ねぇさん、おれ、ヒロインになっちゃった…… Ⅳ
フィールド選択式やシミュレーションタイプでない、ノベル形式の乙女ゲームには特殊なものでない限り大きく分けると2つのパターンがある。
共通のシナリオを進めて行きながら、その中にある会話の選択肢を選ぶ事によって好感度などの数値を調整し、その数値によって途中から攻略対象のルートに分岐させてエンディングを迎えるもの。
始めに共通の導入部的なシナリオが少しあり、その後用意されたキャラクター選択画面で攻略したいキャラクターを選択してそのキャラクター毎に用意された物語を進めて行くもの。
この2つ。
花冠のマリアは後者にあたる。
「……つまり?」
それを聞いた弟が、眉間に皺を寄せながら言った。
「はじめに『この人!』って相手を決めたら、その人の事だけを一途に見ていればいいから、他の人のルート分岐は考えなくていい……かな?」
「その情報、なんにも有り難くない……」
批判を含んだ目でじっとりと私を見る。
実は、プレーヤーとしては『別の人の物語に出てくる推しキャラの立ち位置が好きで、それを見るためにあえて別キャラルートを攻略する!』なんてゲームの楽しみかたも持っていたりするんだけど……それは言わない方がいいだろう。
今、『○○ルートの××を見たいから○○を選んで!』なんて言おうものなら確実に弟から嫌われる。
世界に二人だけの姉弟。せっかく会えたのだからそれだけは嫌だ。絶対に。
ここは彼の好きな相手を選んで攻略してもらうのがいいだろう。
「おれ、攻略したいキャラクターとか、全然、全く、これっぽっちも、居ないからね?」
私の言葉は、口に出す前に拒否された。
「まあ……誰かしらのルートに入って保険をかけつつ、別の脱出方法も平行して探すっていうのは賛成だよ。一応」
一ミリも望んでないけど……と、弟はため息を吐く。
散々ごねた弟は、渋々ながらもゲームを進めてルートに入るという案には納得を示した。
現在は、引き続き医務室でゲーム攻略のための作戦会議中である。
「ノーリスクでクリアする」が、この作戦における弟の合言葉だ。
そのためには、どんな相手と、どのエンディングを迎える方向で行くかが重要であるらしく、私は、先ず、花冠のマリアに用意されたエンディングの種類を説明する。
このゲームに用意されたエンディングは、各キャラクター毎に、特に恋愛には発展しないノーマルエンド、甘い展開のハッピーエンド、その先へ掘り下げるトゥルーエンドの3エンドがあって。ノーマルで多少救済の見られないキャラクターはいるものの、不幸な展開と結末を迎える、いわゆるバッドエンドというものはない。
そう告げると、それを聞いた弟は、「バッドエンドがないっていうのは不幸中の幸いと言えば幸いだよ……うん」と、なんとも微妙そうな顔をした。
同時に「目指すのはノーマル一択で」というお言葉もいただく。
この他にノーマルエンドを全て回収したら現れる、スペシャルと、全シナリオを網羅したら現れるグランドというエンディングがあるんだけれど……と、付け加えたら、それらは「考える必要なし」と却下された。
「……で、次に大事なのが、どんな奴が攻略対象にいるかってことなんだけど……おれがもう会ってそうで、イベント起こしてそうな奴とかいる?」
「さっき食堂であった出来事が、共通のプロローグシナリオの途中だから、これまでに会ってるはずなのは3人かな。プロローグは顔見せと説明みたいなものだから、好感度を上げ下げするような選択肢のあるイベントはないよ」
そう言えば、弟は「じゃあ、うっかり好感度上げてるとかそういうのはないわけね」と、あからさまにほっとする。
「一人は……たぶん言わなくても分かる。やたらキラキラした雰囲気の金髪の奴でしょ?」
続けて弟が言った特徴に合致する人物は、確かに攻略キャラクターに居たので、肯定の意味で頷いた。
「幼なじみ……というか……昔会ったことがある……というか……その頃は分かんなかったんだけど、今朝、校舎の前で再会して成長した姿を見た時に『こいつなんか見た事あるかも』って思ったんだよな。やっぱりねぇさんのゲームで見たキャラだったんだ」
そのキャラクターはメイン格の攻略キャラになる。
オープニングでもタイトル画面でも中心的に描かれているので、チラッとゲームを触っただけの弟の記憶にも残っていたみたいだ。
因みに、昔会った事があるという設定に代表されるように、好感度は上がり易い。……と言ったら、顔を顰められた。
「関係を築くなら、あいつとは、友人でいたい」そう。
「次に会ったのは、先生かな?案内をしてくれた、モノクルの若い先生が攻略キャラクターなんだけど……」
「ああ、あの、片眼鏡で茶髪の頼りなさ気な先生。案内しながら五回は噛んだ」
「前半の母性本能くすぐる感じと、後半に発覚するギャップで人気なんだよ?」
あとは圧倒的声優さん人気。
……と、教えたら、「ふぅん」と興味なさげに流された。
「で、3人目は?」
「ええと……さっき、食堂で騒ぎになった時に『粛清だ!』って騒いでた生徒からちょっと離れた、後ろの席で傍観しながらお茶飲んでた先輩キャラクターが居たんだけど……」
「そんなの分かんないよ……」
弟がため息と共に吐き出すように言う。
まあ、そうだろうなと私も思った。
私はあらかじめあの位置にそのキャラクターが居る事を知っていたけれど、あれだけの混乱の中で、当事者ではない初対面の生徒をピンポイントで認識して覚えていられたら、かなりの観察眼と記憶力の持ち主だ。
「彼に関しては、すぐにまた接触する機会があるから、その時にどんな人か確かめられると思うよ」
「うーん……でも、あの状況で遠巻きに傍観しながらお茶飲んでるタイプってなんかやだなあ……根本的に仲良くできなそう」
「一応、理由があって観察してるんだっていうのだけ付け加えおくね……」
ゲームの主人公に無い先入観を与えるのはよくないかもしれないけど、既に各種先入観で弟にマイナス寄りな印象を植え付けてしまっているみたいなので、少しだけフォローしておく。
「それで、このあとに……」
「ミリィ、居るか?」
そこで、閉め切られた医務室の扉の外から声がかけられた。
「いますよ、アイザックさん」
「火傷の具合は大丈夫か?念のためにと氷を持って来たんだが」
馴染みの声だったので応じれば、扉が開いて背の高い精悍な顔立ちの男の人が入ってくる。
「誰?」
それを見た弟が怪訝な顔をして小声で訊ねて来た。
「えっと……彼は、アイザックさん。さっきちょっと話したでしょう?こっちに来てからいろいろお世話になってる女性が居るって。その女性の息子さん」
食堂の責任者でもあり、母親の頼みを受けて私が働くために直接的に尽力してくれたのも、彼である。
「私たちの事情も理解してくれてるから構えなくても平気だよ」
「……そう」
安心させようと思って言ったのに、弟は目に見えて不機嫌になった。
「あー…っと……すまん、なんか邪魔したか?」
「そんな事はないと思うんですけど……」
様子を窺おうとしたら、仕舞いにはあさっての方を向いてしまう。
「比呂斗?」
「ヒロト……って事は、そいつは例の探してた弟か?」
「そうです」
「聞いてた様子とだいぶ違うな……ミリィと似てないし、弟っていうより妹って感じだ」
「それは……いろいろ込み入った事情がありまして……」
曖昧に笑えば、アイザックさんは「そうなのか?」と首を傾げたが、それ以上は追及して来なかった。
彼のそういうところは非常に助かっている。
「弟が見つかったってんなら、積もる話もあるだろ。元々、火傷の様子を見てこの後の仕込みは休めって言うつもりだったから、ちょうどいい。ミリィ、今日はもう休め」
アイザックさんが豪快に笑い声を上げながら言った。
そして、そっぽを向いて居る弟の頭に手を置き、グリグリと撫で回しながら続ける。
「お前も姉さんとゆっくり話したいだろ?教師にはオレが伝えとくからこのまま一緒に休めばいい」
弟は眉間に一層皺を寄せた後、自分の頭の上に乗るアイザックさんの手を思いっきり払い退けた。
アイザックさんは特に気にした様子もなく、ははっとまた声を上げると、来た時と同じように扉をくぐり、医務室を出ていく。
アイザックさんが居なくなると、弟は息を吐き出し、言った。
「『ミリィ』ってなに?」
「私のあだ名かな」
こちらの世界に来た時に私を拾ってくれたアイザックさんのお母さんは、私の本名『みのり』を、上手く発音出来なかった。
「ミニャリー」とか「ミニョリー」を経て、最終的に落ち着いたところが『ミリィ』だった。
アイザックさんにはそれが移った形で『ミリィ』と呼ばれている。
「あの人と仲いいの?」
「同僚だし、お世話になってるし、良好な関係だとは思うけど?」
「へぇ」
さっきから弟の意図が分からない。
それに、段々と機嫌が急降下して行ってるような……?
「あの人は攻略キャラじゃないの?」
「へ、え!?」
そして斜め上の質問を受けて、私は大いに戸惑った。
「あ、アイザックさんはゲームには出てきてないから、攻略キャラクターじゃないよ」
「そう……残念」
──残念。
その一言に、私は驚いた。
先ほどまで、明らかにゲーム攻略に乗り気じゃなかったはずなのに、この言葉……。
(つまりは、アイザックさんが現れてからのちょっと不機嫌な態度は照れ隠しで、比呂斗はアイザックさんのことが、攻略したいくらい気に入ったって事?)
この世界を脱出する鍵は、ゲームをクリアすることかもしれない。
でも、弟が攻略キャラクターじゃない相手を望む事で、その結果、元の世界に戻れなくなるかもしれないなら……。
弟と一緒に、この花冠のマリアの世界で生きよう。
私はそう心に誓うのだった。