空咳
昔は毎日がカップメンで、主食はカップメンだと言っていた。
今の主食は、昆布出汁と、醤油と、みりんで作った手作りめんつゆで、1玉30円前後のうどん半玉を柔らかく煮込んだ煮込みうどん。具はねぎ、調子が良い時は卵も付ける。
カップメンを買うよりも経済的だ。
その節約出来たお金で野菜ジュースや薬を買って、サプリメントも買って。時々、本当に時々肉を食べる。当然出来合いものではなく、手作り。
栄養が偏っているとか、そんな事を考える余裕なんか何処にもないのに、カップメンだけだった頃に比べてみると随分と楽にはなっていた。
そこにやってきた新しい風、空咳。
スプレータイプの芳香剤に刺激を受け、そこから空咳が止まらなくなったのだ。
咳は1回出すごとに5キロカロリーの消費となるらしいが、空咳だから2キロカロリー位かな?と、そんな事はどうでも良い。
ただでさえ色々足りていない所、断続的にカロリー消費している場合じゃないのだ。
咳を押さえるためにメンソール入りのタバコを吸っていたが、それが本当の解決ではないとちゃんと分かってはいた。
こうして、行く所は病院である。
尿検査の為にトイレに行って、今度こそ血液検査があるのではないか?と恐怖しつつ診察室へ。
胸の音を随分と長く聞いている医師は、ハイ咳をしてーと簡単に言ってくる。しかし、1度出してしまうと止まらなくなるので、そこからは咳が出っ放しで診察を受ける事になってしまう。
問診して、レントゲン検査をして、尿検査をした結果、原因不明。そして終に血液検査を受ける事になった。
ブスッと腕に穴を開けられ、そんなに多くないだろう血液を結構な量取られ、1週間待って告げられたのは、原因不明。
医師から処方された咳止めも、ただの気休め程度にしか効き目がなく、結局メンソール入りのタバコが1番良く利いた。
ゴホ、ゴホッ。
栄養不足の人間が、長い間空咳を出し続けているとどうなるのか。
肋骨負傷である。
かなり痛みが激しく出たので、慌てて整形外科に行った。そして処方されたのは痛み止め成分入りのシップと、安静にしてねーと言う言葉のみ。
インターネットで肋骨骨折について調べてみると、固定の出来ない箇所なので安静にしているしかないと出てきた。
しかし問題がある。
空咳は、続いている。
咳の出し過ぎで肋骨負傷しているというのに、肝心の咳がまだまだ現役で働いてしまっている状態。それなのに湿布を貼った所で何がどう良くなるというのか?
メンソール入りのタバコを吸いながら胸に湿布、お酒を飲みながら考えて、ふと気が付いた。
お酒を飲んでいると、痛くない?
しかし、またもや問題がある。
お酒もタバコも医師から止められている。
けど、咳が出るんだからしょうがない。
処方された薬では咳が止まらないんだから、しょうがないじゃないか。
咳が止まらなければ安静に出来ずに肋骨も治らない。
だからタバコはしょうがない。
お酒は?
急に痛み出した時の対処として飲む以外は止めておこう。
そう決めたのもかかわらず、寝ていて、急に咳き込んで目が覚めた時は、タバコに火をつけるよりも先にお酒に手が伸びた。
グイーっとコップに1杯一気に飲み干し、そこからタバコに火をつけ、2杯目のお酒をゆっくりと飲む。
朝から2杯の日本酒とは、随分と贅沢な暮らしぶりだ。
それもすきっ腹に15度のアルコール、胃が可笑しくならない訳がない。
何処がどう辛いのかも分からない中、もう1度病院に行って助けを求めてみた所で、原因不明のまま、また利かない咳止めを処方されただけ。
もう、良いかな?
結構やれる事はやったと思うし、かなり必死に生きてきたと思う。
もう、良いよな?
待て。
買ったばかりの赤ワイン、まだ未開封じゃないか!それに、今年はまだ濁り酒を飲んでいない。ドンペリだって1回は飲んでみたいし、もう1度焼肉が食べたい。
心ゆくまで、腹いっぱい、何も気にせずに肉だけを食べたい。
こんな壮大な夢を、空咳ごときで潰してなるものか!
無理矢理に気分を盛り立てて帰宅した後、即効で赤ワインを嗜んだ。