えられませ〜ん」
「シャチョーさん、妙齢女子としてそれは……」
ヒラヒラとゲーム機を振る私を、呆れた顔で美香ちゃんが見た。
何とでも言うがいいさ。
事実私は今、彼らの事しか考えられないのだから。
『彼ら』というのは、私がたった今コンプリートを果たしたゲームに登場するアイドル達の事である。
『MAJIラブ Shooting Stars』という、アイドル育成恋愛SLGに登場する、Seventhというグループに属する7人のアイドルだ。
ゲームは、ABプロモートという会社のプロデューサーである主人公が、彼らのうちの一人をスカウト、プロデュースして育て上げ、DREAM FESTAという音楽コンクールでその人物が所属するアイドルグループSeventhを優勝させる事を目的としている。
育成してアイドルのパラメーターを調整するためのシミュレーションパート。ストーリー中の選択肢を選んでアイドルの好感度を増減させるアドベンチャーパート。この二つを駆使してお目当ての相手と様々な恋愛模様を楽しんでくださいね……といういわゆる乙女ジャンルに分類されるゲームである。
シミュレーション要素を入れ込むだけあって、その数値で細かな差分が存在し、分岐点も多いため、全てのシナリオを網羅するのは中々骨が折れる。
この度私は漸くそれらを制して、後はコンプリート特典として解放された特別シナリオを堪能するだけとなったため、正直今はゲーム中の彼らの事でいっぱいで、現実に構う余裕などない。
堂々とそれらを歌い上げれば、美香ちゃんはいよいよ残念なモノを見たとばかりに溜め息を吐いた。
「あー……もう……いいですシャチョーさんはそのままでいてください……あ、でもそれ終わったんならちょっと手伝って下さい。もうすぐ学校に教材販売行く時期なんで、品物入荷と販売準備重なって大変なんですよ!」
「あれ?もうそんな時期だっけ?分かったよ。今ちょっと余裕が出来た事だし、かわいい妹分のお手伝いでもしますかね〜」
「それは是非ともお願いします、シャチョー」
美香ちゃんに続いて私も席を立ちかけたが、そこでまだゲーム機の電源を入れっぱなしであるのを思い出した。
「危ない、危ない」
オートセーブは設定してあるけれど、一応念のためにと自分でもセーブしてから電源を落とす。
『社長……?』
「え……?」
電源がオフになる直前、ふと低めの声で何かが聞こえた気がした。
「まさか……幽霊……?」
考えたらちょっとゾクッとしたので、私は慌てて首を振る。
「ないないない!それはない!」
「シャチョーさん?」
「あ、ごめん。今行く」
束の間過ったオカルトチックな考えを振り切って私は美香ちゃんを追いかけた。
『アイドルをプロデュースして、DREAM FESTAで優勝させる事の出来る、社長……』
その時、再び何かの声がしていたのだけれど、私はそれに気付かなかった。