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二人はいつも

どうやら私は、『乙女ゲームをプレイしようとすると、ゲームに入り込んでその登場人物になってしまう』という厄介な体質であるらしい。

初めからそうだった訳じゃなくて、ある日突然、起動したゲームの世界に自分が入っているという怪奇現象が起き始めた。


そして、その隣にはいつも……。

『ごめん!ほんとごめんってば!』


「お前、馬鹿じゃねーの!?」


わたしの謝罪に、おカレピの……ごめん、キャラじゃなかった、訂正……最近、付き合いが恋人的なものに進化したばかりの幼馴染みが叫ぶ。

でもって、叫んだ事で喉をやってしまったのか、しばしの間、()せた。


ごめん。ほんと、ごめん。


「……で、今度のその姿はなに?」


『いつの間にか喫茶店の入り口に立っていた記憶喪失の少女です』


「つまり?」


『このゲームの主人公(ヒロイン)です』


「へぇ?」


あ……静かなのに妙にドスの利いた声。

この声は、笑顔を作ってるのに目が全く笑ってないやつだ。

つまり、むちゃくちゃお怒りでらっしゃるやつだ。


顔はあんまり確認出来ないのに、声だけでそんな事が判るのは、長年の付き合いの為せる業だと自負しているが、現在、それが仇となっている。とてもこわい。

ごめん。ほんと、ごめん。


「訊かなくても分かるけど……とりあえず、訊いとく。それは、なにゲー?」


『テキストを読み進めていき、エンディングを目指すアドベンチャーゲームです』


「……つまり?」


『ストーリー中に何度か表示される選択肢の、選んだ内容によって、エンディングが変化します』


「……要するに?」


『……ぶっちゃけ乙女ゲーです』


「……お前、バカじゃねーの?」


本日、二度目の、「お前、バカじゃねーの」いただきました〜……。

ごめん。ほんと、ごめん。


という訳で、無駄な抵抗は止めて、正直に現状のあらましを説明しようと思う。


どうやら私は、『乙女ゲームをプレイしようとすると、ゲームに入り込んでその登場人物になってしまう』という厄介な体質であるらしい。

初めからそうだった訳じゃなくて、ある日突然、起動したゲームの世界に自分が入っているという怪奇現象が起き始めた。


これが、どのゲームでも起きる訳ではなく、なぜだか乙女ゲームと呼ばれる女性向け恋愛ゲームに限って発生するのだが、理由は、私自身もよく解ってない。

更に、乙女ゲームであればどれでもそうなる訳じゃなく、普通にプレイ出来る作品もあったりするから厄介だ。

そして、入り込んだ際、ゲーム中のどの登場人物になるかはまちまちで、必ずしも主人公(ヒロイン)であるとは限らない。


ただ、不幸中の幸いにして、一生涯ゲームの中に閉じ込められるとかそういう事はなかった。


ゲームのエンディング時期を迎えれば外に出ることが出来る。


この、『エンディング時期』という定義が曲者ではあるのだけど、今回は主人公(ヒロイン)なのでそれ以外の事例は割愛。


それで、主人公(ヒロイン)の場合の定義なんだけど、これは単純にゲームをクリア出来れば達成される。

基準は、スタッフロールの流れるエンディングで、そこに到達すれば(誰が判定してるかは知らないけれど)達成と判断されるらしい。


因みに、スタッフロールが入らないパターンのエンディングだと、どんなに良さげに終わっていようがスタート地点に戻される。

未だに遭遇してないから不明だけど、スタッフロールの無いタイプの乙女ゲーに当たってしまったらどうなるんだろう……と、思うとちょっと怖い。


「で、そんなに怖い思いまでするのに、なんでまたお前は乙女ゲーをやるんだよ?」


私の言い訳を延々聞かされた後、幼馴染みは盛大なため息を吐き出すと共に言った。


『それは……ライフワークと言いますか……』


NO、乙女ゲーム、NO、ライフ。

息を吸うように乙女ゲームをする私は、きっと、これがないと生活に潤いが無く、生きて行けない。


だが、もちろん、私とご近所さんで仲良くしていたばかりに。毎度、毎度、珍事に巻き込まれる幼馴染みには申し訳ないと思ってはいる。


乙女ゲームに吸い込まれた最初の日。

隣でゲームをしていた筈の私が突然消えて、『ゲーム機の中からこんにちは』した際に、彼が発した「嘘だろ、おい!!」は、記憶に新しい。


それから、彼は、私がゲームの中に入り込む度、ステータス管理やら選択肢の指示やら様々に協力してくれている。


だから、入るゲームとそうじゃないゲームの違いが判れば、幼馴染みに迷惑を掛けず、且つ、私も乙女ゲーを心置きなくプレイ出来ていいなぁー…なんて思いつつ幾つかゲームをやってみて、しばらく大丈夫だったから、これは行けるな!……と、思い始めていた……んだけど……。


「久々にアタリを引き当てたワケか……」


『その通りです……』


幼馴染みが、再び、盛大にため息をついた。

これは完全に呆れられている。


「システムは?」


『はい?』


「このゲームのシステムは?キャラクター選択式のほうなの?シナリオ途中からの分岐式のほうなの?」


『キャラクター選択式のほうですが……って、え……協力してくれるの?』


思いっきり呆れられていたので、今回は見捨てられるかと思っていた。


「協力もなにも……俺が外から指示したほうが確実だし、効率いいだろうが。それに……」


『それに?』


「知らないうちに危ない目にあってるよっか、選択肢の指示とはいえ、見ていて助けられるほうがよっぽどいい」


(ごめん……ほんと、ごめん……)


いつだったか、『全員鬼畜なドS様』というのが売りな乙女ゲームの世界に、私が入り込んでしまった事があった。

その時、幼馴染みは隣に居なくて、彼がゲームに入ってしまった私を発見したのは何巡目かの巡回を繰り返した後だった。


この作品はドSやら鬼畜やらを売りにしているだけあって、登場人物が精神的にも物理的にも、結構、痛い目にあっている場面が多い。


途中からそれを見て、バックログやらプレイリストやらで何があったか確認した幼馴染みは、感情移入してしまったらしく、それはそれはショックを受けたらしい。


以来、過保護とも言えるくらい私が乙女ゲーをする事を止めたし、プレイする際はぴったり横に張り付いていた。


それが、最近落ち着いて来て、ちょっと目を離した矢先にこれでは、心配かけて当たり前だろう。


こんな体質でごめん。

迂闊過ぎてごめん。

乙女ゲームが好きすぎてごめん。


「お前が、乙女ゲー好き過ぎるのも、迂闊過ぎるのも今さらなんだよ……それよりも、先ずは情報ちょうだい。攻略キャラクターは?」


謝る私に、彼はきっぱりと言ってのけた。


ああ、私の幼馴染み兼彼氏男前過ぎる。


『礼儀正しい穏やかスーツ系、無愛想体育会系、ムードメーカーチャラ男系、ミステリアスメガネ系、強面だけど実は優しいワンコ系』


「お前の性癖」


『礼儀正しい穏やかスーツ系?』


「……よし、ミステリアスメガネ系だな」


『うわぁーお、ばれてーら』


私の幼馴染み兼彼氏鋭過ぎる。


好みのキャラクターのルートをやってみたいな〜、なんて、私の欲望まみれな思惑は、しっかり見透かされて、今回は『強面だけど実は優しいワンコ系』で行く事が彼によって決められてしまった。


「一応、攻略サイトとか見てからのほうが確実だな。ちょっと探して見るから、少し待ってて」


『あー…無いと思う』


「なんで?これ、結構、マイナーなやつ?」


『違う。出たばっか』


「いつ出たの?」


『昨日です』


「はぁ?!お前、ほんと、馬鹿じゃねーの!?」


……はーい。

すっごい危ない橋渡ってるなー…と、今さら反省しております。


そして、もう、今日だけで今年一年分の「お前、馬鹿じゃねーの」を、言わせてしまったなぁとうなぎ登りに猛反省しております。


ごめん。ほんと、ごめん。


「……わかった。実況と、SNSにネタバレ落っこちてねーか探しながら行くわ……これ、スキップとクイックセーブは?」


『このメーカーは、毎度の如くバッチリそろっちょります』


「っしゃ、そこらへん駆使して最速でケリをつける!」


『ダーリン愛してる〜』


「ざけんな、反省しろ」


『すみません……』


調子に乗りすぎました。



ゲームのタイトルを訊いてから、遠くでキーボードを打ち込む音が聴こえる。


PC用の眼鏡をかけて、きっと真剣な顔でパソコン画面を見ているだろうその横顔を、今、隣で見られないのがちょっと悔しい。


(あの顔、格好いいんだよなぁ)


「浮気したら泣くからな」


続いて、ぽつりと呟く声が聴こえた。


(しませんよ)


きっと無意識に出た言葉だろうから、心の中で密かに呟き返す。


しませんよ。


だって、どれだけ乙女ゲームをしようと。私は、世界で一番貴方が大好きなんですから。

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