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死霊術師の宿敵-1

「あー」


 矢代と書かれただけの表札が掲げられている雑居ビルの一室、そこのソファーの上で寝ている矢代みやびという女がいた。その恰好はラフなもので、Tシャツに余裕のあるズボンというものだった。そこにノックの音が響く。


「はいはーい、開いてますよー」


 みやびが返事をするとドアが開き、地味なスーツを着た一人の男、須田正人が入ってきた。


「少しは仕事場を片づけたらどうなんだ」

「久しぶりでいきなりそれ? で、何の用」

「仕事の話以外に何がある」


 そう言って須田はテーブルを挟んだ向かい側のソファーに腰かける。みやびは顔を腕でこすると体を起こした。


「今度はどんな厄介ごとを持ち込んできたわけ」

「警察からの依頼だ。強盗殺人の被害者に関する情報が欲しいらしい」

「いや、なんでこっちに話がくるわけ」

「事情なら直接聞けばいいだろう」

「別にそういうのにはそんなに興味ないけど」


 そこで欠伸をしながらみやびは立ち上がり、ポットからコーヒーをマグカップに注いだ。


「まあ依頼は受けてもいいけどね。担当者をこっちに寄こしてよ」

「それなら一緒に来てる」


 須田がそう言ってから手を叩くと、いかにも刑事という男がドアを開けた。その刑事、石村健三はスーツ姿だったがネクタイはしていなかった。


「協力感謝します、何しろ夜の道で目撃者もいない事件ですから。次の事件が起こる前に犯人の目星をつけておきたい」


 みやびは見た目がごつい石村を見てわざとらしいため息をつく。


「報酬は?」

「いつも通り支払います。すでに上司の許可もとってありますから、問題はありません」

「オーケー、それじゃ被害者さんの情報は?」

「これです」


 石村は手帳を取り出し、それの中ほどのページを開いて差し出した。みやびはそれを受け取って、書かれている情報に目を通すとすぐに石村に返した。それから無言で自分の電話を取り出すといじりだす。


「あー、もしもし。今から言う死者と話がしたいんだけど。えー、名前は篠塚志穂、死亡したのは昨晩十一時半頃で、場所はここの五丁目。ああ、このまま待ってるよ」


 みやびはそこで電話を置き、両手を頭の後ろで組んだ。


「すぐに返事はくると思うけど、それまでここで油売ってんの?」

「俺は失礼しよう」


 須田はそれだけ言うと、さっさと出て行ってしまった。石村は須田が座っていたソファーに腰かけると、黙って待つ。数分後、みやびの電話が鳴った。


「はいはい、見つかった。すぐに呼び出せる? ああ、それなら話したいってのにすぐ変わるから」


 そう言ってみやびは石村に電話を差し出した。石村はそれを受け取り、しばらくしてから口を動かす。


「篠塚さんですね、私は警察の石村です。お話を聞かせてもらっても構いませんか?」

「はい。協力します」

「それでは、昨晩の事件についてお聞かせ願いたいのですが、まずは事件の発生した状況からお願いします」

「昨日は残業で遅くなって、バスもなかったので歩いて帰ったんですけど、その途中で突然後ろから呼び止められて、振り返ったらナイフを持った中年の男がいきなり襲って来たんです」


 そこで一度言葉が途切れ、石村はしばらくの間沈黙してから口を開く。


「その男の特徴を覚えていますか? 中年ということですが、年齢はどの程度だったでしょうか」

「四十歳くらいだったと思います」

「他に特徴は? 例えば髪が短かったとか、アクセサリーを何かつけていたか、服装はどんなものだったか、覚えていますか」

「髪は、短かったです。アクセサリーは何もしてなくて、服装は白いシャツと青いズボンでした」

「なるほど、その男はあなたを呼び止めた後、襲いかかってきたんですね」


 その問いにはしばらく沈黙が続き、みやびが口を挟む。


「ちょっと、死にたての亡者をあんまり刺激しないで」


 注意に石村はうなずいた。


「事件のことを思い出させてしまって申し訳ありません。ですが、次の犠牲者を出さないためには必要なことでので」

「すみません、ちょっと思い出してしまって。でも大丈夫です。襲われた後は揉み合いになってしまってよくわかりません、どこか刺されて、気づいたらこうして死んでました」

「そうですか。似顔絵が欲しいので、協力頂けますか?」

「はい、もちろんです」

「では、また後ほどお願いします」


 石村は電話をみやびに返した。


「じゃ、また後で」


 それだけ言って通話を終わらせると、みやびは薄目で石村を見る。


「警察署まで来いって言うなら追加料金だけど」

「絵描きを連れてきます」

「それじゃ、早めによろしく」


 みやびはそう言って腕を組むと、目を閉じてしまった。石村は黙って立ち上がると、外に出て行く。


 それから三十分ほどみやびは寝ているように静かだったが、ノックもなくいきなりドアが開かれた。


「お姉ちゃん!」


 そして中に入ってきたのは、制服を着た高校生、みやびの妹の矢代みきだった。みやびは目を開けるとゆっくりとマグカップを持った手を振る。


「よく来たな妹よ。もうすぐ警察の絵描きが来るから、一緒に話を聞いてくといい」

「え、なんか事件があったの?」

「強盗殺人。昨日あったらしいんだけど」

「へえ、どこで」

「五丁目、近いから気をつけなよ」


 みきはその言葉にうなずくと、テーブルに両手を置いてみやびに向かって身を乗りだす。


「それで、やっぱりおじさんからの依頼なの?」

「血縁関係の欠片もない相手を親戚みたいに言うんじゃありません」

「やっぱりそうだったんだ。おじさんが来るくらいなんだから、重要な事件なんでしょ」

「警察の担当者はやる気十分だったね。そろそろ戻ってくると思うけど」


 そこでちょうどノックの音が響き、石村がドアを開けて入ってきた。


「失礼します。絵描きを連れてきたのですが、山中のことは知ってますね」


 そうして大柄な男が室内に入ってきて頭を下げた。


「ああ、聡君。ようこそいらっしゃい」

「どうも、ご無沙汰してます。それで、被害者の方は」

「それならすぐに呼び出せるから、ちょっと待ってて」


 みやびは電話を操作すると、それを山中に差し出した。


「話はそっちで聞いてね」

「わかりました。では篠塚さん、犯人の特徴をじっくり思い出していきましょう」


 そうして山中は篠塚の記憶を呼び起こしていき、ある程度の情報を聞くと電話を置き、スケッチブックを開いて勢いよく絵を描き始め、十五分ほどで絵は完成した。


「出来ました」


 そこには意外と小奇麗で上品そうな中年の男の顔があった。みきはそれを見て意外そうな表情を浮かべる。


「へえ、思ったよりも感じ良さそうな顔だね」

「確かにね、今日は強盗日和だって、いきなり張り切って事件を起こすようなタイプには見えない」


 矢代姉妹の言葉に石村もうなずく。


「確かに、そう見えますね。この絵を被害者の方に見せるのは?」

「はいはい、今やりますよ」


 みやびは電話を手に取ると、それで絵を写真にとる。少し待ってからまた電話をかけると、何回かうなずいてから通話を終わらせた。


「そっくりだってさ」


 石村はそれを聞くと、山中の肩を叩いて立ち上がる。


「よし、戻ったらそれを仕上げて、すぐにばら撒くぞ」

「はい、わかりました」


 山中はスケッチブックをしまうと、石村に続いた。


「では、また後で来ます」


 石村はそう言うと、山中と一緒に足早に外に出て行った。数分後、みきはみやびにジト目を向ける。


「お姉ちゃん、嘘ついたでしょ」

「まさか、あたしが嘘つくわけないじゃない。嘘をついてるのは、死人のほう。それに、この事件はどうもこっちの領分の気がしてね」


 みやびは口元に笑みを浮かべると、棚に飾ってあった木の人形を手に取り、テーブルの上に置いた。


「ここからは素人には見せられないね」


 みやびが人形の頭を指で弾くと、それはいちどその場で溶け、すぐに女のような形をとった。みやびはそれに顔を近づけ、凝視する。


「さて、なんであの似顔絵が似てないなんて嘘をついたのか、教えてもらおうか」


 その言葉に人形はぎこちなく後ずろうとするが、つまづいて倒れた。


「どうして、嘘をついたってわかったの? それに、あの絵はなんであんなに」

「似てたかって? あの絵描きは警察官としても才能豊かでね、どんな嘘をついてもその先にある本当に心に浮かんだ顔を描けるんだな」


 それからみやびはジャケットを手に取ると、反対の手で人形の胴体をつかんで持ち上げた。


「じゃあ、現場に行ってみようじゃないの」

「行こう行こう!」


 みきも勢いよく立ち上がると、みやびの空いてる手をつかんで引っ張りだした。


 それから数十分後、二人は強盗殺人があった現場に到着していた。


「現場はここで間違いない、か」


 言葉の通り、そこにはチョークの跡が残っていて、何か生々しい雰囲気だった。みやびは周囲に人気がないのを確認すると、人形を地面に置いた。


「お姉ちゃん、どうするの?」

「殺される前の状況を演じさせるの、ミニチュアサイズで逆再生」


 そしてみやびが指を鳴らすと、人形がその場にうつ伏せに倒れる。数秒の間そのまま動かなかったが、膝をついて前のめりに倒れるというのの巻き戻しを演じ始めた。


「へー、すごい」


 みきは感心して声を上げる。その間にも人形は動き続け、刺された瞬間で止まる。


「この瞬間でもすでに揉み合いになった様子はない。じゃあ、この少し前はどうかな」


 みやびはそう言ってからジャケットのポケットに手を突っ込み、片眼鏡を取り出した。


「さてさて、何が見えるか」


 それを右目につけると、左目を閉じて人形の前の空間をじっとみつめる。数秒間そのままの体勢でいたが、口元を歪めると片眼鏡を外した。次の瞬間、人形が粉々に弾け飛んでいた。


「こりゃ、こっちの領分で確定か」

「ねえ、なんなだったの?」


 みきがたずねると、みやびは頭をかいて上を向く。


「まあ、あの死人は生贄っていうか、コストね。他の死人を蘇生させるための」

「それじゃあ、あの似顔絵の人が?」


 みやびはそれに首を横に振った。


「どっちも利用されただけ。こんなことをやる奴と言ったら、まあね」


 そこで言葉を濁し、みやびは歩き出す。みきは何か言いたそうだったが、黙ってその後についていった。その途中でみやびは須田に電話をかける。


「もしもし、あんたが持ってきた依頼だけど、あれはたぶんあいつが絡んでるわ」

「まさか」

「あれはほとんど人間じゃないから。そのうち動き出すと思ってたけど、思ってたよりは早かったってわけね」

「そうか、そうなると警察はあまり当てにならないな。すぐにそっちの事務所に行く」

「はいはい、よろしく」

「巻き込むんだ、妹にも話しておけよ」


 須田が先に電話を切り、みやびは軽く舌打ちをした。そこにみきが腕に飛びついてくる。


「おじさんと話してたんでしょ、今回の事件のこと。あいつって、誰なの?」

「因縁のある相手でね。昔相手をしてやったんだけど、性懲りもなくまた出てきたってところ。これがまた面倒くさい奴でさあ。ま、話は戻ってからするから」

「ふうん」


 みやびはそれ以上は説明しようとせず、みきもそれを察して黙っていた。二人が雑居ビルまで戻ると、そこには須田が先に到着していた。


「念のために確認したが、事務所の方におかしなところはなかった」

「ご苦労さん」


 みやびは手を振りながら須田の横を通り抜けると、階段を上って事務所のドアを開ける。それから室内を見回してうなずいた。


「ああ、これなら問題ない。ほらほら、入んな」


 そう言ってみやびはみきと須田を招き入れると、ドアをゆっくりと閉める。それからソファーに座ると、ジャケットを脱いで隅に放り投げた。


「しかしまあ、どうするかねえ。こっちは後手に回ってるわけだし」


 そこに向かい側に座ったみきが身を乗り出す。


「お姉ちゃん、それよりもあいつっていうのを教えてよ」

「まだ言ってなかったのか」


 ドアの横に立った須田がそう言うと、みやびはため息をついた。


「はいはい、それじゃ八年前のことからかな。あの時はあたしはまだ駆け出しで、そこのおっさんもまだ若かった。その当時、謎の連続失踪事件があってね、警察もなりふり構わなかったからこっちにも話が来たわけ」

「それでそれで?」

「すぐにこっちの領分の事件だっていうのはわかって、独自に動き出したの。それでわかったのは白神っていう名前で、相手が死んでても生きてても、とにかく人を利用することに長けてる嫌な奴だった」

「その上、決して表には出てこない男だったな。色々なところに巧妙に潜り込んでいたが、結局目的はわからなかった」


 みやびと須田の説明に、みきは首を傾げる。


「二人はそんな相手をどうしたの?」


 みやびは黙って右手の親指を立て、それを下に向けた。


「まあ、地獄に落としたんだけどね。あれはただの人間じゃなかったから、そのうち戻ってくると思ったけど、予想よりも早かったわけ」

「しっかり海に沈めたはずだったんだけどな」


 須田の言葉にみきは大げさにのけぞってみせる。


「二人ともやばいでしょ。そんな裏社会みたいな真似して」

「それくらいやらないと駄目だと思ったんだって。実際、足りなかったみたいだし」


 須田は無言でうなずき、みやびに同意を示した。みきはその二人を交互に見てため息をつく。


「おじさんもそう言うなら仕方がないか。それで、これからどうするの?」

「先手はとられたわけだから、こっちもなんかしかけないとね。なんかいい考えある?」


 みやびに聞かれた須田は天井を見上げて考え込む。


「そうだな、殺人犯を見つけるのは警察に任せておけばすぐだろう。俺達がやるのはその裏だ、まさか白神が直接実行者とコンタクトをとってるとは考えにくい。それ以外に仲介者がいるはずだ」

「奴なら気取って使徒とか呼んでるだろうけどね」


 みきはそこで手を顎に当てて首を傾げる。


「でも、それならその使徒っていうのを捕まえればいいんじゃないの?」

「それがそうでもなくてね。使徒っていうのは操られているだけだから、捕まえたとしても何もなし。警察じゃあね」

「お姉ちゃんならなんとかできるっていうこと?」

「そゆこと。だから、その使徒が警察に見つかる前にこっちで確保する必要があるわけ」


 そう言って手を広げてから、みやびは須田に顔を向けた。


「そういうわけだから、目星をつけるのをよろしく。何人かに絞って名前とかの情報がわかれば、そこから見つけられる」

「わかった、すぐにとりかかろう。料金は後で相談だ」

「はいはい、前向きに検討しておくよ。でも、あんただって何もしなかったらあいつには狙われるんだから、贅沢は言わないでもらいたいね」

「そうだな」


 それだけ返事をすると、須田は足早に去って行った。見送ったみきは手を頭の後ろで組んで大きく息を吐き出した。


「あーあ、おじさんについていけば良かったかな」

「やめときなよ、あいつは基本的に一人でしか動かないんだから。それで離婚もしたんだし」

「はーい。じゃあ宿題があるから先に帰ってるね」


 みきは自分の鞄を手に取ると立ち上がり、手を振りながら外に出て行った。みやびはそれに手を振って見送ると、天井を見上げた。

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