台風一家
ロビンソンとパパとママは、その日近所にあるスーパーへ買い物に出かけていました。
店内を満たす軽快な音楽と客の話声。カートをママの歩調に合わせるパパは、楽しそうに食品を選ぶママと、二人の周りではしゃぐロビンソンを優しく見つめています。
どこにでもいる、普通の家族のように見えました。
その時までは。
それは一通り食材を品定した後。ちょうど惣菜コーナーに差し掛かった時のことでした。
「ママ、僕唐揚げ食べたい」
ロビンソンがそう言って唐揚げを一つ摘み上げてしまったのです。
「ロォビンソォン!」
パパの鉄拳がロビンソンの顔面を強打しました。周りにいた客たちは突然のことに言葉を失います。直後に惣菜の海に沈んでいくロビンソン。ようやく悲鳴が沸き起こりました。
「ロビンソン、なんて汚いことをするんだ。素手で食べ物をさわっちゃいけないって、一日二十回は復唱させているだろうに」
パパの声は至って落ち着いていて、倒れたままのロビンソンに突き刺さります。
「パパ、ごめんよパパ」
ロビンソンは小さな声で返事をしました。
「ちょっとちょっと、お客さん。なにしてくれてるんですか。ああ、ああ、ああ。こんなにしちゃってぇ。ホント、どうしてくれるんですか」
従業員の知らせを受けてか、やって来た店長が青筋を立てて巻くし立てました。パパに詰め寄ります。パパは困ったように笑いながらひたすら謝っていました。
だからでしょうか、誰もがその声を聞き逃していました。震える声。怒りに包まれた声。小さな小さな、しかし破壊力抜群の爆弾が炸裂しようとしていたのです。
「あのですね、すいませんホント。ちょっとカッときてしまってですね。その、家では拳で伝える教育というものを――」
「そんなことを言ってるんじゃないんだよ。どうしてくれるのさ、この惣菜の山。全部残飯行きだよ」
「ああ、それは災難でしたね」
「災難でしたね、じゃないよ! あんた、あんただよ原因は。どう責任とってくれるんだね」
「いやぁ、責任ったって、私にも悪気があった訳ではありませんし……」
いや、それでもお前の責任だろ。周りの客たちは心からそう思いました。
「パパ……」
不意にママがパパの服の袖を引っ張りました。
「あ、ママ。ママからも何とか言っておくれよ。店長さん、話が全く通じないんだ」
振り返ったパパ。その顔面に大根が投げつけられました。まっぷたつにへし折れる大根。パパはそのまま倒れます。店長が驚いて声を荒げました。
「ちょっ、あなた、なんてこ――」
「うるさいのでございます!」
店長の顔面に、見た目はひ弱なママの強肩から放たれた超スピードの南瓜が命中しました。後に店長がこの時鼻を折ったことが判明します。
「パパ! あなたは何でいつもこうすぐに暴力に訴えるのですか」
倒れこんだパパに跨り、ママは襟を掴んで叫びます。
「これじゃあロビンソンは不良になっちゃうって何度も言ったでしょう」
お前が言うな。客たちは心の中でつっこみました。
「しかしだがね、ママ」
驚いたことにパパが返事をし始めました。気を失っていなかったのです。超人です。
「男には時に拳で語り合うことも必要なんだよ、マイハニー」
そういってパパは右手の親指を真っ直ぐ立てて、白い歯を眩し過ぎるくらいに輝かせました。
「そんな男の事情は……」
ママが左手で買い物籠をあさります。
「知りません!」
一尾九十八円の見事な秋刀魚がパパの顔の上で踊りました。
「あの子には、優しくて思いやりのある子に育ってほしいの」
ママの声が細くなります。
「んふ〜、それには僕も賛成だよ。でもね、でも……聴いてくれるかい、マイスウィートエンジェル」
「いや。聴きたくない」
「耳を塞がないでおくれベイビー。涙は君には似合わないよ」
パパが優しくママの頬を撫でました。
「喧嘩はしないで!」
ここになってようやく登場。ロビンソンが大声で訴えました。客たちにはもうなにがなんだか。
「僕いやなんだ。僕のことでパパとママが喧嘩するの。お願いだよ。仲直りしてよ!」
「ロビンソン……」
ママが潤んだ瞳でロビンソンを見つめます。
「帰ろう、お家に。今日はシチューなんでしょ」
笑顔でロビンソンが手を差し出しました。
「ロォビンソォン!」
天を貫かんばかりのアッパーが、ロビンソンの顎を強襲しました。商品棚を軽々飛び越え、隣のレトルト商品コーナーに落下するロビンソン。壮大な音が響きます。
「あれほど食品は大切にしなさいと言ったのに……」
ゆらり立ち上がるパパはまるで鬼のようで。
「カキフライを踏むとはどんな根性しとるんじゃい!」
いや、それは不可抗力だろ。客たちはそろって右手の甲で隣の人の胸を叩きました。
パパが棚を迂回してロビンソンの下へ向かいます。
「パパ……」
一人残されたママ。地鳴りのような怒りの呟きをもらしました。
この後、客たちは全員避難。従業員も逃げ出しました。スーパーの中では嵐が吹き荒れていたという話です。
人物がどんな姿か分かりませんよね……。苦手なとこです。




