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娼館を舞台にしたBLゲームの世界に必要ない配役で転生したんですが、私、大丈夫ですか?(後編)

待ち合わせ場所である洋館近くの木の側へ立って居たら、声を掛けられた。


「ねぇ。あんた、芹んとこの客だよね?今日は芹じゃ無くてさ、俺を買ってみない?」


声の方へ目を向けると、人懐っこい笑みを浮かべた青年が立っている。


背はかなり高く、男らしい造作の、良い顔立ちをしているが、薄茶の髪と瞳に表情も相まって豆柴の様な印象を与える青年だ。


「あんた綺麗だし、優しくしてくれそうだし。俺さ、ちょっと女を抱いてみたかったんだよね」


「どう?」と言って来る彼は、私を芹の仕事の客と勘違いしている様だった。


その彼が、明らかに『違う』事にほっとしながら私は断りを入れる。


「私は確かに芹の待ち合わせ相手ではあるけれど、残念ながらそういうお客様ではないの」


「どういうこと?……あ、芹に義理立てしてるってことかな?俺は別に芹と一緒でもいいんだけど……俺割りと攻める方も受け止める方も行けるしさ!試しに一度、俺としてみない?芹より満足させる自信あるんだけどな」


「このかたは、そういうんじゃない」


そんな私たちの間に、細身の影が割って入った。


「芹」


影の正体は、私の待ち合わせ相手、芹だった。


「えー……だってさぁ、狡いよ、芹だけ。この人お金持ってそうだし、それに柔らかそうだし、何か良さそうじゃん!俺もたまにはそういう相手がいい」


「だから違うって言ってるだろう!それ以上、この人を落とす様な発言をするなら僕は君をただじゃ置かない」


「……う……何だよ、そんな怖い顔すんなよな……分かったよ」


芹の言葉は静かなものだったが、その声は体型や骨格の関係で普段は高めな筈の芹の声にしては、やけに低く響く。

そんな芹に怯んだのか、相手の青年はそう言うと、娼館へと引き返して行った。


私の方からは、こちらに背を向けている芹がどんな顔をしているのかは見えなかったが、その冷たい空気だけはこちらにも伝わって来たので、不安に思った私は芹に声を掛ける。


「芹……?」


「少し場所を移動しましょう」


そう言って、こちらを振り返った芹は、もう穏やかな微笑みを浮かべていたので私は安堵した。



芹に連れられて来たのは、一面に白い花の咲く草原だった。


「綺麗!近くにこんな場所があったのね!!」


「歩いていたら偶々見付けたんです。お気に召して下さいましたか?」


「ええ!とっても!」


私は、白の花畑が良く見渡せる木陰を見付けて腰を下ろし、芹を呼んだ。


芹は、私の隣へと座る。


「見付けた時に菊乃様の顔が浮かんだんですよ。喜んで下さったらいいなって」


芹が「ふふ」と笑った。


今までは殆んどこの辺りを散策したりはしていなかったので、この草原の存在に気付かなかったのだと芹は言う。


それぞれの事情で娼館に縛られている男娼たちは、全く自由が無いという訳ではないが、あまり館から離れて出歩く事はない。

世間の目であるとか、理由は色々あるみたいだ。


芹も、私と出歩く様になるまでは少しの買い出しや、客を引く為くらいしか外に出る事は無かったと言っていた。


私と芹が今こうして外で会っているのは、芹が館の中で会うのを嫌がったからだ。



二度目の邂逅の後、どうにも芹を忘れ難かった私はその後も館の近くへと足を運んでいた。


芹は私を見付ける度「貴女はもう来るべきではありません」と言って帰そうとしてきた。……が、その事で私は思い余った結果、娼館の客として芹と逢おうと行動を起こした。

そんな私を慌てて芹が止めに入り、今、こうして二人で会う形が出来上がっている。



「本当に……僕でいいんですか……?」


私に会うと、芹は必ずそう訊ねて来た。


「芹に会いたくて来てるの。芹がいいのよ」


その度に私は、同じ様に繰り返し答える。

それを聞くと、芹はいつも満足そうに笑うのだ。


「ねぇ、芹。さっきの人の話で思ったのだけれど、私と会っている間って芹の時間を奪っている訳じゃない?やっぱり、私も芹のお客さんとしてお金を払った方がいいのではないかしら……?」


「お止め下さい!……貴女は……駄目だ。貴女は綺麗だから……貴女は……違うんだ……」


「芹?」


芹はしきりに「駄目だ」「違う」と繰り返す。


芹は、何故か私が娼館の客になる事を頑なに拒む。


私の願望による勘違いでなければ芹も私の事は嫌ってはいないと思う。

それでも私とそういう関係になるのを「嫌」だと言う。


芹は私が「綺麗」だからだと主張するが、それが華族に連なる身である事を指すならば、こういった事に金を落として興じる人間がその種族の中にも居る事を私は知っている。

知識の有無を指すなら、今更だろう。


やはり元がBLゲームの世界であるから、女性の私とそういう事になりたくない……という事だろうか?


「芹は、私に触れるのは嫌?」


「え……?」


「ずっと『駄目だ』と繰り返すから、私と触れ合うのが嫌なんじゃないかと思って……」


思い返せば不意に接触した際、芹からは過剰な反応が返って来ていた気がする。

芹が私を嫌がっていたとしたら、あれは拒絶反応だったのではないだろうか……。


「僕が……」


「え?」


「僕が菊乃様を嫌う事などある訳がないです……有り得ません」


芹は、そうきっぱりと言い切った。


「菊乃様こそ、僕に触れるのはお嫌ではないんですか?」


そして、睨む様に私を見据えて来る。


「何度か言ったと思うのだけれど……芹に触れるのは嫌じゃないわ。芹に触れたい。だって、私は芹の事が好きだもの」


「……っ!」


私の言葉に、芹の体がびくっと揺れた。


「好きというのは初めて聞きました……その……本当に?」


「好きだわ」


「本当の本当に」


「好きよ」


「もう一度お願いしても……?」


「好き」


「もう一度」


「……ねぇ、これ私が恥ずかしいわ」


途中から芹は、両手で自らの顔を覆い、こちらを見ていないが、私の顔はかなり赤くなっている筈だ。


「……それは菊乃様だけではありません」


そう言って芹は自分の顔を隠していた手を離した。


その顔を見れば、頬ばかりか耳まで赤くなっていて、その上、目は涙で潤んでいる。


(芹の方が美少女過ぎるなんてずるいわ……)


私はかなりの敗北感を覚えた。


「菊乃様にお願いがあるのですが、聞いていただけますか?」


「私で出来る事なら……何かしら?」


「あの……菊乃様を抱き締めても良いですか?」


私は頷いた。

それを合図に、芹の腕がふわりと私に回される。


「ふふっ……実は菊乃様にずっとこうしたかったんです……凄く温かくて……良い香りがいたします……とても心地好いです…………暫く、こうして居ても良いですか?」


すりすりとすり寄って来る芹に、「ええ」と応じて、私は優しく彼を抱き返した。




***


「楽しかった?」


館に戻った芹に声を掛けて来たのは、薄茶の髪に瞳をした、同胞の中でも比較的話をする方な青年だった。


「あのかたは君の思っている様な相手じゃないって言っただろう?でも……楽しかったかと言われたら、楽しいを通り超すくらい楽しかったよ」


彼の答に同胞は「いいなぁ……」と言いながら、自分の部屋へと引き上げて行った。


(だから……あのかたは違うと言ってるじゃないか……)


その後ろ姿を見送り、芹は溜め息を一つ吐いてから、自らも自室へと足を進める。


見慣れた部屋に入ると、寝台に倒れ込む前に、左目に嵌め込まれた薄い硝子を外して、直ぐ横に備え付けられた台に置かれた水を張った容器に仕舞い込んだ。


同じく台に置かれた小さな鏡面を覗き込むと、片目の赤い人物がこちらを見ている。


芹は普段こうして片方の瞳を色着きの硝子で被う事によって、己の異形を隠していた。

それは周りから奇怪や恐れの目を向けられない様にする手段でもあった。


とはいえ、男娼というその職自体が奇異の対象ではあるのだが……。


(あのかたは……菊乃様は、これを見ても怖がらずにいて下さるだろうか……?)


芹は思った。


不思議な縁で出会った、本来ならば出会わない立場の人。


礼泉院と言えば、芹の様な者たちでさえ知らぬ者は居ない名家だ。

その家のご令嬢が、娼館の男娼に接触するなど通常は考えられない。


目にする事があったとしても、穢らわしい物に接する様に扱うのが普通だ。


けれど、あのかた、菊乃様にはそれが無かった。


初めの方は理解していなかったが故の物だったが、芹の正体を知ったその後も、彼女の態度は変わらなかった。

それどころか、芹を抱き締め、好きだとまで言ってくれる。


彼女をその腕に抱いた時の充足感は、圧倒的に手離し難いものだった。



彼女には婚約者が居る事は知っていた。

その人物が、この館の土地を買い取ろうという交渉を支配人としている姿を実際目にした事もある。


ただ、菊乃自身から婚約者とは「気持ちが疎遠」である旨を聞かされ、更に自分の事を「好き」であると打ち明けられては、最早芹はそれを理由に彼女への想いを止める事は不可能だった。


菊乃とは『男娼』と『客』としてそうなるつもりは絶対に無い。


でも『愛しい人』としてそうなれたら……と、芹は思った。


(こんなだから、女の人は初めてだけど……和樹様より上手くやりますから)




男たちが集う娼館を舞台にしたBLゲーム『明日ノ華』。


そのゲームの主人公。

デフォルト名は『(せり)


「今日、葉を摘んでも明日には芽が出る」と形容される明日葉は、芹科の植物であり、その名前をデフォルト名に持つ。

明日ノ華とはつまり彼自身を意味する名。


しかし、プレイヤーである姉が、名称変換によって別な名前を付けてプレイし続けるのを傍らで見ていた、今生の礼泉院菊乃である彼女は、その事を知らない。

菊乃の破滅フラグの対象として、最も接近を恐れていた相手が、今想いを寄せて心を通わせた相手であるという事に気付いていない。


彼らの今後がどうなるか、それはきっと、それこそ、明日の華だけが知る事だろう。


(菊乃様。ああ、菊乃様……とても、貴女に逢いたいです)

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