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娼館を舞台にしたBLゲームの世界に必要ない配役で転生したんですが、私、大丈夫ですか?(前編)

気が付いたら洋館の前に立っていた。


そこで、彼女は思い出す。ここが、かつて自分の姉がプレイしていたBLゲーム『明日ノ華』の世界である事を。


そして、気付く。

自分がその中の悪役、礼泉院菊乃(れいせいいんきくの)に生まれ変わっている事を――。



しかし、彼女は『登場人物の顔が思い出せない』という転生者としては致命的な欠陥を抱えていた……。

(不味い。これは非常に不味いわ)



そのばかでっかい洋館を見た時、胸に過った嫌な予感と共に記憶も甦った。


思い出したのは前世の記憶。姉のやっていたゲームの思い出。



――BLゲーム『明日ノ華』


舞台は古い時代の日本をベースにした世界の、麗しの男達が集う娼館。

BLゲームであるからして、娼館に居るのも勿論、これまた麗しの男どもである。


主人公は娼館で働く男娼。借金のかたに娼館へと売られて来た。

美少女と見間違う美人な外見をしている。


もう女の子でいいじゃん……と、思うがそういう訳には行かない。そこはロマンなのである。


シナリオによっては受けにも攻めにも転じるこのポジションは、普通の男の子って感じな主人公のパターンもあるみたいだけど、このゲームに関してはこちらが採用された様だ。


そして、そんな主人公を虐めるポジションに居るのが、礼泉院菊乃(れいせいいんきくの)

攻略対象の内の一人、鳳和樹(おおとりかずき)様の婚約者にして、華族の血を引く由緒正しいご令嬢。


娼館の土地を買い取る交渉に向かった際に出会った主人公に惹かれて親交を深めて行く婚約者が許せずに、時に悪どい手を使って主人公を虐める。


更に、他の攻略対象のルートに進もうとも、それが気に食わないとねちねちと虐める。


そして、最終的にその悪事が婚約者にばれ、白日の元に晒された挙げ句、プライドを引き裂かれたと発狂して飛び出し、さ迷った挙げ句その先で暴漢に襲われ殺されるのだ。


因みに、登場キャラクターで女性はこの礼泉院菊乃ただ一人である。

その他大勢……お手伝いさんにすら女性は出て来ない。存在しているのかさえ、謎。

ある意味、菊乃、逆ハーレムである。


……が、ここまでならまだいい。


問題は、この、礼泉院菊乃。やたらと登場シーンが多い事である。

下手すると攻略キャラクターよりスチル数も多い。


それを見て、姉、一言。


「菊乃、邪魔どころか要らなくね?」


姉がそう言ったのは、色々複雑な乙女心故だろうが、横で見ていて自分もそう思った。


嫉妬に歪んだ菊乃の顔スチル差分など、BLゲームプレイヤーの誰に需要があると言うのか……。


ただ当て馬ポジションを作りたいならば、女性キャラクターの菊乃にせずとも、他にやり様はあったんじゃないだろうか。

いっそ婚約者も男性にしてしまって、麗しの男同士で男を取り合う。

うん、いいんじゃないかな。

いいと思う。


是非ともそうして欲しい……というか、欲しかった……。


何故、私が今そこまでストーリー上から礼泉院菊乃の排除を願うのか。

それには理由がある。


私が彼女を必要無いと思う理由、それは……。


――私が、その、礼泉院菊乃だからだ。


残念ながら私は今生、礼泉院菊乃という生を全うしなければならない様なのである。


つまり、礼泉院菊乃である以上、私は、その先にあるお先真っ暗な運命を甘んじて受け入れねばならない。

無駄に登場して沢山の人たちに疎まれ続けなければならない。


……でも、そんなのは求めてないし、必要だとは思いたくないのだ。


生まれた以上は楽しく生きたいし、私とて自分がかわいい。



(よし、逃げよう。何処までも逃げよう)


私は洋館からくるりと背を向けた。

逃げるしかない。


せっかくここで前世の記憶が甦ったものの、私にはそのポテンシャルを活かせない大きな問題があった。


『明日ノ華』は姉のゲーム。

そして、私はそんなにBLに興味があるわけじゃない。


凄く苦手という訳では無くそれなりにストーリーは楽しめるし、姉とゲームについて話すのは面白いので何となく横に居て見てはいたが、がっつりとやり込んでいた訳じゃないので細部は覚えていない。


キャラクターも立ち絵を見れば、名前が一致するという程度で、脳裏にその姿を思い描ける訳ではない。


問題点は正にそこだった。


――キャラクターの顔が、判らない。


この世界で生きている感じとしては、イラストが現実になった……2、5次元的……と言えばいいのだろうか?


元のイラストを覚えていなければ、そしてそれを脳内で現実に変換出来なければ、相手が誰なのかは判らない。


イラストを見なければキャラクターが思い出せない私には、登場キャラクターに先手を打って何とかする……なんて方法を取るのは不可能に近かった。


しかし、不幸中の幸いな事に、主人公の特徴だけは覚えている。


少女と見間違う美しい顔立ち、艶やかな黒髪……それだけなら駄目だったかも知れない。


ただ、彼には、その左目が赤いという決定的な特徴があった。


(正確な顔立ちとか髪型とか思い出せなくても、こんな特徴があるなら相手が判らないって事は流石に無いわよね)


姿形が判らない他の誰かを何とかするより、姿が分かる主人公を避ければいい。

それが確実な回避ルートだ。


(要するに虐めなければいい……というか出会わなければいい訳でしょう!)


そう気が付いて、記憶が甦る前に、娼館に対する興味本位と婚約者の元を訪ねる目的でやって来た洋館を後にしようとする。


しかし、勢い良く走り出そうとした所で、思いっきり誰かとぶつかってしまった。


「……っつうっ」


ぶつかった衝撃によろけて地面に倒れ込む。


「すっすみませんっ!!」


慌てて謝る相手に、大丈夫だと言い掛けて、私は、固まった。


ぶつかった相手は、とびきりの美人だった。

少女と見間違う様な見た目をしているが、声の低さと喉元で辛うじて男性だと判断出来る。


一瞬、どきりとした。……が、直ぐに持ち直した。


美しい容姿だし、艶やかな黒髪をしているが、瞳はどちらも黒。

主人公ではない。


攻略キャラクターに美人は居たかも知れないが、主人公に会って虐めたりしなければそちらは何とかなるだろう。


その事に安堵して。心配そうにこちらを見ている相手に、私は、笑顔を作り、手を振りながら言った。


「大丈夫、大丈夫。ちょっと転んだくらいだから何とも無いわ」


「あ……」


それを見て、相手が小さな声を上げる。


「怪我……してるじゃないですか」


「え……?」


言われて自分の手のひらを見て見れば、転んだ拍子に擦りむいたのだろう擦り傷が出来ており、血が滲んでいた。

とはいえ、大した傷ではない。


「ああ、ちょっと擦り傷が出来てる位だし、さほど痛みも無いし、この程度大した事じゃ……」


「いけません!!」


「へ?」


私の声は彼の強い否定の言葉で遮られる。

そして、腕を掴まれ、立たされた私は、面食らって間抜けな声を出してしまった。


「こっちへ来て下さい」


黒髪の美人に手を引かれて、私は、洋館の脇にある水場へと連れて来られる。


「少し染みるかもしれませんが、我慢して下さい」


そう言って彼は私の傷口を洗い始めた。


「こういうものは汚れたまま放って置くとどんな感染症を引き起こすか分かりませんからね」


洗いながらそう言う彼に「大袈裟ねぇ」と笑ったら、「そんな事はありません!」と怒られてしまう。


そこから自らのハンカチを取り出し、彼は私の手にそれを巻き付け様としたので、私はそれを止めた。


「そんなに大きな傷じゃないし、ハンカチが汚れてしまっては悪いわ!」


「先ほども言いましたが感染症を侮ってはいけません。ハンカチの汚れは気にせずに……いえ、僕の持ち物だと逆に汚れているのかも知れないですが……」


そう言って、彼は悲しげに俯く。

自分の言葉にそんな意図は無かったので、私は慌てて彼に訂正した。


「貴方の持ち物が汚れているとかそんな事思っていないわ!……その……良かったら私を手当てしてくれるかしら?」


彼はコクリと頷き、私が差し出した手を取ると、始めの予定通りにハンカチを巻いてくれた。


「これで一応の応急措置は大丈夫かと思います。後はお家に帰られてからきちんと処置していただければ」


「ええ、ありがとう……あの、このハンカチ後で洗ってお返しするわね。でも血が付いてしまっているから新しい物の方がいいかしら?」


「いいえ、お気になさらず。それに貴女の様に身なりのしっかりした方が、僕みたいな者に気を使っていただく必要はありませんよ」


「何故?」


彼の言葉に私は首を傾げた。


確かに私は令嬢という設定上、豪華な装いをしており、彼はシンプルな服装をしているから身分差というものが存在しているのかも知れない。


しかし、親切にしてくれた行為をその身分の差で卑下するのはまた違うと思う。


「貴方は私を手当てしてくれたでしょう?私はそれに感謝して報いたいと思ったのだから受け止めてもらえると嬉しいわ……それとも私がそう思うのは迷惑だったかしら?」


「いいえ!そんな事は!……貴女は恐らく、僕が何者か解ってらっしゃらないんだと思います……でも、その……お気持ちは嬉しく思います」


黒髪の美人は、そう言うと少し頬を赤らめて微笑んだ。


美人がそういう顔をすると破壊力が凄まじい。

その笑顔で私の心拍数は上がってしまった。


「では、明日。もし時間が有ったらこの位の時間にまたここで会いましょう。その時にハンカチをお返しするわね」


「いえ……はい」


私の言葉を彼は一瞬否定しかけたが、私が有無を言わさぬとばかりにこやかに見つめたら、それを言い直して頷いた。


「名前を訊いておいてもいいかしら?私は礼泉院菊乃と言うの」


「え……礼泉院……?」


私の名乗りを訊いた途端に彼は目を見開く。


「私の名前がどうかした?」


「いえ……何でもありません」


私の問い掛けに彼は曖昧に微笑む。

そして「こちらの話ですから」とそれ以上の追及を拒んだ。


「僕の名前は芹と申します。苗字は在りません」


その名前が聞き覚えの無いものだったので、私は少し安堵した。

飽くまで私が覚えている範囲の記憶ではあるが、彼は攻略キャラクターでも無かった様だ。


安心して「分かったわ、芹さん」と名前を口にする。


「芹とお呼び下さい、礼泉院様」


「だったら私も菊乃で構わないわ」


私の申し出に黒髪の美人……芹は、「そんな訳には参りません」と言ったが、相手を名前呼びするのに苗字呼びされるのは私が居心地悪かったので、そう言わせてもらった。


「……でしたら菊乃様と呼ばせて頂きますね」


彼の了承に満足とばかりに頷けば彼はふふっと声を出して笑う。


それからもう一度明日の約束をして私達は別れた。



***


翌日、芹との約束の時間。

あと少しで約束の場所という所で空を見上げて、私はため息を吐いた。


(天気が崩れてきたわね……)


家を出る時から、既にその様な気配はあったけれど、暫くは大丈夫だろうと高を括って雨具は持たずに来た。


ぽつりぽつりと降り始める雨に、さてどうしようかと私は思案する。

一度帰ってから来れば約束の時間を大きく過ぎてしまうだろう。


携帯の様な連絡手段の無い古い時代設定なゲームの世界なので当然芹とも連絡を取り様が無かった。


(芹を待ちぼうけさせたら悪いし……)


私はそのまま待ち合わせ場所へ向かう事にした。


本格的に降り出したら芹も帰るだろうと思わなくもないが、昨日の見立てだと彼は律儀に待って居そうなタイプに思えた。

それに、ここですれ違ったら次の約束を取り付ける手段は私たちに無い。


私は待ち合わせ場所へ急いだ。


洋館の見える辺りに差し掛かったら、案の定芹は待っており、こちらに向かって駆け寄って来る。


「雨になりそうだからと思いましたが……やっぱり、菊乃様はいらっしゃったんですね」


「だって約束したもの。芹こそ待っていてくれたのね」


「約束しましたから……所で菊乃様、その様子ですともしかして雨具の類いは…………何も、お持ちじゃないですね……」


私が雨具を何も持参していないのを確認すると、芹は「そんな気はしましたが……」と、溜め息を吐いた。


「このままここで立ち話をしていて、濡れてしまってはいけませんね……菊乃様、こちらへ」


そう言って芹は私を近くの洋館へと誘う。


それは、昨日私の記憶が甦る前に菊乃が入ろうとしていた、あの洋館だった。


「この様な場所に貴女をお連れするのは間違っているとは思うのですが、生憎と僕はここしか雨宿り出来る場所を知らないので……」


私は驚いた。

無意識にその可能性を除外していた自分に驚いた……と言った方が正確だろうか。


この洋館……ゲームの舞台である娼館に出入りしているのは、登場人物達だけだと言う思い込みが何処かにあったのかも知れない。

だから、芹は主人公でも攻略キャラクターでも無いと判断した際に、彼はこの場所とは無関係だと私は思い込んでしまっていた様だ。

大きな館だ。住人などゲームの登場人物の他にも居るだろうし、出会った場所と状況から考えると、関係者と受け取るのが自然だったのに……。


「……昨日の様子からそうじゃないかとは思っていましたが、やはり貴女は僕が何者か解っていらっしゃらなかったんですね」


「解って無かったと言うか……ええ……でも、今理解したわ。芹……貴方はここの……その……男娼なのね?」


芹の美しい容姿、不必要な迄に自分を卑下していた今までの発言、そして苗字が無いと言った事から十分推察出来た筈なのに、私は今の今まで、その事を考えてすらいなかった。


そんな私の言葉を聞いて芹が笑った。


笑ってはいるけれど、それは感情の読めない笑顔だった。

その笑顔を私は何故だか少し怖いと思ってしまう。


それを察したのだろう、芹の双眸が細められた。


「ご理解頂けたならこの様な男と共に居るのもお嫌でしょう?傘を渡しますのでお使い下さい。使った傘は処分なりして下さって構いませんので」


「え?芹、芹ちょっと待って!!」


けれど、芹は私のそんな表情を違う意味で受け取った様だった。


そう言って、私を急き立て、追い払おうとして来る。


でも、私はまだここへ来た目的を果たせてはいなかった。

その為に来た筈なのに、追い帰されては困る。


だから私は、芹を止める為その腕をぎゅっと抱きしめ、必死ですがり付いた。


芹の体がびくりと震え、強張る。


「触れるのはお止め下さい、貴女の様な綺麗な方は僕みたいな男に触れてはいけない!」


「待って、私、まだ芹にハンカチを返せて無いじゃない!」


殆んど同時に叫んでしまった事で、私たちはぱちくりとお互いの顔を見合わせた。


暫く呆けた表情で無言のまま二人で見つめ合っていたが、居た堪れなくなった私が先にそれに耐えられなくなり、口を開いた。


「ええと……ハンカチを返しに来たのだから、その前に追い出されてしまうと困るわ……なんて……?」


そう言ってぎこちなく笑って見せると、芹は瞬きをして私を見た後、急に吹き出した。


「芹?」


「……いえ、すみません。そんなに必死の形相でハンカチを返そうとされるなんて思っ……思わなくて……ふっ」


暫く、くつくつと笑い続けた後、芹は再び自分の腕から私を離そうとした。


今度は先程までと違い柔らかな動作だったが、目的を遂げずに離されてはなるものかと私は芹の腕を抱く力を強める。


「あの……もう追い返したりはしませんから、腕をお離しいただけませんか?そんな風に掴まれたままだと……その……」


「なあに?」


「ええと兎に角……お離し下さい」


「あ、もしかして、強く握り過ぎて痛かった?ごめんなさい」


言われて気付き、慌てて手を離したら、芹からは「そうではありません」と言われた。


そして、此れからは男性に対して軽率にこの様な事をしてはいけませんよという注意を受ける。



「菊乃様は、違うのですね……」


「何が違うの?」


続けてぽつりと芹が呟いた言葉の意味が分からず、首を傾げて問い返したら、何でもないとはぐらかされて仕舞った。


「ハンカチを返して下さるのでしたよね?」


話を変える様にそう言って、芹は私に手を差し出す。


答えたく無いものを無理矢理聞き出す訳にも行かないし、そもそもの目的も芹にハンカチを返す事だったので、私は持って来た二枚のハンカチを芹の手に乗せた。


「二枚……ですか……?」


「借りたハンカチは、洗ったのだけどやっぱりというか……私の血の痕が落ちなかったの。それで、もう一枚、新しい物を……買って用意する時間がなかったから、家にあるものの中からで申し訳ないけれど……」


「そんな、お気遣い頂かなくとも……あ」


そう言って芹は、私が新しく渡した方のハンカチを凝視する。


そこには、白地に白い糸で施された花の刺繍があった。


「持っていたものの中で、出来るだけ華美で無いものを選んだのだけれど、男の人に花の刺繍は不味かったわよね?」


「いえ、綺麗だなと思っただけで……これは、菊の花ですね」


「あら、そう言えばそうね」


確かに、言われて見れば、その刺繍は菊の花をモチーフにした模様をしている。


「菊……ふふっ。という事は、これは菊乃様の模様ですね」


そう口にして芹は嬉しそうに笑んだ。

彼は、そっとハンカチを胸元に寄せ、抱き締める様な仕草をする。


直前に『菊乃様の花』なんて言われたものだから、それを見て、私はまるで自分がそうされているような気分になってしまい、段々と顔が熱くなって行くのを感じた。


「大切に致しますね」


「っっ!!」


そして、芹のだめ押しに完全にノックアウトされて仕舞う。


(魔性……芹は魔性だわ……)


私の中からは、ここがBLゲームの世界の娼館であるとか、自分がその世界の意地悪な令嬢役であるとか、主人公に会わない様に気を付けていなくちゃいけないだとか、そういった危機感的な物が完全に消し飛んで仕舞っていた。




ゲームの舞台となる娼館へ2度目に赴いた、その日の夜。

私は、私の記憶が目覚めてから初めて、婚約者の鳳和樹様と対面した。


菊乃として生きてきた記憶もあるお陰で、登場人物の中で唯一姿の判る相手でもある。



私の記憶が覚醒する前の菊乃は、彼に執着を抱いており、それがゲームにおける彼女を悪役たらしめていた所以であったが、私の記憶が混濁してからのその想いは大分変貌を遂げていた。

今の私には、もう彼へのかつての執着は失われている。


とはいえ、攻略キャラクターなだけあって、顔の造作はもの凄く素晴らしいとは思う。


(芹は美人って感じだったけど、それとはまた違った、男らしさもある綺麗な顔立ちよね)


そう思いながらじっと観察していたら、その視線に気付かれてしまい、怪訝な顔がこちらへと向けられた。


「何かご用命でも?」


「いいえ……」


その眼差しは婚約者相手のものにしては険があり、口調はどこまでも淡々として、友好さの欠片も感じられない。

昔からそうでは無かった気もするので、それは長年蓄積された何かが原因である、菊乃と婚約者様との距離感なのだろう。


(何をしちゃった結果、菊乃は婚約者にここまで距離を置かれてしまったのかしら……)


かつての菊乃の記憶もまた自分の記憶であるのに、彼女が『悪いという心当たり』を持ち合わせていないので、私には皆目その見当が着かず手の施し様が無い。


私は婚約者様に気付かれない様にこっそり溜め息を吐いた。


(婚約者方向からの破滅対策は諦めよう……)


せめてこれ以上関係が悪化しない事だけを心掛けて。


ここは、やはり主人公と出会さない関わらない……が、最善の策だろう。


(でも……)


その為に『物語の舞台である娼館に行かない』という選択肢を、私はもう取れそうに無かった。


(芹には会いたい……な……)


偶然出会ってしまった、あの美しい人に、会って間もないのに私は心惹かれていた。


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