栄養補給剤
ボトッ。
不意に目の端で黒いものが落ちた。正面を向きつつ黒いものを探すように注意だけを向けてみると、ソレは人の頭部のような形をしていた。
あぁ、栄養補給の時期か。
始めは恐ろしかった幻覚も、時が経てばただの優秀な栄養不足感知システムだ。
栄養たっぷりな食事は、高い。なので幻覚が見え出してからちゃんとしたご飯を食べ、見えなくなるとカップメンに戻す。と言う生活を始めた。
ダイエットにも用いられる事があると言う、ブロックタイプの栄養補給食品と、栄養素たっぷりなゼリー飲料の出番である。そして忘れてはならないサプリメント。
朝食はコーヒーや紅茶から野菜ジュースに変わり、昼食も食パンだけではなく目玉焼きやゆで卵を追加。
多少食べ過ぎているので胃腸が悲鳴を上げるが、それを胃腸薬で誤魔化しつつ栄養補給期間を乗り越えると、晴れて栄養不足で現れる症状から開放される。
さぁ、明日からはカップメンだ。
と、何度か繰り返しているうち、体の難易度はまた少しだけ上がってしまった。
サバの入っていないカップメンでも胃痛を伴うようになってしまったのだ。
一体、何を食えば良いというのだろう?
栄養補給よりも先に胃腸をどうにかした方が良いのかも知れない。
そうやって手にしたのは、今まで飲んでいた胃腸薬ではなく、胃腸・栄養補給剤。食後に10粒も飲まなければならないと言う高難易度の薬。しかも1日3回ときたものだ。
1日3食食べた挙句、合計30粒飲まなければならない。
10粒飲むだけで腹が満たされそうだ。いやいや、まだ飲み始めてもいないのに弱気な事を!
朝食は野菜ジュースなのだから、その野菜ジュースで薬を飲めば良いじゃないか。
とは言え、一気に10粒口に入れても飲みきれなかったので、5回に分けて10粒を飲み込んだ。野菜ジュースをコップに2杯。
本当に10粒飲みきるだけで腹が満たされてしまった。しかもこれでは食後ではなく、食間である。
それだけでも弱りきった胃腸では重労働だったのだろう、胃痛までではないが、しっかりと胃が重くなった。
この頃、満腹になると肩がこると言う謎現象にも悩まされていたので、あちこちがだるくて、痛い。
でも新しい薬は栄養補給剤と名の付くもの、一向に治る気配もなかった口角炎と幻覚がピタリと治まったのだ。
少し調子が良くなると、悪かった時の事を忘れるもので、その後1日2食に戻り、更には薬を忘れる事も増え、更に更に、そろそろ食べても良いだろうとカップメンに手が伸びた。
久しぶりに食べるしょうゆ味は、美味。薬を飲んでいるし、とか訳の分からない自信から出汁まで飲んでしまった。
こうして満腹時にだけ現れる強烈な肩こりと、胃痛に苦しむ羽目になったのだ。
胃が痛いだけではなく、背中にまで響く強烈な痛みと、何をどうやってもダル痛い肩こりに、呼吸をする事も嫌になる。
いっそこのまま……なんて本気で考えても、限界が来れば自然と息継ぎをするので、自分はまだ生きたいのだなぁ、とかボンヤリと考えつつ、両肩に湿布を貼り付け、痛む胃に拳をあてて、押し潰すようにうつ伏せになって寝転ぶ。
1時間もすれば胃痛は治まり、グルグルと胃腸が動いてゲップが出る。
はぁ、今回も無事に乗り越えられた。
起き上がる頃には肩こりまで治まっているので、スッカリと元通り。
こうして痛みを忘れた頃、これを繰り返してしまうのである。