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使徒のうごめき-2

 四件目までは何事もなく終わり、五件目に向かう車内、みやびはだいぶぐったりしていた。


「大丈夫ですか、矢代さん」


 鈴野が聞くと、みやびは大きなあくびをしてから体を伸ばす。


「大丈夫。それより、未来ちゃんは順応が早いね。あたしの仕事を見ると普通はもうちょっと立ち直るのに時間がかかるもんだけど。特にあそこまで見ちゃうとね」

「まだ新人なので、なんでも勉強だと思っていますから」

「そういう問題じゃないと思うけど。まあ、未来ちゃんがあたしにつけられた理由はわかった」

「え? どういう意味ですか」

「そういうところ」


 信号で車が止まり、みやびは電話を取り出した。鈴野はそれを見ると目を輝かせる。


「それがあの二郎君なんですよね。何にでも変身できるんですか?」

「まあ、こういうガジェットになら色々ね。一郎の方はこういう上着とか、冬はコートにもなれる」

「すごい、なんでもできそうですね」

「なんでもってことはないけど、便利なのは間違いないかな」


 そこでみやびは電話を手のひらサイズの二郎に変化させた。


「わあ!」


 鈴野はそれに歓声を上げるが、すぐに信号が変わってしまい、じっくり見ている暇はなかった。


「でも、あの変な人は何なんです?」

「あれね。まあ面倒くさい相手なんだけど、本格的に相手をするのはまだちょっと先かな」

「何か因縁がある相手なんですか」

「あれのボスとはね。こっちとしては長引かせるつもりはないんだけど、何しろ向こうがしつこくて」

「あー、いますよねそういう人」

「人かどうか怪しいもんだけどね」


 それから数分後、車は古びた二階建ての一軒家の前に止まった。


「ここはなんだったっけ?」

「ずっと空き家だったんですけど、三日前から深夜に騒音が発生してるらしいです。最初は不法侵入と思われたらしいですけど、町内会が監視して普通の状況じゃないのがわかったということです」

「下手に手を出さないでくれて良かった」


 みやびは車から降りると、その家を眺める。その間に鈴野は車を家の駐車スペースに入れ、みやびの隣に来た。


「ここもすぐに終わりそうですか?」


 鈴野は楽観的な感じだったが、みやびはそれに首を横に振る。


「残念だけど、どうもここであたしを止めるつもりらしい」


 そう言って片眼鏡をつけると、すっと息を吸った。


「この家、潰しちゃまずいよね」

「え、はい。もちろんです」

「努力するよ。ここで待ってて」

「は、はい。じゃあ鍵をどうぞ」


 みやびは鈴野の差し出した鍵を受け取ると、それで玄関のドアを開ける。少しかび臭い空気が流れだし、みやびは少し顔をしかめた。


「嫌な空気」


 そうつぶやき、玄関を注意深く見回しながら家の中に足を踏み入れる。すると、すぐに家全体が軋むような音を立ててゆっくりと揺れ始めた。みやびは少しだけ足を止めたが、すぐに揺れを無視して居間に向かった。


「遅かったな」


 そこには白神の使徒の姿があった。


「それだけあんたがいい仕事をしたってことじゃないの。正直、面倒くさいからやめて欲しいんだけど」


 みやびは本当に面倒くさそうに言って、ほほを指でかいた。それからため息をつくと、右手をポケットに突っ込んで銃を取り出した。


「でもまあ、ここであたしを殺す気はないんだろ。それはそっちのボスがやりたいことだろうからさ」


 その言葉には使徒は何も答えず、右手を前に出す。次の瞬間、その腕だけを残して他の部分は塵となって消えてしまった。


「まずっ」


 みやびがすぐにその場にかがむと、右腕がその腕を通り過ぎ、大きな音がした。みやびが振り返ると、背後の壁にその腕が肘の部分までめり込んでいた。


「一郎!」


 ジャケットが壁に投げつけられると、それは空中で紐となって腕に強烈に絡みついて動きを封じる。そして、いつの間にか右手に握っていた銃をそこに向けると、三発の銃弾を放つ。弾丸は全て命中したが、腕は砂のように崩れ、そのまま廊下に流れて行った。


「面倒な」


 みやびは紐を手に浩って左腕に巻きつけてから廊下に出ると、階段を見上げた。しばらくの間立ち止まっていたが、上から物音が聞こえると、銃を構えてゆっくりと階段を上り始める。


 そのまま二階に到達するが、そこはなにも変わった様子はなく、二つある部屋のドアも閉まっていた。みやびは銃を構えたまま慎重に足を進めて、手前の部屋の前まで到達すると、そのドアノブに左手をかける。


 だが、みやびがドアを開けるよりも早く、腕がドアを突き破って出てきた。それはその勢いのままみやびの首をつかんで反対側の壁に叩きつけた。


 衝撃でみやびは銃を取り落すが、すぐに左手に巻き付けてあった紐がほどけ、狼に変化するとみやびを押さえる腕に飛びかかり、強靭な顎を使ってみやびを開放した。


「はあ、まったく」


 みやびは首をさすりながら銃を拾うと、一郎の頭を軽く撫でる。


「さすがに、一郎に捕まったら消えられないか」


 それから銃をもがく手のひらに押しつけ、引金を二回引く。もがいていた腕はそれで動きを止め、一瞬で色が真っ白に変わった。


「一郎、もういいよ」


 そう言われて一郎は腕を放し、みやびの腕に飛び込みながらジャケットに戻った。みやびはそのジャケットに腕を通すと立ち上がってから銃を電話に戻し、白くなった腕を見下ろす。


「これじゃ情報もとれないな。やってくれるよ」


 腕を一気に踏み潰すと、後には何も残らなかった。それからみやびはドアにあいた穴を見てから、二階全体を見回した。


「これで終わりね。でも、この調子だと一人はまずいし、この時間ならそろそろいいか。あの子にも関わりがあるんだし」


 そして、みやびはみきに電話をかけた。


 三十分後、家の前で待っていたみやび達に動きやすい服装をしたみきが合流した。


「初めまして! みやびの妹のみきです!」

「こちらこそどうも、鈴野未来です」


 みきと未来は挨拶を交わし、みやびは手を叩いた。


「自己紹介が終わったんなら、次の現場に行こうか。みき、荒事になるからね」

「待ってました! 任せてよ!」


 みきは右の拳を左手に打ちつけると、楽しそうに不敵な笑みを浮かべて、車の後部座席に乗り込んだ。


「あの、妹さんも矢代さんの仕事を手伝っているんですか?」

「たまにね。あの子は格闘技得意だからさ」

「格闘技?」

「そう、すごいよ。それよりもちょっと遅れちゃったし、早く次行こうか」

「はい」


 それからすぐに三人は次の場所に向かい、六件目の目的地、小さな公園にはすぐに到着した。


「ここは砂場からの異臭と、毎朝その周辺が荒れているということです」


 鈴野の解説にみやびは片眼鏡でその場の状況を見る。公園に人気はなく、不自然なほどの静けさだった。反対にみきは砂場の近くに行って周辺を観察していた。


「みき、こっち来て」

「はーい」


 返事をしてみきはみやびの隣に走ってくると、腰の後ろで手を組んでみやびの顔を見る。


「それで、どうするの?」

「もう動くから、見てればわかるよ」


 みやびの言葉が終わると同時に、公園全体が暗くなった。


「未来ちゃん、ゾンビって好き?」

「そういう映画とかは好きですけど」

「じゃあ、いい機会だからあたしの後ろでよく見ておくといいよ」


 そうして鈴野が自分の後方に来たことを確認すると、銃を手に握った。


「ほら、こっちの準備は出来たから、出て来なよ」


 みやびの言葉に、砂場の中心に使徒が忽然と姿を現した。そして、無言で手を上げると何もない空中から何かがぼとぼとと砂場の周囲に落ちてくる。それは動き出すと、つぎはぎだらけだったが人の形をしているのがわかった。


「あ、あれ、なんですか」


 鈴野はそのグロテスクな様子にたじろぎながらも身を乗り出した。


「まあ、ゾンビの一種ってところじゃない」


 みやびは手近な一体に銃弾を撃ちこむが、ゾンビは一時動きを止めただけで、特にダメージのようなものは見受けられない。


「みき、早速よろしく」

「任せて!」


 みきは一気に加速すると、その勢いのまま一番手近なゾンビの顔面に跳び膝蹴りをきめた。その一撃でゾンビは勢いよく仰向けに倒れ、さらにみきの踵で顎を踏み抜かれて動かなくなっていた。


「さあ、次は?」


 みきは十体残っているゾンビに向かって手招きをする。それに応じるように左右から一体ずつゾンビが迫ってくるが、みきはまず右のゾンビの足をローキックで破壊し、頭が下がったところに肘でかち上げて倒した。


 そこに左のゾンビが襲いかかってくるが、みきはそれには振り向きざまの回し蹴りを放ち、綺麗に頭部にヒットさせて沈めた。


「すごい」


 その光景に釘づけになった鈴野がうめくように言うと、みやびは自分のことのように得意そうだった。


「そうでしょう、なんでもあの子は相手の嫌がるところに確実に当てられるらしくてね。試合じゃ当たりたくない相手ナンバーワンらしいんだ」


 その間にもみきは次々にゾンビを薙ぎ倒していき、最後の一体にひじ打ちを決めて倒してから、使徒と向かい合った。


「いい腕をしているな」


 使徒はやっと口を開き、顔を露出させた。自分と瓜二つの顔が現れたことにみきは驚くが、構えは解かない。


「だが、まだ終わりではないぞ」


 そうして手が動くと、倒れていたゾンビのつぎはぎが弾け、中からは肉がむき出しになったゾンビが一斉に立ち上がった。それは今までにない機敏な動きで一斉にみきを包囲した。


 しかし、それ以上の動きが起こる前に、飛び込んできた一郎によってみきの背後のゾンビ一体が倒される。同時にみきも前方に動いてゾンビに突きを入れると、そのまま走り抜けて包囲から脱出した。


 一郎はすぐその横に来ると、オープンフィンガーグローグに変化してみきの手の中に収まった。みきはそれを手早く装着すると、飛びかかってきていた二体のゾンビの顔面に突きをいれて押し返す。


 さらに一体のゾンビが四つん這いにで下から迫ってくるが、それには強烈なローキックをさく裂させると、さらに倒れたゾンビの後頭部に踵を落とした。


 ゾンビ達はその動きで危険を察知したかのように動きを止めるが、そこに銃声が響き、一体の額に風穴が開いて、地面に沈めた。


「あたしも少しは働かないとね。あー、でもこれは疲れるわ、後はよろしく」

「当然」


 みきは笑顔でそう言うと、一番手近なゾンビに向かって地面を蹴って飛ぶと、頭を蹴り抜いた。ゾンビの頭は衝撃で大きく後ろにのけぞり、勢いよく倒れて動かなくなる。


 そこからは一方的で、ゾンビが手を出せば一瞬でつかまれてへし折られ、足を出せば軸足を払われて倒れたところを踏み砕かれる。噛みつこうとすれば顎を砕かれ、さらに首を一回転させられていた。


「これは、すごいですね」


 まさに鬼のような戦いぶりのみきに、鈴野は唖然としていた。


「まあね。あの子はある意味あたしよりも特別なんだよ」


 その間にもみきは最後の一体のゾンビを倒し、使徒と向き合っていた。


「見事なものだ」

「ありがとう。あなたはどうするの?」

「今お前と戦う気はない、いずれその機会もあるだろうからな。だが、いいものを見せてもらった礼だ。お前達の仕事を片づけておいてやろう」

「そいつはどうも。でも、ただじゃないんだろ」


 みやびの言葉に使徒は再びローブを被る。


「時が来ればわかる。また会おう」


 それだけ言うと使徒は溶けるようにして空中に消えていった。それを見送ったみきはグローブを外してみやびに返して疑問を口にする。


「お姉ちゃん、あの子は誰なの?」

「ああ、そのうち話せると思うよ、色々わかればね。それより、仕事を片づけておくってのは本当だろうから、今日はもう帰ろうか。未来ちゃん、運転よろしく」

「は、はい」

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