Fight!〜突然現れた異世界の女に興味津々な男VSニ次元の推し(それ)は二次元の推し(それ)として、公私混同はしない主義な女〜
私立剣華学園で平穏な暮らしを送る俺たちの前に奇妙な女が現れた。
俺たちを『乙女ゲームの攻略キャラクター』だと宣うこの女の言葉を、頭を打った所為でおかしくなってしまったのだと始め取り合わなかった俺たちだが。そんな俺たちに女が見せつけた、『ステータス参照』、『コマンド入力』、『お助けアイテム導入』の力によって、その話を信じざるを得なくなる。
女の能力を使えると確信した俺たちは、なんやかんやで周囲を言いくるめて、スクールファイトの陣営にこの女を加えるのだった。
「いや、おかしい!いろいろおかしい!」
女が興奮気味に叫ぶ。
「何がだ?」
何時もの事なので、特に気にしたりはしないが、形式として、一応、訊ねておいた。
「先ず、平穏な暮らししてないよね!?あなたたち学園で覇権争いしてる時点で平穏な暮らししてないよね!?でもって、一応ってなに!?様式美!!??」
現在進行形で考えている事まで女に筒抜けの様である。
「全く、プライバシーの侵害だな」
「不可抗力ですぅー、なんか周辺の会話とかモノローグのバックログをオートで拾っちゃうんだから不可抗力ですぅー」
バックログだのオートだのの用語で呼ぶ意味は未だに解らないが。女の言っている事は要するに、『俺たちの考えてる内容を彼女は勝手に拾い上げ』、『それは彼女自身の意思ではないから仕方がない』……ということだった。
ちなみに、メイン進行っぽい喋りのものほど拾いやすいらしい。
あまり拾われ過ぎるのも都合が悪いので、なるべく、思考が事務的な報告になるよう気を付けてはいるのだが、拾われる時は拾われるので、此方としても、どうしようもない。
「おお!声が……止んでない!今度のこれは……姿月、貴様かっ!」
どうやら、拾うターゲットが隣に立っている双子の弟に切り替わったらしいが、俺でなければ、構わないだろう。
「え〜、なに、なに、やだ〜オレの心を読んじゃうなんて、エッチ〜〜」
「エッチはどっちよ、この変態っ!!」
「え!?待って!今、オレの心の声の中のどの部分拾った!?ねぇ!!?」
……まあ、構わないだろう。
今更ではあるが、自己紹介しておこう。
俺の名は美浜深月。
剣華学園高等部2年E組、風紀委員会代表である。
そして、現在、隣で必死に弁明を繰り広げているのが、美浜姿月。
俺の双子の弟である。
2年A組。同じく、風紀委員会所属。
女の方は……判っていない事が多すぎるので、割愛する。
俺たちは、この剣華学園で、平穏な学園生活を送って居たのだが。そこに、数日前、この女が突然上から降って来た。
「まだ言うか……平穏……」
女が何か言っているが、サクッと無視しよう。
上手く女を交わした俺と違い、姿月の方はしっかり女の下敷きとなってしまったのだが、その姿月を見て、女は不可解な一言を放った。
『え?喧アタの美浜姿月のコスプレ??2、5次元??にしても、クオリティ高過ぎない???』
そんな事を言うものだから、俺は直ぐ様、これは話の出来ない類いの関わり合いになりたくない女だと判断し、その場を去ろうとした。
しかし、生来、お人好し気質な姿月の方はそうは行かなかったらしい。
『キミ、何で上から落ちて来たの?』
わざわざご丁寧に問いかけてしまい、そこから、女と姿月は会話を始めた。(その間、女はずっと姿月の上に乗ったままであったが、当人たち二人が気にしていないようだったので、俺は特に突っ込まずに放置しておいた)
しばらく対話を続け、それで判明したのは、女は俺たちとは別の世界の人間である事。
俺たちは女の世界では乙女ゲームとやらの攻略キャラクターらしいという事。
そして、乙女ゲームにはプレイヤーの分身である主人公という者が居て、ゲーム内におけるゲーム、『スクールファイト』の命運はこの主人公の動向が握っているという事。
スクールファイトというのは、平たく言えば学園の派閥争いみたいなもので、俺たちは各勢力に別れて戦いを繰り広げている。
戦いと言っても、競うのはその派閥の代表の支持率や、集会や行事等で行われるゲームの結果による優劣で、まぁ、平和的なものだが。
それによって予算などの優先度が変わって来るので蔑ろには出来ない類いのものだ。
俺たちが籍を置いている『風紀委員会』も、その派閥の一つ。
女の話によれば、ルート選択によって、この派閥の何れかに主人公が属する事によって、勝敗の結果が違って来るらしい。
基本は主人公が肩入れしている派閥が有利に勝ち進む。
俄には信じがたい内容であるが、最近の出来事で思い当たる節が無いこともなかったので、事実確認しようと……思い立ったが、その日は休日前の放課後であったため休日を挟んでの登校日に女を連れての確認作業と相成った。
結果、判ったのは、最近好調な『生徒会執行部』の派閥に、どうやら主人公が属しているらしいという事だった。
『好感度ゲージの動き的には生徒会長に行ってるっぽいなぁ〜、う〜ん、王道!』
そして、またしても、奇っ怪な言葉を発した女を問い詰め、幾つかの新事実が判明する。
女は、ゲームのプレイヤーが出来る事──『ステータス参照』、『コマンドの入力』、『お助けアイテムの導入』が、プレイヤー……すなわち、主人公と同じように出来ているらしい。
そして、現在、女から更なる情報を引き出すべく、こうして、女と向き合っている次第である。
「それで、生徒会執行部の勝利確定は覆らないと言うのか?」
「見るからに会長ルートに入ってるからねぇ……喧アタ王道ルートだし、シナリオ的にも会長ルートは強いよ〜」
「最初にオレ見た時にも言ってたよね、その……けんあた?……っていうの。何かの略称?」
「『喧嘩上等 Ataraxia』」
「「は?何て!?!?」」
「だから……『喧嘩上等Ataraxia』、この乙女ゲーのタイトルの略称」
喧嘩上等……それは、乙女ゲームのタイトルとして有りなのか……?
「オレの知ってる乙女ゲーとだいぶ雰囲気ちがうね〜。オレの知ってる乙女ゲーは、タイトル、『アリスクライシス〜旋律の乙女〜』とかそんなのだった」
確かに乙女ゲームっぽいが……ずいぶんピンポイントに具体的なタイトルを出して来たな、姿月。
「え!?こっちの世界も乙女ゲーあるの!?」
今この流れで、そこに食い付くのもどうなんだ、女。
「乙女ゲームは酸素と同じで生きていく上で必要な物なんです〜」
糞、考えを読まれたか。
しかし……と、考える。
乙女ゲーム……主人公……攻略対象キャラクターの勝利確定……これは、もしかすると、もしかするかも知れない。
「お前が俺たち双子の区別を初見で付けられたのも、その乙女ゲームの影響か?」
「まぁ、そうと言えばそうだけど……キャラデザやってる人の絵を見慣れたってのもあるのかなぁ……上向きと下向きのアホ毛の違いがある分、同じ絵師さんの手掛けた別作品の某キャラたちより、断然、難易度低いし」
アホ毛……?
某キャラ……?
何の事か全く解らん。
「いわゆる、『推しキャラ』だったからという訳では無いんだな?」
「深月は姿月と違ってこの界隈を知らない風だったのに、なんで推しキャラという概念は知ってるの……」
「今、重要なのは其所じゃない。質問に答えろ」
「え……えぇー……」
先程から女の目が泳いでいる。
「蒼い瞳に黒髪のキャラが……」
「蒼い瞳に黒髪のキャラが?」
「推しかなぁ……?」
もう一押しか二押しと言ったところか。
「俺も黒髪で蒼い目をしているが、お前の推しは俺か?」
「いやいやいや!唯我独尊系腹黒ドSさまは好みじゃないんで!」
「俺ほど優しさを備えた奴も居ないと思うが?」
「「どこら辺が!?」」
……なぜ、姿月の声まで揃った?
それはさておき。
もう、答えは出ているに等しいだろう。
「それで言うなら姿月も全く同じ造りだな……お前の推しは姿月か」
「うへっ!?」
当りだ。
俺としては相手が俺でも構わないが、姿月でも構わない。
「女、お前、姿月と恋仲になれ」
「「はいぃ!!?」」
またしても姿月の声が揃った。
まあ、仕方がないか。
「女、お前は、先程、このゲームは主人公が命運を握っていて、そいつとルートに入った攻略キャラクターの居る派閥に勝利が確定すると言ったな?それは何故だ?」
「え、そういうゲームの主人公だから……」
それも正解ではあるが、完全ではない。
「主人公はプレイヤーであり、プレイヤーは、『ステータス参照』をしてあらゆる情報を客観的に知ることが出来、『コマンド入力』をしてゲーム内キャラクターの行動を選択する権利を持ち、『お助けアイテム導入』してゲームを有利に運ぶ方法を持っているから……ではないのか?」
「言われてみれば……確かに……」
そして、同じ事を出来る人間が、主人公以外にもう一人居る。
「それらは全て、女、お前も可能な事だろう?」
それどころか、ランダム要素はあるが周辺の会話を参照出来る事や、ゲーム自体の情報を知っている……など。どちらかと言えば女の方が一段階上の能力を持っていると考えられるのだ。これを利用しない手はない。
「だから、お前が俺か姿月と恋仲になれば、条件は寧ろ主人公サイドよりこちらの方がいいと言える」
それも癪ではあるが……為す術も無く負けるなら兎も角、一つでも術があるなら俺は勝ちに行きたい主義だ。
「ちょっ、ストップ!それ、私が深月たちに協力すればいいだけであって、恋仲になる必要なくない!?」
この短い時間の中で、勿論、その方法も視野に入れた。しかし。
「これは乙女ゲームなのだろう?そして、乙女ゲームは数あるルート分岐の中で恋愛ありきのシナリオが強い傾向にある」
「ほんとさっきまで乙女ゲーム明るくない風だったのに、なんで急にメタ発言始めちゃってるの……」
「俺は学習能力と順応性が高いのが自慢だ」
「うわ〜、今、この場において最も歓迎したくない能力〜〜……」
何とでも言うがいい。念には念を、だ。
それに。
「姿月はどうだ?悪くない話しだろう?」
「え!?オレ??オレは……」
姿月がチラチラと女を見ている。
この世に生まれ出る前からの長い付き合いだから解る。これは好感触のやつだ。
序でに言うと、姿月は女が降って湧いた時から、女に惹かれていた。……これは姿月本人も無自覚で、俺しか気付いていなかったと思うが。
だから、この展開は好都合で、ある意味必然だった。
「嫌だから!」
「……嫌?」
俺の心を読んで反射的に言ったであろう女に、姿月が応えた。
潤んだ瞳に小首を傾げ、半ば上目遣いに女を見ている。
トリプルコンボ。素晴らしい出来だ。
「う……や……嫌では……う……」
女が徐々に追い詰められる。
というか、ほぼ、落ちている。
「違うから!私、2次元と現実は区別するタイプだからっ!公私混同しない主義だからっ!!」
「女」
「へいっ!」
「これは、2次元じゃない。現実だ」
語るに落ちた。
あとは流れに任せて、状況の観察と言ったところだろう。
結果と結末。
その後の経過は追って記述する。
以上。