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周回令嬢はショタコンの変態である 後編

凛とした立ち姿は何処までも高貴な輝きを放ち。

その唇に乗せる言の葉と響きは真実にこの世の至宝!


「美しい……美し過ぎるわ……これぞ目の保養……」


これまた日課の舞台観劇中。


私はそんな宝ものたちの姿と声に、今日も歓喜でうち震えていた。



「お前さ……なんていうか……お前さ……」


今日も今日とて直ぐ横から何か聴こえるけれど、気にしない。

気にしないったら。気にしない。


「ほんと……美しさと色気を兼ね備えているのよね……だからと言って生々しくなくって……夢の様と言うか……つまり幻想……ファンタジー……結局のところ少年至高……尊い……うふ、うふふふ……」


「…………やっぱりお前危ないわ…………自警団さ〜ん、この人で〜す!」


「……」


再び、横槍が入る。

前回はここで相手……アルフレッドの挑発に乗ってしまって失敗した。


故に私は心頭を滅却して一度アルフレッドの存在と言動を記憶から抹消した後、再びお芝居に集中する。


作戦は見事に成功し、私はこの舞台の上演時間を乗り切った。





「おねえさま!」


観劇を終えて劇場を出ると、鈴を転がす様な愛らしい声に呼び止められて、そちらを向く。


「クリフ!」


そこには私の大天使、クリフの姿があった。


「舞台から姿が見えた気がしたんですけど、やっぱりおねえさまだった……見に来て下さったんですね!」


「ええ、もちろん。クリフの素敵な姿を私が見逃すはずありませんもの」


そう言いながら私達は抱きしめ合い、お互いの頬にキスを贈る。


「それにしてもクリフ。さっきまで舞台に立っていたのに、ずいぶん早く外に出てこられましたのね?」


「ぼくの出番は前のほうで終わりますから、先に着替えてたんです。早くおねえさまに会いたかったから……」


「まあ!それはとっても嬉しいです!!」


クスクスと笑って、クリフに頬擦りする。

くすぐったかったのか、クリフもふふっと笑いながら同じく頬を刷り寄せて来た。

これが、出会った時からの私達の挨拶だ。




クリフ。

クリストファー・ロビンソン。


少年達で構成される劇団に所属する11歳の少年俳優である。


彼との出会いは、私が前世と前々世の記憶を取り戻して、その事実に打ちのめされた直後の事だった。


「浮かない顔をしていると、幸せが逃げてしまいますよ?」


そう言って、声をかけて来たのがクリフだった。


劇団が次にする芝居の宣伝活動をしている時に、ふらふらしている私を見掛けて、心配したらしい。


「普通だったら見ず知らずの方にいきなり声をかけたりしないんでしょうけど……見たところ貴女は身なりがしっかりしてるのにお伴もつけずに、その上心ここに在らずといった風で歩いていらっしゃいましたから……」


「そうでしたの……」


そう言ったクリフに、私は苦笑を返すしかなかった。


私が伴を付けていない理由は1〜5週目の人生が原因である。


1週目のアリスベル・エクシードには従者が居た。

黒髪に緑の瞳が美しい、しなやかな姿の美青年。


二つ名を、『深緑の奏者ルシファー』。


その名から推察される通り、ノーザンクロスの破壊者だった。


こちらが、前々世の私が知る、正規のアリスベル・エクシード死亡フラグでもある。


1週目の私は前世の記憶も前々世の記憶も無かったものだから、決められたシナリオの流れに則してうっかりそのルシファーに想いを寄せてしまった。


結果は予想される通り。


1週目のアリスベル・エクシードは呆気なく最期を迎え、2週目への突入と相成った。


2週目以降はそれを警戒して、ルシファーをなるべく伴にせず、侍女と一緒に行動していたのだけれども。

直接侍女が原因で死ぬ事は無かったものの、何かしらの事件の巻き添えでを食ったり、死にかけたりと散々な目に合わされた。


その後、5週目を終えた6週目で流石にこれは何かがおかしいと感じる。

だから、侍女達とも距離を置いてみたら、とりあえずのトラブルは回避された。


これまた前々世の記憶が戻るまでは理由(わけ)がわからなかったのだけれど。

記憶がよみがえってからその原因は判明する。


生贄ガールズサイドと呼ばれる『サクリファイス〜無限の回廊〜』は、本家・生贄(サクリファイス)のネタがところどころに散見していた。

つまり世界は密かに繋がっていたのだ。


そして、男性向けに作られていた本家・生贄側の攻略や物語の中心となるのは、ガールズサイドと逆に女の子や女性達……。


女性だからって安心は出来ない……という結論に私はたどり着いた。


というか、細かい部分ははしょるが、『13歳未満』と『恋愛した場合』に問題が起こるという判断基準が無い分、実は女性と関わる方がより厄介であったりするという事を思い知った。


斯くして私は男女共にそば付きを側に置く事が出来ず。さりとて家に引き込もって居ても、多くの使用人がいるために心休まらない……という状況に耐えられず、7週目から一人寂しくこっそり街を徘徊する令嬢となってしまった訳だ。


この事がきっかけで7週目にアルフレッドと出会って、8週目に突入してしまったので、これが最善策かどうかは甚だ疑問ではある訳だけれど……。



「ともかくも命を絶とうとかそういうのではなさそうで、安心しました」


実は私が思い詰めて自殺でもするつもりなのではないかと思った……と、そう言ってクリフが見つめる先には、この街のシンボルとも言える時計塔があった。


悲壮な顔をした女が、一人でふらふらそちらに向かっていたのだから、なるほど確かにそう思ってしまうのも無理はない。


私はまた曖昧に笑うしか無かった。


「……そうだ!あの、もしお時間あるなら一緒に芝居を観ませんか?」


「お芝居?」


「今は宣伝活動をしていますが、実はぼく、劇団所属の俳優なんです……と言ってもまだ見習いみたいなものなんですけど」


これから、先輩達の演目があるので、後輩の彼らが練習も兼ねて宣伝を担当していたのだという。


気晴らしにどうですか?……と誘われ、私はクリフの居る劇団の舞台を観る事になる。

その時観たクリフの先輩達が演じている舞台は、凄いとは思ったけれど心を揺さぶられるほどでは無かった。


でも、その後にクリフから


「今は稽古だし……少し恥ずかしいんですけど……ぼく達の演目を見てみますか?」


と、言われて観たお芝居で私は運命に出会ったのである。


年端も行かない少年達が紡ぐ、夢のような世界!


何よりも、この美しい世界は決して私……アリスベル・エクシードを傷つけない!


素晴らしい!


そうして私は少年達の演じる世界に傾倒し、少年達に傾倒して行ったのである。


それでも断じて手は触れない。少年は見てるだけ。これ絶対。


ただクリフとは、それから舞台を観に行く様になって、何度か顔を合わせる様になって、顔を合わせる度に話をする様になって、そして、クリフの舞台が終わって彼に時間がある時は一緒に出掛けたり話しをする様になった。


私に心休まる相手が少ないせいか、ちょっとばかりクリフとのこの時間に依存してしまっている感は否めないが、親切なクリフは嫌な顔一つせずに私の相手をしてくれている。



だから今日もいつもみたいに彼と出かける予定だった……のだが、私の少し後ろを見て、クリフが訝しげな顔をして言った。


「あの……おねえさま、そちらのかたは?」


「そちらのかた……?」


言われて後ろを振り返り、さらりと揺れる薄茶の髪を視界に捉えて、思わず「げっ」と、令嬢にあるまじき声が出る。


「アルフレッドさま……」

そこには劇場の入り口で別れた……というか、撒いてきた筈の、アルフレッドの姿があった。


アルフレッドは感情の読めない表情でこちらを見つめている。


「なぜ、こちらに……?」


「お前が話しの途中で思いっきり走り出すからだろ」


「あれはその……ほら!こうして待ち合わせの時間があったものですから」


「『舞台から姿が見えた気がした』って事は約束してた訳じゃないんだろ?」


……そこから見ていたらしい。


アルフレッドの言葉に、何故かクリフが半眼になって言った。


「ああ、おねえさまの横に座っていたかたですか。お知り合いだったんですね」


「幼馴染みだ」


「へぇ……」


目を半開きにしたままで、クリフはアルフレッドを見ている。

アルフレッドも全く同じ顔でクリフを見ていた。


「ええと……あの……どちらかのお店に入って休憩しませんか?私、少し疲れてしまって……」


居たたまれなくなった私は、ひきつった笑顔を浮かべながら二人を見て、提案する。


破壊者で死亡フラグなアルフレッドと行動するのは避けたいところだけれど、このままクリフと二人、往来で謎の火花を散らされるのはもっと避けたい。


流石に人目があれば大丈夫だろう……と、私は二人を伴ってケーキや軽食も摂れ、ちょっとした休憩に最適な飲食店を目指すのだった。






「お前さ、どういうつもりなわけ?」


「……と、おっしゃいますと?」


のっぴきならない所用でアリスベルが席を外すと、徐に切り出したアルフレッドに、クリフがしれっと返して来た。


訳が解りませんという顔をしているが、明らかに何を問うたか知ってて空とぼけている様子に、アルフレッドは舌打ちする。


「食えないガキだな」


「あなたに食べられるつもりはありませんから」


「お前……」


この年齢の子供が、意味を理解してそう言っている事に、薄ら寒いものを感じ、アルフレッドからは再び舌打ちが飛び出す。


「おねえさまと幼馴染み……という事はあなたも貴族のかたですよね?失礼ですがあまり柄がよろしい様には見えませんね」


「貴族と解っててその態度って事はお前よっぽどの家柄かよっぽどの怖いもの知らずか?」


「さあどうでしょうね……後ろ楯はしっかりしてるとだけ申し上げておきます」


おねえさまとどうこうなっても差し支えない位に……と、付け加えてニヤリと笑ったクリフに、アルフレッドから三度の舌打ちがこぼれた。


「歳が離れ過ぎてるだろ」


「言うほどではありませんよ。それにおねえさまは幼馴染みで歳が近いあなたより、ぼく位に歳が離れた相手の方がお好みの様ですし」


アルフレッドがつい最近突き付けられて痛感した事実も、クリフは織り込み済みらしい。


「……でも、あいつはお前もその他大勢のガキもたぶんおんなじ位の感覚で見てるぞ」


苦し紛れにアルフレッドが言った言葉も、クリフは「そうでしょうね」と、事も無げに流した。


「彼らよりぼくの方が一歩飛び抜けてる自信はありますし、多少歪んでいようとも、曲がりなりにも好意を向けられている分だけ、あなたよりは余程ましだと思いますけどね。見たところ怯えられて避けられている様ですし」


「ぐっ……」


挙げ句、痛いところを突いて、逆にアルフレッドを追い詰める。


(いや、待て)


そこでアルフレッドは、ある事に気が付いた。


「あいつはお前くらいの年齢のガキが好みなんだ、だったらお前が年を食えば俺と変わらない扱いになるんじゃないか?」


しかし、クリフは顎に手を当て、少しだけうーんと言いはしたものの、特に困った様子は見せずに答えた。


「あれはそう単純な感じではないと思いますけどね」


そして、「でも」と、付け加える。


「例えそうであったとしても、ぼくがおねえさまの側を離れる理由にはなりませんよ」


そして、奇妙な色気を纏った顔で艶然としてアルフレッドに言い放った。


「ぼくは気に入った美しい花を見付けたら手折って側に置きたい派なんで」


それを聞いて、アルフレッドからは今度は舌打ちではなく盛大な溜め息が溢れた。

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