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ねぇさん、おれ、ヒロインになっちゃった…… Ⅰ

私には10年前に行方不明になった弟が居た。

ずっとずっと探していた弟だ。

やっと再開出来たのに……。

再開場所は乙女ゲームの中で、まさかこんな展開になるなんて──。

私には弟が居た。

いや、居たはずだった。

なぜ『はずだった』のかと言えば、今は、私以外の誰もその事を覚えていないからだ。


弟は10年前に突然、行方知れずとなった。


その日は本当にくだらない事で喧嘩をしていて。でも、それもだいたい何時もの事で。

しばらくイライラしたけれど。それが収まったら、その後は特に気にせず何時も通りに過ごしていた。


あいつ、今日こそは真剣に謝るまで許してやらんぞ──とか、ちょっとだけ思いながら……。


でも、その日の出来事を弟が私に謝ることも、私がそれを許すことも、もう二度と出来なくなった。


私と喧嘩をして憮然とした顔をしたままで、「ちょっとコンビニ行ってくる」と家を出た弟は、それっきり行方を眩ました。

そればかりじゃない。

それと同時に知り合いから……家族からですら、弟の記憶は失われてしまったのだ。

覚えているのは私のみ。


アルバムや記録からも弟の存在が消えてしまっているから。時々、弟の事は私が創り出した妄想なんじゃないかと思う事もある。


けれど。


喧嘩して叩き合いになった時の痛み。

お母さんの化粧品を持ち出して遊んで、二人して叱られた事。

お留守番してた時に二人で作ったホットケーキの味。


バイト代で弟の誕生日プレゼントを買ったら、私の誕生日にはお小遣いでプレゼントを買って来てくれて、渡してくれた事。

その時、「自分のお金じゃないの悔しいから、おれが稼げるようになったら絶対倍にして返す!」と、良く分からない対抗意識を燃やされた事。


弟との思い出がどれもこれもあまりに鮮明過ぎて。

私には、弟が夢や幻だったとはどうしても思い切れなかった。


私が、弟は居たという事実を否定出来ないのには、もう一つ理由があった。

それは二つのゲーム機の存在。


全く同じ色をした同型のポータブルゲーム機で。一つは私のもの、もう一つは弟のもの。


それらは、弟が居なくなった日の喧嘩の原因でもあった。


本当に下らない喧嘩だった。

全く見た目が変わらない私のゲーム機を、間違って弟が使おうとしてしまった。理由は、ただそれだけで……でも、思春期で、その時プレイしていたゲームの内容を弟に見られたく無かった私は、その事に過剰反応して弟を怒鳴りつけた。

弟は弟で売り言葉に買い言葉だったから、激しく口論した末の、喧嘩別れ。


この二つのゲーム機は、そんな喧嘩の象徴だった。


けれど、弟が居なくなった日。

他のものは全て消えてしまったけれど、なぜかこれだけは消えなくて。

その、ゲーム機が残り続けているという事実は、『弟は確かに存在したのだ』と、何かが私に示し続けているみたいで、これがある限りは、弟は絶対にどこかに居るのだ……と、私を勇気付けてくれているものでもあった。


だから、誰から何と言われようと……妄想だと心配されようと。私は、諦めずに、ずっとずっと弟を探していた。


そんなある日の事だった。




その日ゲーム機のスイッチを入れたのは偶然で。

でも、後から思えば、それは何かの知らせだったのかもしれない。


きっかけだったせいもあって、喧嘩別れ日以来、意識的につける事を避けてしまっていたゲーム機のスイッチを、私は入れた。


「動くかどうか確めてみよう」とか、そんな様な理由だった気がする。


弟のものだった方のゲーム機は、ソフトが入ってなくて、設定画面に移行しただけだった。

けれど、正常に動作はしてくれて。気休めかも知れないけれど、それが弟の安否を示してくれている様に思えて私はほっと息をついた。


次に、自分のゲーム機だった方のスイッチを入れた時に、それは起こった。


ゲーム機には、当時はまっていた、懐かしいゲームのソフトが入っていた。


制作会社や開発チームのロゴが入れ替わりで表示された後に入る、イントロの部分に、それは現れた。


『ねぇさん、たすけて』


「え……?」


それは、その場所には入らないはずのテキスト表示だった。


『ねぇさん、ねぇさん、おれ……おれ……』


比呂斗(ひろと)……?」


弟だ……。

突拍子もないし、何の確証も無いけれど、私はそう思った。


『ねぇさん、たすけて……おれ……ねぇさん』


「比呂斗!ねぇ、比呂斗でしょ!?」


『ねぇさん、ねぇさん、ねぇさん』


「比呂斗!比呂斗!あんた、今、どこにいるの!?ねぇ、比呂斗!!」


『ねぇさん』


その瞬間、辺りは強い光に包まれる。

余りの眩しさに目を閉じると、何かに引っ張られるような感覚が体を襲った。


力に引かれながら私は、ゲーム機に表示されていた弟の言葉を思い出す。


弟は、私に『たすけて』と、訴えていた。

ならば私は弟を助けなければならないと……。


(比呂斗……絶対ねぇさんが助けてあげるからね……)


そう考えながら、私は意識を失った。

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