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迫る暗雲-2

 三日後、みやびの事務所にはカジュアルな格好をしたみずのの姿があった。


「あんたもだいぶ馴染んできたじゃないか」


 ソファーに座ったみやびは、窓際に声をかける。外を見ていたみずのは振り返ると、ため息をついた。


「この三日、お前は大して働いているように見えないな」

「いや、最近色々あったし、それにあんたの用もまだはっきりした動きはないじゃないか」

「確かにそうだが、その様子では先が思いやられるな」

「だからさ、あんたの件があるから予定空けてんの。これでも貯えはけっこうあるから大丈夫。ところで、まだ白神から連絡はないの?」

「白神様はお前と違って暇ではない」


 みやびはそれを聞いて盛大にため息をついて立ち上がった。


「暇を受け入れられない奴ってろくなことしなかったりするんだよね。まあでも、あんたの気を紛らわすためにちょっと出かけようか」


 みやびはジャケットを手に取ると、手招きをしてドアを開ける。それでみずのが動かないのを見ると、そのドアを軽く叩いた。


「ほら行くよ」


 それから十分後には二人は駅前に到着していた。


「一体どこに向かっているんだ」

「情報収集、このあたりのことなら詳しい奴がいてね」

「それは何者だ」

「色んな店のオーナーで事情通。この時間だったらあっちかな」


 みやびは商店街から外れた方向に足を進めていき、飲食店が入った三階建ての建物の前で足を止めた。


「ここの二階だよ」


 階段を上っていくとバーがあり、みやびはそのドアを開けて中を覗き込んだ。


「オーナーさん」


 みやびの言葉にモップがけをしていた三山が顔を上げた。


「おや、何の用だ?」

「暇つぶし。それとあとは」


 みやびは後ろにいたみずのを前に押し出した。


「その子は、新しい妹かなんかなのか」

「それでもいいんだけど、まあ助手。あんたを紹介しておこうと思ってね」


 三山は二人を見てから、カウンターを指さした。


「とりあえず座っててくれ。こっちはすぐ終わるから」


 みやびとみずのはカウンターの椅子に座り、三山はモップとバケツを置いてきてからカウンターの向こうに入る。


「さて、なにか飲みたいものは」

「じゃあコーヒー」

「そっちのお嬢さんは?」

「同じでいい」


 三山は軽くうなずくとすぐにコーヒーの準備を始めた。


「コーヒー飲めるの? 家でも事務所でも一回も飲んだことないけど」

「平気だ」


 そこで三山が二つのマグカップをカウンターの上に置いた。


「二人ともブラックでいいよな」

「あたしはいいけど、そっちにはミルクと砂糖をよろしく」


 三山は黙ってミルクと砂糖をみずのの前に置く。みずのはそれを無視してコーヒーに口をつけるが、すぐにミルクと砂糖を両方入れた。


「それで、この子が暇なのは嫌らしくてね。なにかあたし向きの仕事があったら教えて欲しいんだけど」

「そうだな」


 三山は腕を組んで考えるようなしぐさをしてから数秒の間天井を見上げた。数秒経ってからおもむろに腕を解くと、軽く手を叩く。


「ああ、あったぞ」


 それから伝票の裏に何かを書いて、みやびに手渡した。

「なになに、久坂の爺さんが最近妙に元気になって困ってるって? あの爺さんは杖でやっと歩いてるようなもんだったじゃないの」

「そうなんだよ。それが三日くらい前に突然元気になって遊びまわってるらしい。家族はだいぶ困惑してる」

「そりゃ元気じゃなくて別人になってるんじゃないの」

「それはお前さんが判断すればいいんじゃないか。受けるんなら連絡しといてやるけど」

「じゃあ連絡しといて、これから行くから」

「わかった。ちょっと待ってくれ」


 三山は電話をかけて、手短に話すとすぐに戻ってきた。


「今から来てほしいそうだ」

「そう、じゃあすぐに行こうか」


 みやびは勘定を払ってからすぐに立ち上がって、みずのも一緒に立ち上がらせた。


「気をつけろよ」


 三山にそう言われて見送られながら、二人は店から出て行った。それから数十分後、二人の前にはそれなりに豪邸と言える家があった。


「ここがさっき話していた老人の家か。確かに妙な気配がするな」

「ああ、あんたもわかるの。そう、だいぶおかしな気配だねえ」


 そう言いながらみやびは片眼鏡を右目につけ、インターホンのボタンを押した。


「はい」


 すこし疲れたような女の声が響く。


「どうも、矢代です。三山から話を聞いてきました」

「ああ、ありがとうございます。少々お待ちください」


 少しだけ慌ただしい雰囲気で通話が切られ、すぐにドアから身なりはいいがくたびれた様子の中年の女が出てきた。


「本日は御足労ありがとうございます。父のことはもう聞いてらっしゃいますか?」

「ええ、聞いてはいます。しかし、見てみないことには判断はできませんね」

「それが、父は外出していまして。行き先もわかりません」

「そうですか、少しお待ちください」


 みやびはみずのに振り返り、声をひそめる。


「さて、あんたはここに残る気配から目的を追えるかい」

「当然だ」

「よし、じゃあすぐに追跡だ」


 そこでみやびは中年の女に向き直った。


「居場所はこちらで探せますから、待っていてください。見つけたら連絡を入れます」

「よろしくお願いします」


 女はそれ以上に言いたいことがあるようだったが、その言葉は飲み込んでただ頭を下げた。


「安心して待っていてください。必ず連れて戻ってきますし、問題も解決しますから」


 みやびはそう言うと、返事は聞かずに歩き出した。


「お前も場所はわかっているのか?」


 後ろを歩くみずのが聞くと、みやびは振り返らずに右の人差し指を立てて振った。


「そりゃ当然。でも、あんたが先導するっていうんなら止めないけど」

「いいや、仕事ぶりを見せてもらおう」

「プロを試そうとはいい根性じゃないか」


 そう言いながらも、みやびは口元に笑みを浮かべるだけで足を止めはしなかった。それから数十分後、二人はご機嫌な様子で歩く老人を目にしていた。


「あー、あれは見るからに普通じゃないわ。あの爺さんよぼよぼだったのに、まあ家族の苦悩もわかるってもんだ」


 言葉の通り、その老人は元気というより、まるで子供のように跳ね回っていた。


「重症だな」

「ま、やるしかないから、とりあえずあの爺さん引っ張ってきてくれる?」

「なぜ自分でやらない」

「ここは助手の出番なんじゃないの」


 みやびに顔を覗き込むようにされ、みずのは一歩下がると、老人を見すえて歩き出した。そして暴れている老人に近づくと、軽く首筋に手を置く。その瞬間老人の動きは止まり、うなだれてその場に立ち尽くす。


「はいはい、どうもごめんなさいね。ご家族に頼まれてこの人を保護しにきたので」


 そこにみやびが出てきて、周囲の野次馬に手を振りながら割って入ると、みずのの手をとってさっさとその場から離れた。


「どこへ向かう」

「そんなのこの爺さんを家に送り届けるにきまってるでしょ。色々調べるのはそれから」

「そうか」


 みずのは黙って従い、そのまま老人を家まで連れて帰ると、中年の女がそれを喜んで迎えた。だが、みやびはそれを制して女の肩に手を置いた。


「今はおとなしくしていますが、これは応急措置がうまくいっているだけです。一部屋貸して頂ければすぐに元に戻す方法を探れますが」

「それならすぐに用意します。どうぞこちらに」


 中年の女はすぐに二人を家の中に迎え入れ、寝室に案内した。


「ここでよろしいでしょうか」

「十分です」


 みやびはそう言うと、みずの背中を叩いてささやく。


「少し待ってて」


 それからみやびは中年の女と一度部屋の外に出る。


「お爺様を治すには特別な儀式が必要になります。少しですから辛抱して待っていてください」

「わかりました。くれぐれもよろしくお願いします」

「大丈夫、必ず元通りになります」


 それからみやびがドアを指で円形になぞると、その跡が光り、何かの印と呼べそうな形が浮かび上がった。


「私が出るまで近寄らないようにお願いします」


 それだけ言うとみやびは部屋に入り、みずのに目を向ける。


「さて、その爺さんにくっついてるものが何なのか、これから探ってみようじゃないか。ああ、もう手を放しても大丈夫だから」


 そう言われてみずのが手を放すと、老人はゆっくりとその場で両膝をついた。


「これは?」

「この部屋に結界を張った。まあ三十分は効いてるよ。この爺さんに異界の神とやらが何かしかけててもそれくらいなら無効化できる」

「なるほど、大したものだ」


 みずのは老人に手を伸ばそうとしたが、それはみやびにつかまれて止められる。


「おっと、あんたにはとりあえず見ててもらうよ。ここは本職の腕の見せ所だ」


 みやびはにやりと笑ってみせると、老人の両肩に手を置く。


「さあ、あんたのボスの情報を教えてもらおうか」


 その瞬間、みやびの全身が淡く光を発して、老人の体をも包み込んだ。


「……へえ、これは面白い。この爺さんはスイッチの一つっていうところか」

「どういうことだ?」

「スイッチはあと四つ。全部起動すると異界への扉が開くように仕組まれてるらしい。しかも、この街に」

「やはりそうか」

「まあねえ、これはけっこう面白いよ。起動した時点ですでに役割は果たしているらしいけど、起動している時間が長くなればどんどん精度が上がるようになってるらしいね」


 そこで一度言葉を切り、老人の身体から離れると片眼鏡の位置を直す。


「まあそういうわけだから、とりあえずスイッチを切ろうか」


 みやびがそう言うと淡い光が消え、老人が倒れそうになったので、背中からその両脇に手を差し込んで支えた。


「助手、できるかい?」

「当然だ」

「じゃあ、十秒でやってみな。もちろんこの爺さんに危害は加えずに」

「いいだろう」


 みずのは老人の前に移動すると、額に右手をあてる。それから左手をすっと後ろに引いた。そのままの姿勢でちょうど五秒経過した瞬間、右手の上に左手を軽く叩きつけた。


 一瞬の間をおいて老人の体が痙攣し、それがおさまってからみずのは手を離して後ろに下がった。すると老人が目を開け、ゆっくりと首を左右に動かす。


「ここはあなたの家ですよ。わかりますか?」


 みやびがそう言うと、老人はみやびの顔を見てうなずく。それを確認すると老人を立たせてからベッドに座らせ、ドアを開けた。


「終わりました」


 そして中年の女を部屋に招き入れ、老人と対面させる。女は老人のぼんやりとした様子を見てほっとしたような表情を浮かべると、老人の手を取って笑みを浮かべた。


「よかった、もう大丈夫ですか」


 老人はそれにうなずき、同じように笑みを浮かべる。それをみたみやびはみずのの背中を叩いて一緒に部屋の外に出た。それからドアに描いた印を消しながら口を開く。


「悪くない手際だったよ。ちゃんと商売向けなこともできるじゃないの」

「当然だ。私の力は白神様から与えられたものだからな」

「はいはい。それじゃあその偉いクソッタレが教えてくれなかった商売のやりかたってのをこれからしっかり教えてやろうかね」

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