婚約破棄を代わりに受けるとか、もはや訳が解らないんですが!
『銀糸の美しい髪にアメジストの瞳、気高い──ともすれば気位の高く見える、美少女というよりは美女といった赴きのある少女』
私の目の前に現れたのは、乙女ゲーム、『星の王女さま』開始前に婚約破棄されているご令嬢、『ソフィア・キャンベル』だった……。
「貴女が私の代わりに婚約破棄を受ければよろしいのですわ!」
『銀糸の美しい髪にアメジストの瞳、気高い──ともすれば気位の高く見える、美少女というよりは美女といった赴きのある少女』(公式ビジュアルファンブック、制作スタッフこぼれ話のキャラクター紹介抜粋)が、ふんぞり返りながら私に宣言する。
何がよろしいのか分からないし、何もよろしくはないんですけど。
……そう思いながら、私は、目の前の少女をジト目で見つめた。
少女は、そんな私の無言の訴えなど意に介さぬとばかりに、自信満々で、遂には「オーホッホ」と高笑いまで始めてしまう始末。
疲れる、この会話めちゃくちゃ疲れる。
しかし、そもそもこの状況を引き起こしてしまったのが、私のもたらした知識である訳だから、自己責任と言えなくもない。
「いや……どう考えてもお嬢様がアホなだけだと思いますよ?」
「心を読まないでください」
隣にいた、少女の執事兼専属魔術師にすかさず、ツッコミを入れた。
なぜこんな事になっているかと言えば、話しは数時間前に遡る。
学校から帰宅した私は意気揚々と自室でゲーム機の電源を入れた。
最近、購入したゲーム『星の王女さま』をプレイするためである。
『星の王女さま』とは、とある星にある、とある王国を舞台にした物語で。その国の王子さまの婚約者候補生として集められた3人の主人公たちが、他の候補生たちと共に、王子さまの婚約者となるべく奮闘する学園生活を描いたドラマチック恋愛シミュレーションゲーム……要するに乙女ゲーである。
そして、その時の私は、一人目の主人公のシナリオを網羅し、二人目の主人公のシナリオに移るところであり、ある種の達成感と次への高揚感ではっきり言って浮かれていた。
「星界の〜フラグメンツ〜〜」
軽快にお歌なんかも飛び出していたと思う。
それが原因かどうかは分からないが、気がついた時、私は、なんだか、やたらときらびやかな装飾を施された部屋の中に居た。
「貴女、誰ですの!?」
部屋の中に居たのは私だけではなかった。
「あー、これ絶対高いわ……」と思われるドレス姿に、銀糸の美しい髪とアメジストの瞳の少女。
眦をつり上げ怒鳴りつけるその少女に、初対面なのに何故か見覚えがあった私は、思わず叫んでいた。
「あー、婚約破棄された令嬢!!!!!」
「なんですって!!!!!」
目の前に居たのは、『星の王女さま』本編開始前に王子さまから婚約破棄されていて、そのキャラクターデザインや設定は、唯一、公式ビジュアルファンブックでのみ確認出来るという、ご令嬢だった。
だからと言って、叫んだ内容は、考えなくても失礼極まりないし、よく怒鳴り返されるだけで済んだなと思うし、自分の考えのなさを後の後の後々まで後悔することになるんだけど……。
そして、これが原因で、私は、ご令嬢に捕まって延々と自らの失言の言い訳と解説をする羽目になった。
星の王女さまには、冒頭でさらっと紙芝居風に紹介される前日譚がある。
『とある星に、王子さまがいました。
王子さまには、将来お妃さまになる予定の婚約者がいましたが、
婚約者は自分が将来お妃さまになる事を自慢して、
好き勝手、我が儘に振る舞い、周りの人々を困らせてばかりです。
困り果てた人々は、王さまに訴えました。
「どうか王子さまの婚姻をお考え直し下さい」
話し合いの結果、王子さまの婚約は一度破棄される事になり、
新たな婚約者が選ばれることが決まりました』
この件で、王や王子、国の関係者は、適性を身分だけで絞ってはいけないという結論に至った。
そして、適性者には出自に関係無くしかるべき教育と後ろ楯を!の、スローガンの元、王立学園に特別学科が設立され、ついでに王子さまと同年代の立派な側近候補も探しちゃおうぜってことで多くの子女が学園で切磋琢磨する様になる訳である。
こうして、『星の王女さま』ゲーム本編がスタートする。
「……で、その『げぇむ』とやらと、貴女が私に向かって言った失礼極まりない言葉とが、どう関係してくるのかしら?」
「ええと……お嬢さまのお名前は、『ソフィアさま』でいらっしゃいますよね?」
「ええ、いかにも、私はソフィア・キャンベルでしてよ!」
「それです」
「は?」
「その、ソフィア・キャンベルさまが、『婚約破棄されるご令嬢』なんです」
「何をおっしゃっているの???」
ゲームの概念がない世界で、説明をするのは困難を極めた。
……というよりも、このソフィアお嬢様は、とりあえず私の言うことは分からないものと決めつけている節がある。
ゲームを物語とか置き換えてみてもおんなじ事を言われたので、たぶん、そうだと思う。
延々同じような説明を繰り広げて、5周目に突入しそうになった辺りで……。
「つまり、この方は我々の未来を記録した動く絵物語……仮に動画と呼びましょうか……それを見ていて、警告してくれた訳ですよ、お嬢様」
そんな私を見かねてか、横から助け船が入る。
赤い髪に緑の瞳、爽やかさと胡散臭さの絶妙に混じった顔で、にこりと微笑みながら「ギルベルト・クラーケンです」と名乗った相手は、ソフィアお嬢様の執事兼専属魔術師であるとつけ加えた。
話しによると、ソフィアお嬢様には、どうやら魔法の才覚が無いらしい。
お妃となるのに、魔法の才は必須ではないが、有るか無いかで言ったら、やはりあった方が有利である。
そう言えば、『星の王女さま』ゲーム本編の、シミュレーションパートにも、魔法力を鍛える項目があった。
故に、ソフィアお嬢様は、このギルベルトさんを専属魔術師として自分につけることで、王子さまの婚約者となる事をごり押したそうなので、人格云々(うんぬん)の件がなくても、いずれ物言いはついたのかも知れない。
ギルベルトさんの存在と、ここら辺の事情は、ゲームには出て来なかったので、初めて知った。
「では、私が婚約破棄されるというのは、未来に起こり得る出来事だと言うの……?」
「はい、関係者監視の元にそれは盛大に破棄されてしまいますねぇ」
「あれ?私、そこまで言いました?」
「あなたの心を読ませていただきました。防犯上の措置なのでご容赦下さい」
なんと!?
ギルベルト……恐ろしい子!
……じゃなくて。
執事兼魔術師、そんなこと出来るのか……なるべく余計な事は考えない様にしよう。
そういう力があるからなのか、ギルベルトさんの言う事は割合あっさり信じたらしいソフィアお嬢様は、なにやら神妙に考え込んでいる。
やがて、「分かりました」と、一つ、手を打ったかと思えば……。
「貴女が私の代わりに婚約破棄を受ければよろしいのですわ!」
冒頭の発言に至った訳である。
「私の魅力が解らない王子の事なんてこの際どうでもいいのです!しかし、公衆の面前で、私が断罪されるなどという屈辱には耐えられません!!あってはならない!!だから、貴女、私の代わりに、ちょっと皆の前で王子に振られて来なさい!」
「代わりに振られるって……」
予想斜め上の超理論が飛んで来た。
「大丈夫!ちょっと、かなり、だいぶ、見劣りはするけれど、背格好は似ているのですから、ギルベルトの魔法でちょいちょいっと何とかすれば誤魔化せますわ!」
そして、魔法の無駄遣いも甚だしい。
ソフィアお嬢様に指名されたギルベルトさんも、私と同じく細い目で彼女を見ている。
そういうこっちゃないんですよソフィアお嬢様……と、言いたい。
あと、私が成り済ましても、結局、世間的にはソフィアお嬢様が婚約破棄された事に変わりはないですよ……とも言いたい。
というかお嬢様、何が原因で自分が婚約を破棄されるか理解してないし、反省もしてないじゃないですか……。
アホい……アホだ……アホが過ぎる。
これが国母候補だったと言うのだから、さぞ、王国の皆様も不安になっただろう。
そりゃ直訴もされるし、婚約破棄もされる。
私はしみじみと痛感した。
「お嬢様がアホですみません……」
こめかみを押さえて渋い顔をする私に、ギルベルトさんが謝って来る。
「いえ……ギルベルトさんに非はないので……」
「数年間、一緒に居ると、条件反射で謝罪出来るようになりまして……」
「心中お察しいたします……」
私とギルベルトさんの間に、妙な一体感が生まれた瞬間だった。
その後、この婚約破棄騒動へ実際に借り出される羽目になったり。
「王妃という立場に未練がないかと言われれば嘘になりますけれど、そんなのは王子さま以上の相手を見つけて見返してやれば済む話しですわ!」
と、またしても自分勝手な超理論を振りかざすソフィアお嬢様に散々付き合わされる羽目になったりする事を、この時の私はまだ知らなかった。
「ギルベルトさん、私、一つ気になってたんですけど」
今日も今日とて、ソフィアお嬢様の理想の婚約者探しに付き合わされている最中。
私は、常々気になっていた事を、ギルベルトさんに訊ねた。
「よくあるじゃないですか、『ずっと側で見てるうちに実はお嬢様の事……』みたいな……そういうのはないんですか?」
お姫さまとナイト、お嬢様と執事etc、etc……古今東西、ロマンス系の物語とかでは定番な身分差の恋と言うやつである。
ぶっちゃけると、ギルベルトさんとソフィアお嬢様の間でそういうのがあったら、私は今すぐこの苦行から解放されるんじゃ?という打算まみれの質問だ。
私の言葉を聞いたギルベルトさんは、顔面蒼白になり、物凄い速度で首を振った。
「……恐ろしい事、言わんで下さい」
その、今にも倒れそうな様子に、私は猛反省する。
(そうだよなぁ……私がギルベルトさんでも、胃と心臓がいくつあっても足りなくなるから、ソフィアお嬢様は勘弁して欲しいもんなぁ……)
そんな事を考えていたら、逆にギルベルトさんから訊き返された。
「そ、そちらこそ、どうなんですか?よくありますでしょう、苦楽を共にするうちに絆が生まれて、お互いを大切に想う様になるって……そういうのは、いかがですか?」
そのギルベルトさんの問いの意味を考えて、私は身震いする。
それって、永劫このアホなお嬢様の下僕その2で居ろってことじゃないですか。やだー。
「恐ろしいことを言わないでください」
私は全力全霊でもって、その危険を回避した。
「左様ですか……」
下僕仲間が失われたからか、ギルベルトさんがシュンとなって項垂れる。
その背中が非常に寂しそうだったので、私は取り敢えずギルベルトさんの背を擦る事にした。
ギルベルトさんからは、何故だか恨みがましい視線を返された。




