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死霊術師の宿敵-2

 翌日、みやびは珍しく朝から事務所に出ていた。そこに電話が鳴る。


「はいはい、朝からご苦労さん」

「そっちもな。それより、使徒の件だが」

「ああ、もう何か分かったの?」

「警察があの女を刺した男を特定したらしい」

「へえ、早いじゃん。使徒は?」

「それについては幸い何もない。俺も刺した男の情報はつかんだから、これなら警察よりも先に使徒を見つけられそうだ」

「そう、それじゃある程度目星がついたらよろしく」


 そう言って電話を切ってからみやびはソファーに体を沈め、そのまま数分は動かなかった。だが、おもむろに立ち上がると、電話を手に取って通話を始めた。


「あー、もしもし。ちょっと話したいのがいるんだけど、あんたらのボス、探しといてくれない?」


 その返事を聞かずにみやびは通話を切り、コーヒーをいれる。それからソファーに座ってそれを一口飲んで電話が鳴るのを待つ。数分後、電話が鳴った。


「早いじゃないの。そっちは暇なの?」

「暇ではない。簡単にわしを呼び出さないでくれ」

「いや、今回は相手が悪いからさあ。白神がこっちにちょっかい出してきてるわけ」

「なに? 本当かね」

「本当も本当。あいつの仕業としか思えない事件が起こったの」

「ふむ。報告は上がってないのだが、君がそう言うのなら間違いはないのだろう」


 それから少し沈黙が流れ、通話の相手は再び口を開く。


「今、こちらからそちらに認められていないアクセスがないか調べるように指示を出した。わしも気にかけておこう」

「ありがとさん。こっちでも働いてるのがいるから、早めによろしく」


 みやびはそこで一方的に電話を切り、ソファーに横になった。それから何事もなく時間は経過して昼。ドアが勢いよく開かれて制服を着たみきが入ってきた。


「お姉ちゃん! 進展は!?」

「いやいや、あんたはまだ学校でしょ」

「昼休みだからいいの!」


 みきはみやびの体を強引に起こし、その空いたスペースに勢いよく割り込む。


「それよりも進展は、何かないの?」

「まだ一日なんだから、そんなにあるわけないでしょ。まあ何もなかったわけじゃないけど」

「それっておじさんからの情報でしょ」

「警察が直接の殺人犯を特定したって。それで探偵が忙しく働いてるところ」


 みきはそれを聞いて手を叩いて笑顔になった。


「おじさんが! それなら見に行かなくちゃ!」

「やめなさい」


 みやびはみきの頭に軽く手刀を当てた。


「でも、おじさんの仕事ぶり見たいじゃん」

「人に話を聞いたり、役に立ちそうな連中に連絡したり。そういう地味なあれだって。手間をかけてコネを使うだけ。それだって結局人に話を聞くってことは変わらない」

「それだけ聞くとお姉ちゃんとあんま変わんないように聞こえるね」

「まさか、あたしはもっとスマートだから、全然違うって」


 そこでみやびの電話が鳴った。


「はいもしもし。ああ、貴恵ちゃーん、久しぶり」

「また何かおかしなことに首を突っ込んでいるようね」

「耳が早いねえ、さすが興信所の社長さん」

「あいつが動いてるんでしょ。こっちにはまだ話はきてないようだけど」

「いや、そういうのはあの探偵に任せてあるから。というか、今回の件、首を突っ込む気なの?」


 みやびの問いに数秒沈黙が流れ、ため息が聞こえた。


「向こうから何も言ってこなければやる気はないわ。あなたが依頼をしてくることもないでしょ」

「そりゃあね。まあ、今度飲もうじゃないの、木村所長」

「そのうちにね。何を相手にしてるかは知らないけど、気をつけて」

「はいはい、ありがとさん」


 そう言って電話を切るとみやびは立ち上がる。みきは空いたソファーに倒れこんでそれを見上げた。


「木村さん?」

「そう、相変わらず耳が早い社長でね。でもまあ、今回は出番はなし。それにしても、このままここにいるとなんか厄介ごとが降ってきそうな気がするし、散歩行こうか」


 そう言ってからみやびはジャケットを手に取る。みきはそれを見て起き上がると、髪の毛を少し直した。


「じゃあ一緒に行く」

「いや、妹よ。あんたには午後の学校があるでしょ」

「実は早退してきたの」

「はぁ。そんなことだろうと思ってた。着替えて一緒に来なさい」

「はーい」


 みきは奥の部屋に入ると、すぐに私服に着替えて出てきた。みやびはその多少地味な格好を見てうなずく。


「ま、それならそんなに目立たないか。もし白神関連のと遭遇したら無理はしないこと。相手は普通じゃないからね」

「わかってるってば。お姉ちゃんも無理しないでよ」

「いや、もちろん変に気張ったりはしないから。それでも負けるつもりも、そんな気もしないけど」


 みやびはジャケットに腕を通すと、片眼鏡を右目につけた。みきはそれを見て首をかしげる。


「あれ、気合い入ってる系? 散歩なのに」

「この街ではもう何が起こっても不思議じゃないからね。よーく目を凝らしておかないと」


 それから二人は事務所を出ると、ドアに外出中の札をかけて街を歩き出した。


「それにしてもいい天気でうんざりする」

「なんで? 気持ちいいじゃん」

「それはそうだけど、どうにも嫌な感じがする太陽でね」


 みやびは立ち止まると一度片眼鏡を外し、ジャケットで軽く拭ってからつけ直す。そして数回まばたきをすると、ため息をついた。


「でも何も見えないか。どっか行きたいところある?」

「うーん、駅前行って何か食べようよ」

「それもいいか」


 そうして駅前に到着すると、昼だけあって人通りはそれなりにあった。二人は路地にある喫茶店に入ると、窓際の席についた。


「平日の昼間から姉妹で来るとは珍しいじゃないか」


 水とおしぼりを持ってきたのは店員ではなく、ラフな格好をしたこの店のオーナー、三山雄一だった。みやびはその顔を見てため息をつく。


「その様子だと、もう耳に入ってるか」

「さあ、どうかな。それより注文は?」

「あたしはナポリタン」

「はいはい、みきちゃんはナポリタン。そっちは?」

「なんかてきとうにサインドイッチでも」

「ちょうどいい、今日はローストビーフがあるんだ」


 三山はそう言うと厨房に向かっていった。その背中を見たみやびはもう一度ため息をつく。


「あれは絶対知ってる。それに何かをたくらんでる顔だった」

「お姉ちゃん、考えすぎじゃない? 何かたくらんでるっていうのは」

「いや、あいつはそんな殊勝な奴じゃないって。大体さっきの顔、明らかに面白がってたし」


 みやびは水を一口飲むと、三山が消えた厨房を睨みつけた。


「まあそれでも、直接手を出そうと思うほど馬鹿じゃないだろうけど。情報源から釘は刺されてるだろうし」

「ふうん」


 みきはあまり気のない様子で相槌をうつと、鞄から参考書をを取り出して読み始めた。しばらくして三山が二人の料理を持ってくると顔を上げた。


「お待たせ」


 三山は二人の前にそれぞれ料理とコーヒーを置くと、椅子を引っ張ってきて同じテーブルについた。


「さて、食べながらでいいから少し話をしよう」


 みやびは鬱陶しそうに手を振るが、三山はそれに構う様子はなく、みきはその状況を楽しそうに見ている。みやびはサンドイッチを一口かじると首を横に振り、テーブルに片肘をついた。


「わかった、この街で何かあればあんたに隠すことはできないしね。とは言っても、須田から多少話は聞いてるんでしょ」

「肝心のことは聞いてない」

「そりゃそうだ。まあでも、あんたも全然関係ないってわけじゃないし、少しならいいけど」


 みきはその会話を黙って聞きながらナポリタンを食べ続けている。みやびはそれを見て自分もサンドイッチを一つ片づけると、三山に顔を向けた。


「あんた、八年前のことは覚えてるでしょ。白神の件」

「ああ、その件だったか。あの男が戻ってきたわけだな。それはまた厄介な話だ」

「そこまでわかってるなら、下手に手を出さないでもらえるわけ?」

「それでも、ちょっと手伝いくらいならいいだろ。そう思ってあいつも俺に声をかけたはずだ」

「それに、あんたなら巻き込んでもかまわないとも思ったんだろうさ」


 そう言ったみやびが窓に顔を向けると、片眼鏡に光が反射してその顔がしかめられる。


「やば」


 小さく発せられた言葉に最初に反応したのはみきだった。パスタが絡まったままのフォークを持ち上げると、それを窓の中心に向かって一直線に投げた。


 窓が壊れる音と同時に、何かが飛び込んできて、みきの投げたフォークと衝突する。両方が弾かれてテーブルの上に落ちた頃には、三山も立ち上がり椅子を持ち上げて構えていた。


「次はないから安心しな」


 特に何もしていなかったみやびは落ち着いて様子で言うと立ち上がった。三山はその様子に椅子を置くと、その間にみやびは窓を貫通したものを手に取って右目でじっと見る。それは何も変わったところがない小さな金属の球だった。


「こりゃスリングの弾かな。でも、普通じゃないねえ、こりゃ」

「何が特別なの?」

「普通は窓を貫いたものがフォークじゃ止まらんでしょ。これは明らかに危害を加える目的じゃなくて、警告ってやつよ」

「それなら、これ以上は何もないってことでいいのか」


 三山はそう言って一つ息をつくと、すぐに割れたガラスを片づけるための道具を取りに行った。みきはテーブルの上のフォークをつかむと、それをおしぼりで拭い、ナポリタンに突き刺した。


「せっかくのランチを中断させられちゃった」


 みやびもサンドイッチを手に取ると、それをかじる。


「まったくね、少しは時と場合を考えてもらいたいもんだけど。まあ外に出てきてて良かった」

「そうかもね。事務所だったら修繕費で余計なお金がかかりそうだし」


 みやびとみきは今襲われたにしては和やかな会話をして、食事を素早く済ませた。ちょうどそこで三山がほうきとちりとりを持って戻ってくる。


「みんなを落ち着かせるのに時間がかかった。見たところ、こっちはまるで心配とかなかったみたいだな。ガラスはほとんど散らかってないけど、神経が太い連中だ」

「警告にいちいちびびってたらあたしみたいな商売は難しいね。それよりも、食後のコーヒーはまだかね」

「とりあえず、後片付けをしたいから席を移動してもらいたいな」

「はいはい」


 みやびとみきはすぐに違う席に移動し、そこには他の店員がコーヒーを持ってきた。みやびは砂糖とクリームを入れ、みきはそのままコーヒーに口をつける。


「お姉ちゃん、なんだか機嫌が良さそうに見えるけど」


 みきが聞くと、みやびはさっきの弾を手の上で転がして口元に笑みを浮かべる。


「そりゃあね、向こうから動いてくれたんだ。こんな手がかりもくれたんだし、思ってたよりも一気に楽になったんだからね」

「でも、それだとおじさんも狙われてるんじゃないの?」

「そうだろうけど、あいつなら大丈夫でしょ。あの程度の武器だったら対応できるって。むしろ襲われてくれたほうが手がかりが増えて嬉しい」

「ところで、その弾から何がわかったの?」


 みきの質問にみやびはもったいぶった様子でコーヒーを一口飲んでから口を開く。


「この弾にはね、まあ行ってみれば思念が込められていたわけ。意識を持つわけじゃないけど、意思をある程度は反映できる。今回なら、窓を貫通してから勢いを落とせとかね」

「それで窓を貫通したわりには勢いが弱かったんだ」

「そう、そのために込めてた思念を使ってブレーキをかけたわけ。おかげで思念が散っちゃってるけど、あたしにかかればこれでもまだわかることは多い」

「じゃあ、それを撃ってきた犯人がわかるの?」

「もちろん。これを飲み終わったらそいつの顔を拝みに行こうじゃないの」


 みやびはそこでコーヒーカップを軽く振り、須田に電話をかける。


「あー、もしもし。そっちは異常はない?」

「こちらは何もない。何かあったのか?」

「警告みたいなのが来てね。おかげで手がかりがつかめたから、そいつの顔を見に行くところ」

「わかった。今はどこにいる」

「三山の喫茶店」

「十分で行く」


 須田のほうから電話は切られ、みやびは電話をジャケットのポケットにしまうと、コーヒーを飲み干した。


「十分は時間があるから、それまでのんびりだね」

「そしたらおじさんと一緒に犯人探しかあ。楽しみ」

「さっきも言ったけど、無理はしないようにね」


 それから十分後、二人は須田と合流して喫茶店を出ていた。みやびは喫茶店から数十歩の場所で立ち止まると、自分達が座っていた席の窓とは反対の方向に顔を向ける。


「弾が来たのはこっちの方からか」

「でも人影は見えなかったけど」

「弾に思念を込めたって言ったでしょ、そこの屋根を飛び越えてくるくらいは簡単なわけよ。でもまあ、そんなに遠くじゃないはず」


 そこまで言うと返事は聞かずにみやびは歩き出した。みきは須田に顔を向けるが、須田は無言でうなずいただけでその後に続いた。


「二人だけでなんかわかっちゃって」


 みきはそうつぶやくと二人を追い、そのまましばらく歩くと三人は住宅街の中に到着する。そこでみやびは立ち止まった。


「ああ、ここか」


 片眼鏡を直したみやびは地面を見てから周囲を見回し、軽く二回ほどうなういた。


「痕跡を消しきれてないねえ。まだ近くにいる」


 その言葉に須田は右手を上着のポケットに入れて周囲を見回す。


「どこだ」

「あー、近いね。こりゃ直接会いたいらしい」

「すぐ行こうよ」


 みきはそう言うと、みやびの手を引いて歩き出そうとしたが、それはみやびに止められた。


「待った。逃げもせずに待ってるってことは、これは警告だけじゃ済みそうにない。ここはプロに任せようじゃないの」

「そうだな、誘導してくれ」

「はいはい」

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