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昔の恋人

 もやもやした気持ちで私は中庭に向かった。

(見知らぬ人やよからぬ目的があるかたならまじないで遠ざけますのに、こんなことは初めてです、どうすれば……)

 そんなとき、アイリと先ほど見た金髪の女性が話しているのが見えた。

(あのかたは、さきほどの……)

 女性も私に気付いたようで、アイリに何か声をかける。


「モルガナ! おはよう、どうしたのよ暗い顔して!」

 いつもどおりのアイリが私に手を振る。

「おはようございますアイリ、あの、そちらのかたは……」

 アイリが答えるより先に、女性が名乗った。

「ブリギッタと申します、あなたがアルヴァーの補佐をしてくださっている魔術師さんだったのね」

「はい、あの、アルヴァーのお知り合いですか?」

 私の問いに、ブリギッタさんはいたずらっぽい笑みで答えた。


「私はアルヴァーの昔の恋人なの」

「――は」

 昨日と今日で何度目か、私の思考が止まりかけた。

「女性は苦手なのだと伺いましたが、そうなのですか?」

「最初っからだめだったわけじゃないわよ、あなたは聞いてないのね?」

「はい、苦手な理由に関してはまったく」

「あら、そーだったの?」

 アイリも意外そうな顔をしている。

(有名な話なんでしょうか)

 なんだかもやっとする。


「アルヴァーがまだ騎士団に入ったばかりの頃よ、野党の討伐任務に向かった先でね」

(あ、なんとなく予想がついてきました)

「女の子が八つ裂きにされていたのよ、あの子が向かった先で、それからなの。

 だから騎士団に入る前は普通に恋人だっていたのよ?」

「そうでしたか……」

「といっても、八つ裂きなんて場面にはあなたも遭遇したことがあるでしょう?

 そんなことで女性が苦手だなんて騎士としては不甲斐ない話よね」

「そうですね、私もそういう場面に遭遇したことはあります、けれど、アルヴァーのことを不甲斐ないとは思いませんよ」

「まあ、優しいのね」

 うふふふとブリギッタさんは笑う。



「あら、もうこんな時間」

 ブリギッタさんは腕時計を見て私達から離れた。

「それじゃあねアイリ、モルガナさん、アルヴァーのことよろしくね」


「……」

「モルガナ?」

 アイリに声をかけられて我に返る。

「あ、いえ、なんでもないです、たぶん」


(なんでしょうね、このもやもやした感じは……)





 □□□


 夕暮れ。

(今日は一晩泊まって魔術の研究をしようと思いましたのに、もやもやが晴れず集中できません、ゆゆしき事態です)

 とぼとぼと、屋敷に戻るため歩いていると中庭でアルヴァーに遭った。

「モルガナ、こんな時間までいたのか」

「今日は泊まろうと思ったのですよ」

「あぁ、研究熱心な君らしいが……あまり感心しないよ」

「あなたの部下になる前もいつもこうでしたし、ながいときは月単位で屋敷に戻りませんでしたよ」

「……それは、すごいな」

(良い意味ではないんでしょうね……)


 じっとアルヴァーを見あげると、彼は何か言いにくそうに視線をそらした。

「そういえばモルガナ、君はあのひとに会ったかい?」

「ブリギッタさんですか?」

「ああ、君にも何か言っていたか?」


「あなたが女性を苦手な理由をうかがいましたが」

「……あのひとはまたそんな話を、言わないでくれといつも言っているのに」

 なんだか悔しそうな顔だ。

「……君との結婚については? 何か言っていたかい?」

「……いいえ、なにもおっしゃっていませんよ」

 私はまた胸のつっかえを感じた。


(やはりまだ未練がおありなんでしょうか、とても美しいかたですし……というか私はなにを考えているのです)

 思わず焦ってしまった。

(そういえば今、私はこのひとのことをどう思っているのでしょう)


「……そうか、いや、それならいいんだ」

 安心したようにそう言うアルヴァーをじっと見つめていると、視線を戻した彼は困ったような顔をした。

「モルガナ? 俺の顔になにかついているかい?」

「いいえ、いいえ、なんでもありません」

 慌てて返事をして、さっさと距離を取る。

「すみません、今日はもう帰ります」

「屋敷まで送ろう、こんな時間に女性が一人で出歩くものじゃない」

「大丈夫ですよ、いつも出歩いていますから」

「……」

 アルヴァーの表情が険しいものになる。


「ええと……めずらしい薬品や薬草は深夜のほうが手に入りやすいので」

「……君の研究に必要なのだろうから止めないが、俺がいるときは声をかけてほしい」

「いつもはフィトと一緒に行くので……」

「……」

「な、なにか変な事を言いましたか?」

 ひんやりとした空気を感じ取って私は困り果てた。


「なら今日は俺が送ろう、これは命令だ」

「そ、そんな命令はおかしいです!」

「おかしくない」

 強引に手を握られて、思わずひっこめようとするけれど力ではまったくかなわない。

(手、おおきいですね……)

 ふと、先日酔っていたときのことを思い出してカッと顔が熱くなる。

(はやく、帰りたいです……)



 □□□


「……結婚って」

 アルヴァーとモルガナが去ったあと。

 中庭の影に身をひそめていたフィトは悔しげに唇を噛んだ。


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