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周回令嬢はショタコンの変態である 前編

私の名前は、アリスベル・エクシード。

伯爵令嬢。

趣味、少年観察。


そして、たぶん8人目……。


透明で澄んだ歌声は神を讃えるに相応しく。

その清らかなる肉体に、清らかなる魂を宿す姿は、正に地上に舞い降りた天使!


「素晴らしい……素晴らしいわ……心が洗われるよう……」


日課の聖歌隊観賞の最中。

私はそんな天使たちの姿と歌声に、今日も歓喜でうち震えていた。



「うわぁ……どの口が洗われるとか言ってんだ?邪念まみれの癖に」


直ぐ横から何か聴こえた気がしたけれど、そんな訳はない。


気のせい。気のせい。


「本当に美しいわ、ボーイソプラノ……けれど少し落ち着いたアルトも捨てがたい……要するに少年の声素敵……声だけじゃないわ、存在そのものが素晴らしいのね……つまり少年至高……尊い……うふ、うふふふ……」


「控え目に言ってもお前危ないわぁ…………神様〜、この人で〜す!」


しかし、再び天使の歌声の世界に没頭しようとした私の耳に、それを遮って横槍を入れる許し難い低音が届いてしまったので、堪らずそちらを睨み付けた。


「ちょっと、アルフレッドさま。静かにして下さらない?むしろこの場から消えて?」


「え、ナニソレ十年来の友人に対して酷くない?」


「友人になった覚えなどありませんわ。その美しさの欠片もないド低音と、男くさく醜悪な身体を視野の隅に入れるのすら不快なの。私の視界入らないように今すぐ直ちに即刻消滅してちょうだい!」


「何でそこまで言われなきゃいけないんだよ!昔は俺のことだいす……」

「ああっ!もうっ!うるさいうるさいうるさ〜〜〜い!!!!!」


しん……


今まで響いていたはずの歌声が止んで、礼拝堂の中に静寂が訪れる。

そして複数の視線が私たちに向けられている事に気が付いた……。


(ああ……沢山の天使が……その瞳が……私を見ている……)


これが別なシチュエーションから生み出されたものであったなら、私は思う存分感動に浸っていられただろう。

しかし、今この状況でその目に見つめられるのは……居たたまれない……。


私はひきつった笑みを顔に張り付けて、仕方なく……本っっとぉぉに仕方なく、ド低音醜悪男アルフレッドを引っ張ってその場を後にした。




「はぁぁぁ〜…」


外に出た途端、盛大な溜め息がこぼれる。


「もうあの教会には行けませんわね……」


せっかく見つけた癒しの場だったと言うのに……。


私はじとっとりとアルフレッドを睨んだ。

しかし、やつには全くダメージを与えられなかった様だ。


「あのさぁ、ずっと疑問に思ってたんだけど、何でお前こういうとこにばっか入り浸るわけ?」


「こういうところばかりとはどういうことです?何をおっしゃっているやらさっぱり……」


「解ってんのにとぼけんなよ。今の、聖歌隊……っていうか『少年合唱団』観賞と、その前に行ってた芝居座の、『少年俳優』が演じる戯曲の観賞」


「ぐっ……」


「お前が最近行くところって、全部、そういうガキが何かするのが売りのとこばっかじゃん」


「……」


アルフレッドの言葉に、私は沈黙せざるを得なかった。


それには複雑かつ一言二言では説明し難い深〜〜〜い訳がある。




私の名前は、アリスベル・エクシード。


伯爵令嬢。


そして、たぶん8人目。


正確に言うと、今、8度目の人生を生きているところだ……と思う。



私は転生者だ。

これまで7回の生全てでアリスベル・エクシードという同じ人間の人生を歩んで来た。

アリスベル・エクシードとして7回生きて、死んだ。


死因はいつも同じ。痴情の縺れで発狂した末の憤死。


どんなに頑張っても頑張っても私は何処かで誰かに恋して、嫉妬の末に浅ましい女に成り下がり命を落とす。


その間に、前世の記憶を頼りにして破滅の運命を回避しようと何度努めたか知れない。

それでも、結局私は死んでしまった。



それがなぜなのか、6回迄は解らなかった。


けれど、6回目の生を終え、7回目の人生を始めようとした時、私はアリスベル・エクシード以外のもう一つの記憶が甦ると共に、この世界の正体を思い出した。


私が、『アリスベル・エクシードになる以前に、異世界のニッポンという国の人間として生きて死んでいた』ということ。


そして、『この世界が、その時プレイしていた“サクリファイス〜無限の回廊〜”というゲームと同じ世界である』ということ。



“サクリファイス〜無限の回廊〜”とは、そのアリスベル・エクシードになる前の世界の、乙女心を持つ人々に向けたスマートデバイス用ゲームだ。


通称『生贄、ガールズサイド』。


なぜガールズサイドかと言えば、元は男性をターゲットにしたPC向けのゲームで、その設定と世界観を引き継いでいるゲームだから……というのは余談である。



舞台は昔のヨーロッパによく似た王国。


そこでは、心に取り憑き仇為す悪魔(ディアボロ)という存在が人々を苦しめていた。


そんな悪魔に対抗すべくつくられたのが、ノーザンクロスという悪魔祓い(ディアボロスハンター)の組織。

悪魔祓いは魔力供給と指揮をする魔導士(ソーサリアン)と直接攻撃を担当する破壊者(ブレイカー)でチームを組んで悪魔と戦う。

プレイヤーは、その、ノーザンクロスへ新たに派遣された魔導士となって、破壊者達をまとめ、協力を経て、悪魔を倒して行くというのが大まかなゲームの流れとなっている。


そして、乙女心を持つ人々に向けたゲームとされる所以は、その中の破壊者の姿にある。


スマートデバイス向けゲームによくあるタイプであるが、この生贄ガールズサイドの破壊者はプレイヤーの前に絵師が描いた美麗なカードとして現れる。

現れるカードに描かれている破壊者の姿は揃いも揃っていい男、美形、イケメンだ。


この破壊者カードを前衛3名、後衛3名のユニットとしてセットし、計6人のチームで戦いながらストーリーマップや訓練マップ、イベントマップやプレイヤー同士の対戦を進めて行く。


そして、破壊者には人気男性声優が起用されており、カード入手時やホーム画面、マップ攻略時や戦闘の要所要所で格好いいセリフや甘いセリフ、果てはマニアックなセリフまで色々な言葉を吐いてくれるのだ。


結果、各破壊者にはそれぞれにファンが付いていて、グッズの売れ行きも好調らしい。



で、それの何処にアリスベル・エクシードが死ぬ流れが介入してくるのかと言うと、もちろん、ストーリーマップのシナリオパートである。


物語の世界観説明と操作のチュートリアルを兼ねている、序盤の一章にて、アリスベル・エクシードは悪魔に憑かれた人間の末路を示す例として死ぬ。

ご丁寧なことに破壊者の誰かしらに想いを寄せて狂ったという説明付きで、悪魔憑きとしてプレイヤーの前に現れてあっさり死ぬ。


とはいえ、アリスベル・エクシードは戦闘で殺っても心が痛まない様に配慮してなのか、なかなかにイラッとする嫌な人間に性格設定されているので、心に痼の残らない親切仕様となっている。

……アリスベル・エクシード本人以外には。


6回目までは全く気付かなかったが、私はゲームの物語のために、悪魔の生贄(サクリファイス)=被害者として生きて、死んでいたのである。


けれど、そのからくりが判っていたはずの7回目……それでも私は同じように死を迎えた。



「なあ、やっぱお前……ガキのほうが……その……好みとかそういうあれなわけ?」


いつまで経っても黙っている私に、痺れをきらしたのか、アルフレッドが口を開いた。


「……『どちらが』と、訊かれれば、そうですわね」


「え……まじ……で……?」


(13歳未満の少年の安全性は保証されていますもの……)


7回目の失敗の原因はそれだった。


生贄ガールズサイドはスマートデバイス用ゲーム故に、キャラクターやシナリオが順次追加されて行く。

頻度は高く、始めたタイミングによっては、全キャラクターをなかなか把握仕切れない。

故に自分が覚えているキャラクター以外が、破壊者でないという保証はない。

更に、厄介なのは、魔導士や破壊者は悪魔対策のため、一般人にはその正体を明かさない事。

一応、一般人であるアリスベル・エクシードには、前世の記憶で破壊者だと知っている人物以外では、隣に居る相手が破壊者かどうかなんて判らない。


7回目の私は、それが原因で、うっかりある人を好きになって失敗した。


唯一保証されているのは、ノーザンクロスの所属年齢が13歳以上に限られているという、ショタ好きお姉さまには悔し涙ものの設定だけで。

その年齢を超えていれば、何処に破壊者が潜んでいるとも知れない。


「私の心の平穏は、少年達を眺める事によって保たれておりますの」


「……」


8回目で記憶を取り戻して混乱する私の心を救ってくれたのが、先にアルフレッドが述べた芝居座の少年俳優だった。


そして、強制力なのか因果率なのか、破壊者を好きにさえならなければ、嫉妬して悪魔に憑かれて死ぬという流れは起きないらしい。


だから、13歳未満の少年だけはうっかり好きになっても大丈夫と保証された安全牌だ。


以来私は心の中で、少年しか愛でない愛さないと誓って、今に至っている。


人間性が危ないとかは二の次。

背に腹は変えられない。命あっての物種である。


だから。


「私には少年達だけで十分です」


「かっ、仮にだな。お前がガキしか好きになれないんだとして」


己の信念を告げる私に、アルフレッドが言った。


「どうして俺を避けるんだ?勘違いじゃないと思うんだけど昔は結構仲良かったと思うんだ、俺達……俺、何かしたか?」


私は、じっとアルフレッドを見つめる。


「な……なんだよ?」


たじろいだアルフレッドが、少し体を引いたので、彼の薄茶色な髪がさらりと揺れた。



アルフレッド・グレイス。


別名、閃光の騎士アルフレッド。


そして、ノーザンクロス所属の破壊者。



私は、前回。それを死の直前に知った。


彼は、7回目の私が悪魔に憑かれた原因だった。


7回目の私は、必死になって運命に抗おうとする中で、偶然アルフレッドと出会った。

そして、親身になって協力してくれるアルフレッドに、仄かな恋心を抱いた。


死んで、それが破滅フラグだと知ったのだけれど。


「経年による心境の変化だと思って下さいまし」


「……俺がガキじゃなくなったから、離れたいって事か?」


「そう取って下さって構いません」


「……」


アルフレッドの表情が歪む。


失礼極まりない事を言っているのは分かっている。


歳を重ねる……なんて自分ではどうしようもない事が原因で人から距離を置くと言われたって、いい気はしないだろう。


子供の頃はお互い仲良かった自覚はあるから尚更だ。

これもまた強制力か因果率か何なのか、私は次のアリスベル・エクシードに生まれ変わる際、前の生でアリスベル・エクシードの死因となった人物と、高確率で近しい関係性として生まれてくる。


今回は、アルフレッドと、幼なじみという間柄で生まれた。


更に厄介な事には、私の前世の記憶が蘇るタイミングはまちまちで、今回に関しても覚醒したのは二年ほど前という最近の話で、アルフレッドを避け始めたのもそのタイミングでいきなりだったので、アルフレッドとしても青天の霹靂と言ったところだろう。


二年すげない態度を取れば、今までの例から言っても大体は関係改善を諦めると思うのだが、アルフレッドのお人好しぶりはかなりのものらしく、こうして未だに仲良かった昔に戻ろうと頑張っている。


私がアルフレッドとの友好関係だけを保って、恋心を抱かなければいい話なのだろうが、7回の人生で悟った、アリスベル・エクシードの恋愛方面におけるチョロさは異常だ。


親切なアルフレッドには悪いが、ここはお互い離れておくのが吉なのである。


「という訳で私はこれで」


「何が『という訳』なんだよ……」


「ごめんあそばせっっ!!」


逃げるが勝ち。


言うが早いか、私は猛ダッシュでその場を立ち去る。


追いかけられたら流石に逃げ切る自信は無かったが、幸いな事にアルフレッドは私を追っては来なかった。




取り残されたアルフレッドは、悲しげな顔でアリスベルの去った方を見つめる。


そして、ポツリと呟いた。


「……って言ったじゃん……」




『わたくし、アルのことだいすきよ』


『おれもアリスがだいすきだよ』


『だったらわたくしたちけっこんしましょう!そしたらずっとずっといっしょにいられますわ!』


『ずっと?だったら、うん、おれ、アリスとけっこんする!』



アリスベルがまだ何の憂いも無かった幼い頃にした約束は、彼の中でまだ生きていた。

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