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ねぇさん、おれ、ヒロインになっちゃった…… Ⅲ

「これ……やっぱり乙女ゲーなんだ……」


私の説明を聞いた弟はガックリと項垂れた。

動きに合わせて、後ろで一本に結わえられていた髪がさらりと束で落ちてくる。

それを口に入らない様に避けてあげると、チラリとこちらに視線が向けられ、「ありがとう」とお礼を言われた。



私と弟は、今、学園の中にある医務室に居る。


表向きの理由は熱湯による火傷の治療のため。

本当の理由は、彼が──と言うには姿がゲーム主人公である女の子のものなので違和感はあるけれど──彼が、現実世界から居なくなって、今に至るまでの情報交換のため。


そして、私から事の顛末を聞いた弟は、先ほどの言葉を発した訳である。


「いや、なんか、初めの頃とか……すごく、すご〜ぉ〜く、ゲーム序盤にあったストーリーっぽくて、既視感あったんだよ……」


「既視感って……どうして比呂斗(ひろと)が『花冠(かかん)のマリア』のストーリーを知ってるの?」


彼がゲームに触れたのは、私が知る限りでは喧嘩をしたあの日が最初で最後だったと思う。

あの時、「勝手に触らないで!」と烈火の如く怒り出した私に、弟は確か「おれのと間違っただけ」で「電源以外に触って無い」と言ったから、それだけなら内容を知り得たはずはなかった。


「あー…、実はねぇさんに見つかって怒られる前に、あれ、ちょっとだけどんなゲームか気になって弄ってたんだよね……それで、少しだけ……」


「ちょっと!電源以外、触って無いっていったじゃない!嘘つき!!」


「だって、ねぇさんそうやって直ぐ怒るから!……ってごめん。ここでおれたちが昔の事を言い争っても意味ないよな」


弟のいう通りだ。

過去にしたその口論の末に彼が居なくなってしまって、「下らない争いをした」と後悔したのに、やっと会えた今、同じ事を繰り返したくはない。


こちらも「ごめんね」と謝れば、弟がフワリと笑った。

見た目は乙女ゲーム主人公の男装美少女になっているけれど、そういう表情はちゃんと弟の比呂斗に見えて、少し安心する。


「でも、またねぇさんに会えて良かった」


ふと、真顔になった弟が、ぽつりと言った。

そして、こちらの存在を確かめる様に、私の頬に触れる。


弟がこのゲームの世界に来てから、現実世界と同じように10年が経っているという事だったから、その間彼はずっと独りで戦っていたのだろう。


「やっぱり一人で心ぼそかったよね」


「ここは格好つけておきたいところだけど……そりゃあね……」


沁々(しみじみ)と言った(てい)で述べられた弟の言葉に、こちらが泣きそうになった。


今さらたらればを言っても仕方ない……けれど、私がもう少し早くゲームの電源を入れてさえいれば、弟をこんなに待たせる事はなかったのかもしれない。


「遅くなってごめんね」


そう告げれば、弟からは「会えたからもういいよ」と言われた。


「それよりも、ここから帰る方法を探さなきゃだよな……って言っても、おれ、10年頑張ってダメだったからお手上げって感じなんだけど、ねぇさん何か思いあたる事あったりする?」


「月並みなところだと、ゲームをクリア出来たら……とか?」


「やっぱりそれしかないかな……いや……ちょっと待って」


突然、弟が青ざめた顔になり、待ったをかける。


「あのさ……つかぬことをおうかがいするけど……ねぇさん、このゲームって、何したらクリアした状態って言えるのかな?」


「え、それは各キャラクターのエンディングを……」


そこまで言って私も気が付いた。


ここは、ゲーム『花冠(かかん)のマリア』の世界。

花冠のマリアは乙女ゲーム。

乙女ゲームは攻略対象と言われる男性達と主人公が様々な出来事の中で恋に落ち、エンディングを迎える事を目的としたゲーム。

花冠のマリアの主人公は女の子である。

そして、弟は現在、その主人公の女の子である。

つまり……


「え、やだやだ!おれ、絶対やだっ!」


弟が青ざめた顔のままで激しく首を振る。


すがる様に手を握られるが、私に出来る事は無い。


私は、やんわりと弟の手を握り返し、悲しみを込めて首を振った。


「いやだーーーっっっ!!!」


弟の悲痛な叫びが、医務室の中に木霊(こだま)した。

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