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迫る暗雲-1

 矢代みやびは自室で目を覚ました。寝間着のまま布団から立ち上がってカーテンを開けると、今にも雨が降りそうな天気で、みやびの気分もあまりよくない。


 数分のあいだそうして外を眺めていたが、廊下を歩く足音に手早く着替えると居間に向かった。そこにはすでに制服を着たみきがパンをトースターに入れていた。


「おはよう、お姉ちゃん」

「ああ、おはよう」


 みやびはあくびを噛み殺しながら麦茶をやかんからマグカップに注ぐと、一息で飲み干す。


「今日は仕事は?」

「うーん、今日は特に重要な仕事はなかったかな」

「ねえ、それならあの子の話を聞かせてよ」

「今日はパス」

「いつもそればっかり」

「まあ、そのうちに、確信が持てたらね」


 みやびはそれ以上何も言おうとはしなかった。みきはその様子を見て、これ以上言っても無駄だとわかって追及はあきらめたようだった。焼き上がったパンを皿に乗せると、はちみつをかけて一口かじる。


「じゃあ、週末には話してよ。そうじゃなきゃ家出する」

「わかったわかった。じゃあ今日の夜に話せることは話すから」

「ほんと!? 絶対だよ!」


 みきは勢いよく皿をテーブルの上に置くと、みやびに詰め寄る。


「本当だってば。ほら、朝食食べて学校行くんでしょ」


 みやびはみきを反転させると、そのまま押していって椅子に座らせた。みきは残りのパンを一気に食べると、手をはたいて立ち上がる。


「じゃあ、今晩ね、絶対だよ!」


 そう宣言すると、みきはかばんを持ってあっという間に登校していった。それを見送ってから、みやびは頭を両手でかくと、ベランダに目を向ける。


「あんた、いるんでしょ」


 そう言って窓を開けると、そこには白神の使徒の姿があった。


「こんな朝っぱらからさあ、もうちょっと他にやることがあるでしょ」

「十一時に市庁舎の展望室だ」

「今更観光かい?」

「お前は気がついているはずだ、今起きている異変に。待っているぞ」


 返事は待たずに、使徒は姿を消した。みやびは黙って窓を閉めるとため息をつく。


「異変ねえ。あー、面倒くさい、小道具だけじゃどうにもならないじゃん」


 そうぼやきながらも、冷凍庫から小分けしたご飯を取り出すと、鍋に水と一緒にいれておじやを作り始めた。


 それから一時間後、みやびは事務所に到着し、まずはコーヒーを入れた。そのマグカップを手にソファーに座ると、壁にかけてある時計を見る。


「あと一時間か」


 いかにも嫌そうにそう言うと、そこで電話が鳴った。誰かも確認せずにみやびは電話に出る。


「はいはい」

「のんきなことだな」

「ああ? どこで番号調べたわけ」


 電話からの声が白神だと気がついて、みやびは一気にガラが悪くなった。


「落ち着けよ、これはアドバイスだ。俺の使徒からも話がいってるだろう」

「来てるけど、これであんたにどんな得があるわけ」

「お前にも得になることだ。まあ一番は俺だがな。せいぜい気合いを入れて取りかかるといい」


 そこで電話は切れ、みやびは舌打ちをするとテーブルの上に電話を置くと、頭の後ろで手を組んだ。


「今は動くしかないか。ああ嫌だ嫌だ」


 そして十一時、みやびは市庁舎の展望室に足を踏み入れていた。その瞬間、空気が変わり、ただ一人その場にいて、椅子に座っていた使徒らしき人影が立ち上がる。


「時間通りに来てやったよ」


 みやびが声をかけると、使徒は顔を出して振り返った。


「よく来たな。白神様から話を聞いたのだろう」

「聞きたくなかったけどね。今回は話に嘘がないと思ったから、とりあえず来ただけ。まあ、奴もこっちがあんまりおかしいことになるのは困るだろうし」

「つまり、協力するのだな」

「嫌々ね」


 それからみやびは使徒の横を通って窓際に立つ。


「で、こっちは詳しい話は何も聞いてないんだけど、ちゃんと説明はあるんでしょ。人の手を借りようってんなら、報酬も含めて詳しく説明してもらわないと」

「最近お前は忙しいようだが、その原因はどこにあると思う?」

「半分はあんたらじゃないの」

「それもあるが、残りは別の原因がある」

「どうせあんたらの同類でしょ。まあ場所は違うんだろうけど」


 みやびはそこで振り返り、手すりに両手を置いて寄りかかる。


「冥界からならあたしはわかるし、白神だってそうだろう」


 使徒はそのみやびの横に並んで街を見下ろし、口を開く。


「異界の神だろう。白神様が簡単に片づけられないのだから、それくらいのはずだ」

「そりゃまた。そこまで大きく出るとは」


 みやびはあきれたような表情を浮かべてため息をつき、使徒の横顔を見た。


「あんたのボスに対する忠誠心と敬意には感心するよ。そんな大層なもんがよりにもよってこのあたりにちょっかいを出す理由は?」

「そんなもの、ここが白神様の復活の場所だからに決まっている」

「いや、そりゃまあこの街は普通じゃないけどさ、神? いやいやいや」

「白神様の力はわかっているはずだ。かつてのお前達の勝利が偶然に過ぎないこともな。そして、今はその力がさらに大きくなっていることも」


 使徒の言葉にみやびは少し時間をおいてうなずいた。


「とりあえずそういうことにしておくとして、こっちに何をさせようっていうのかね。まさかとは思うけど、白神の復活に手を貸せとか言うんじゃ」

「無駄な努力をしたいというならそれもいいが、犠牲を出したくないのなら、それ以外に方法はない」


 両者はそれから目を合わせたが、みやびが先に目をそらして頭をかく。


「わかったよ。でも、条件はいくつか出させてもらう。まずはこの件が終わるまではお互いに手を出さないこと。それと、あんたのことを詳しく聞かせてもらう。色々はっきりさせたいからね」

「いいだろう」

「おっと、条件はそれだけじゃない。最後の一つはみきのことだけど」


 そこで一度言葉を切り、みやびは使徒の表情をしばらく眺めるが、特に変化がないのを確認して軽く笑った。


「まあ、あの子とは仲良くしてほしいってことかな」


 数秒の間が空いたが、使徒はうなずいた。


「わかった」

「よし、それじゃあ決まりだ。次は報酬の件だけど、それは場所を変えようか」

「どこに行く」

「こういう話は事務所でするもんだ。ほら、行くよ」


 みやびが先に歩き出すと、使徒もその後に続いて展望室から出ていった。


 そして事務所に戻ると、そこではみきがソファーに座って弁当を食べているところだった。みきは箸を止めるとみやびの後ろの使徒に目をつけて一瞬固まる。


「今は休戦中だから」


 みやびがそう言うと、みきはご飯を一口食べてから口を開く。


「あー、びっくりした。そういうことならほら、ここに座って」


 みきは自分の隣を叩いて使徒に向かって手招きをした。使徒はそれに戸惑いながらもそこに座った。みやびはコーヒーをいれてからその向かい側に座る。


「お姉ちゃん、どういうことだか説明してくれるんでしょ?」

「まあ、とりあえず必要なことだけ言うと、この街がだいぶやばい奴に目をつけられたから、ひとまず手を取り合ってなんとかしようっていう話」

「ふうん」


 みきは弁当の中の漬物を箸でつまむと、それを使徒の前に差し出して上下させてみた。それで反応がないとみると、漬物は口に放り込んで次は玉子焼きを同じようにしてみた。


「これも駄目」


 その玉子焼きも自分の口に放り込むと、一度弁当箱をテーブルの上に置き、両手で使徒のほほのあたりを挟むようにして顔を自分に向けさせる。


「ほんと、見れば見るほどあたしそっくり。でも中身は全然違うんだね」

「そうだな、私達は全くの別人だ」

「やっと反応した」


 みきは笑顔を浮かべ、使徒の顔から両手を放した。それから再び弁当箱を手に取ると一気にそれを空にしてしまう。


「ごちそうさま。それじゃ、あたしは学校に戻るから、またね、えーっと」

「みずのだ」

「そう、じゃあまたね、みずのちゃん」


 みきは手早く弁当箱をかばんに詰めると、手を振って外に出て行った。それを見送ってからみやびはみずのと名乗った使徒に笑みを向ける。


「みずの、ね。みきには優しいじゃないの」


 からかうような調子の言葉に、使徒、みずのは若干顔をしかめて口を開いた。


「報酬は何が望みだ」

「あんたを助手にもらおうかな。色々便利そうだし、みきもきっと喜ぶ」

「助手だと?」

「それくらい軽いもんだと思うけどね。何もあんたのボスを裏切れって言ってるわけじゃないんだし、まあパートタイムでいいから」


 そこまで言うとみやびは立ち上がり、ポケットから財布を取り出して振って見せる。


「もちろん給料も出す。いい小遣い稼ぎだろ?」


 みずのはすぐには返事をしなかったが、財布を振りながら見下ろすみやびに根負けして小さくうなずいた。


「いいだろう、白神様の邪魔にならないことならばな」

「よし、それじゃあ今晩は自宅で歓迎会だ」


 みやびはすぐにみきに電話をかけると、そのことを手早く伝えてからみずのに向かってにやりと笑う。


「じゃあ、今日はもう店じまいして親交を深めることにしようか」


 それからみやびは素早く片づけを済ませると、みずのの腕をつかんで一緒に事務所から出て行った。


 そして、そろそろ夕方という時間。みきが玄関のドアを開けて居間に入ると、そこにはシャツにジーンズというラフな格好をして椅子に座るみずのの姿があった。


「わあ! 似合ってるよ」


 みきは歓声を上げると後ろからみずのの肩に手を置き、それからみやびに顔を向ける。


「ねえお姉ちゃん、みずのちゃんはここに住むの?」

「いや、そういうわけじゃないけど、助手はしてもらうことになったから」


 みやびが料理の準備の手を止めずにそう返事をすると、みきはみずのの肩を揉みながら、その顔を覗き込んだ。


「あたしもお姉ちゃんの仕事は手伝ってるから、これからよろしくね、同僚さん」

「そうだな」

「ほらほら、もっと笑って」


 みやびは肩から手を移動させてみずののほほを両手でつまむ。それからみやびのほうに手伝いに行くと、みずのはその背中を目で追った。


 そこにはかばんをテーブルに置き、みやびと一緒に手を動かし始めたみきの姿があった。みずのは少しの間その二人の姿を見ていたが、かすかに息を吐き出すと同時に目をそらした。

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