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黒ノ鉱山師  作者: 濱野 十子
森の中に躍る
4/4

異国のように感じていた播磨だが、一年も過ぎると、故郷と似た空気を捉えられるようになる。

 緑の中に混じる微かな鉄の苦さは、黒川金山に漂っていた風と特によく似ていた。おそらくは、鉱脈が近くにあるのだろう。

 布でくるんだ忍刀を杖代わりに、体重をわざと掛けながら、篝火は険しい山道をゆっくりと登る。

「ご無事で何よりです、篝火様。お帰りが遅いので、心配しておりましたよ!」

 寄り添うようにして隣を歩くのは、黒狐と篝火が名付けた少女だ。

 少女といっても、黒狐の格好そのものは男のもので、少々、声は高いものの、着物を剥いでみなければ、女と知れることは九分九厘ない。

 不具であるのを装っている篝火を助けている弟、黒狐は与えた役割をしっかりとこなしているようだ。

(むしろ、変装の上手さしか能がないのが悩ましい。他に得意なことがあれば、まだ使いようもあるのだがな)

 たとえば、色気か。

 下手をしていたら、女郎に落ちていたかもしれないとは信じられないほど、黒狐からは性の臭いを感じなかった。

二人は、毛利からの兵糧を三木城へと運び込む百姓に化けている。

 昨日は予定していた兵糧の到着が遅れたせいで、三木城に兵糧を運び込んだ頃にはすでに日が暮れていた。

 大勢であっても、何処に敵がいるか分からない状況下である。護衛役の雑賀衆の判断で三木城周辺で一晩を明かしたついでに、篝火は前々から気になっていた忍びに接触したのだった。

「何処に行かれていたかと思えば、まさか敵を討ちに行っていたなんて!」

 ぶつぶつと文句の尽きない黒狐は、まるで小姑のように煩わしい。

 前をゆく男の肩が揺れるのを見て、篝火は黒狐の丸い尻を思いっきり抓んで捻ってやる。

 不意打ちを喰らった黒狐は、「ぎゃっ!」と、蛙を踏み潰したような濁声を上げ、足をもつれさせて、派手にすっころんだ。

「おいおい、早く歩けよ小僧ども! 別所勢の領地であるが、何処に羽柴勢が潜んでいるか分からないのだ。死にたくはないだろう?」

 鉄砲を担いだ大柄の男、鷺と呼ばれていた男が足を止め、地面に這いつくばっている黒狐を指差して「なにやってんの?」と笑った。百姓衆の護衛についている、雑賀衆の一人で、妙になれなれしい奴だった。

(小僧とは、ずいぶんと舐められたものよ)

 篝火は平坦な声音で、「申し訳ない」と鷺に返した。

 とっくに元服を果たしているのだが、なかなか外見が年齢に追いついてこないようで、今だに何の抵抗もなく小僧と呼ばれる始末だ。情けない。

「す、すみませぇん。ちゃんと歩くんで、置いていかないでくださいましぃ」

 他者の心の動きに聡いくせにどこか愚鈍な黒狐は、篝火の苛立ちを感じとってか、顔を青くして俯いた。

「別所勢も羽柴勢も睨み合いを続けておりますが、いつ、先日の平井山のような戦いが起こるか、分かりませぬ。砦へ急ぎましょうぞ、雑賀のお方。ほら、狐。さっさと、立たんか」

しかたがない。篝火は座り込んだまま、の黒狐の肩を掴んだ。「痛い、痛い」と悲鳴を上げるのも構わずに、腕尽くで立たせる。

「兄も大変よの」と、鷺は広い肩を竦め、「小僧の言うとおりじゃ。早う砦に帰ろうぞ!」と声を張り上げて足が鈍った百姓衆を急かすよう、歩を進めた。

「わ、わたし、このような格好をしてはいますが、お……おなごであるのですよ! なんて、はしたないことをなさるのですか!」

「忍びに、男も女もあるか」と、取り合う気もさらさらない篝火は、抗議の声をまるっきり無視して、列を追いかけた。

「三木城は、確かに堅城ではある。一年あまりも兵糧攻めに遭っているというのに、士気は高い。……が、筑前守が築いた平井山の城に比べれば、塀もさほど急ではなく、現状を考えれば直に攻め入ることもできよう」

篝火が仕留めた忍びは、三木城の様子を探っていた。ならば、兵糧を運び入れている自分たちの姿を見ているはずだ。

 確かめてはいないが、三木城と丹生山の砦をつなぐ狭い間道の位置も知られている可能性は高い。

「筑前守様は、播磨の国人衆を嬲り殺しにするおつもりなのでしょうか?」

 青い顔をして、黒狐はふっくらとした唇を噛んだ。

 三木城の城主、別所侍従長治を慕う百姓衆と寝食を共にするようになって一ヶ月ほど。

 良くも悪くも情に流されやすい黒狐は、〝任務〟もあってか、死地に追い詰められている播磨国人に、ずいぶんとほだされているようだ。

「和議を申し込めど、軽々と無視されたではないか。――皆殺しは、免れん。逆らったものは、末代まで滅ぼす。それが、右府のやり方よ」

 実に、卑劣で苛烈だ。

 篝火は自嘲気味に笑い、思考を切り替える。自分の任務は信長ではなく、あくまで中国征伐を任された秀吉だ。

 黒川金山に潜む黒鍬衆の顔に泥を塗った、男。

 篝火のすべてを狂わせた、抜け忍だ。

「少しは考えろ、狐。仮に筑前が播磨国人を飢え殺しにして楽しんでいるのだとしても、兵糧の運び入れを見逃す理由にはなるまい」

 むしろ、見逃すという行為は、三木を生かしていることになる。

「――では、何が目的で?」と、驚く黒狐の膝裏を忍刀の鞘で小突く。

 当然、座り込むようにして倒れる体を、伸びてきた逞しい腕が浚った。

「積もる話はたくさんあるのだろうが、まあ、後にしようや、お嬢ちゃん」

「み、見破られた? ひゃっ、やめ、やめてください!」

 良く日に焼けた顔をニヤニヤと歪め、目を白黒させる黒狐をしっかりと腕に抱き込んだ鷺に、篝火は「阿呆め」と舌打ちを返した。


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