混沌這い寄る乙女ゲーム制作会社の面接を受けています
金ない。コネない。実力ない。
そんな、ないない尽くしだけれど、乙女ゲームが大好きで、乙女ゲームを生み出す現場に携わりたくて仕方ない私は、いくつもの企業から不採用通知を受けながら、それでもめげずに一縷の望みを抱いて、とある会社の面接を受けていた。
そこに何が待ち受けいるかも知らずに……。
今私の目の前に、何とも形容し難い生き物が居る。
生き物?
……辛うじて、生き物だと思う。
その、何だかよく分からない生き物が言った。
「私が本日の面接を担当する☆ミΩ∑Å※∃∞∬だよ。よろしく」
そう言った何だかよく分からない生き物の声は、恐ろしいくらいの美声だった。
素晴らしい声だ。腰砕けになる程のイケヴォイスだ。
見た目は別の意味で恐ろしくて腰が砕けそうだけれども……。
ただし、肝心の、彼?が、何と言ったのかは出だしと終わり以外、全くと言って良いほど聞き取れなかった。
「ああ、すまないすまない。我々の名前は君たちには聞き取ることが出来ないんだったね、忘れていたよ。神さまうっかりだ」
私が首を傾げていることに気付いたらしい彼?は、すっと一枚の名刺を差し出す。
最後に一瞬おかしな単語が聴こえた気がしないでもないが、それはたぶん気のせいだ。
きっとそう。
……。
……。
……。
『代表取締役 Nyarlathotep』
……。
……。
……。
……気のせいじゃなかった。
名刺にはしっかりばっちり見間違えようもなく、とある名称が漢字とアルファベットで記されている。
取締役自らが面接って何だか大事ですね。
……って、そっちじゃない……のは解ってるけど。
ちょっと現実逃避をさせて欲しい。
「ナイアーラトテップ。こちらの世界で私は便宜上そう呼ばれている。でも日本人にはちょっと長い名前になるかな?呼びにくかったら気軽にニャルさんと呼んでくれても構わないよ」
逃避させてくれなかった。
「構わないよ」と、言われても呼べない……面接を受けている立場としても、未知との遭遇を果たしている人類代表としても、気軽にニャルさんとは呼べない……。
面接官の、何だかよく分からない生き物……改め、代表取締役のナイアーラトテップさんは、恐らく気さくな笑みを浮かべているだろうと思われる声音で尚もフランクに語りかけて来る。
「しかし驚いただろう?いきなり取締役が面接に現れたから」
驚くポイントは、先ず、そこではないと思う。
私は曖昧に、「いいえ……」と、応えた。通常の会社面接ならばアウトな反応だろうが、目の前に居るのはどう見たって生物学的にアウトな存在だと思うので、もう何が正解か自分でも判らなくなりつつあった。
「小さな会社だから仕方ないとは思うんだけど、やっぱりいきなり代表取締役が面接だとみんな畏縮しちゃうのかなぁ……帰らなかったのは君で3人目だよ」
たぶんみなさまのご帰宅理由は、代表取締役云々には関係がない。
そして、帰らなかった人が3人も居たという事実に、私は驚きだ。
誰だろう。その、心臓に毛が生えた人たち………………一人、私だよ。
もし、出会う機会があったら、その人たち“とは”仲良くなれるかも知れない。
「この会社は元の会社から女性向け恋愛ゲームの開発と販売を目的に、新しく独立したブランドだからね。まだまだ人材不足と言ったところなんだ……ああ、面接に来た子にこういう事言っちゃいけないな」
神さまも年取ると愚痴っぽくなっていけないねぇ……と、言いつつあははと笑う代表取締役のナイアーラトテップさん。
一体いくつなんだ……?
というか、この会社が元のゲーム会社から新規ブランドを立ち上げて、人員募集をしていたのは、求人情報を見たから当然知っている。
でも、ゲーム会社の独立ブランドって一般的には同じ会社の別部門って感じじゃなかった?……独立ブランドを理由に体よく孤立させられて追い払われたんじゃないだろうかこれ。
そして、他の社員さんって何人くらいいるんだろう?……よもや全員がどこかの神話界隈の人?たちってことは無いよな。
そもそも、何で立ち上げた新ブランドのジャンルが乙女ゲーで、そこにこの人?が名乗りを上げてるんだろうか?……その前にこの人?どうやってゲーム会社に就職出来たんだろう、うらやましい……。
今、私の中には、たくさんの言いたい事が溢れ過ぎている。
声に出してツッコミたい日本語だ。
「……最後に、何か聞いておきたい事はあるかな?」
いろいろな思いが心中渦巻く中で、代表取締役のナイアーラトテップさんの言葉に、私はこう答えた。
「ナイアーラトテップさんは……乙女心をお持ちですか?」
実に、どうでもいい質問だった。
数日後、私は、この会社の採用通知を受け取る事になる。