第一部第二幕【忍び寄る黄色い影・第二・三段】
〜 OL三国志演義 第一部【イエロースカーフの乱】 第二幕【忍び寄る黄色い影・第二段】
「要するに、酔ってる時って、男はルックスよりもノリがいい方を選ぶんじゃない?」
なるほど、と玄田徳子は関長子の言葉に感心した。関長子は、どうも男性の心情に通じているようだ。暗めの照明にジャズが流れる雰囲気のいい店。この頃増えはじめた、ニュー居酒屋と呼ばれるものだろう、この店を予約してくれたのも関長子だった。
金曜日の今夜、張本翼の同期会が男子らのキャンセルによって流会となっており、その仇を討つという張本翼の強引な主張によって、玄田徳子、関長子、張本翼の義姉妹は飲んでいる。
「え、長子のネエサン!それ、ワタシが可愛くないっていう意味ぃ〜?」
張本翼は、砂ずりの串で関長子を差しながら、やや甘えた口調で不満そうに言った。
「いやいや、そうじゃなくて、酔っ払ってみんなを明るくするから、ハリモトが男らにウケてるのかかなぁと、思ったのよ。」
「なーるほど!確かにそうかも。そう、ウチはゼッタイ暗い酒は飲まへんねん。ところで、徳子のネエサンはどうなん?やっぱり、飲んだらモテるんやろ?」
張本翼は焼酎を呷って、空になった素焼きのグラスをテーブルに置くと、斜め下から睨むような仕草をして、玄田徳子に水を向けた。どうやら既にからみ酒のようである。
玄田徳子は、生中(生ビール中ジョッキのこと。筆者註)を一口飲んで、はや一次会から泥酔しつつある義妹・張本翼に閉口しつつ、その質問に答えた。
「モテるって全然!ワタシはみんなで飲むのが好きやから、いつも結構大人数やし、みんなでワイワイしゃべってるからぁ、そんなモテっるとかいう雰囲気ちゃうし。」
「いやいや、徳子の姉上はモテそうですよ、、、なんというか、包容力があって聞き上手。」
と、関長子が玄田徳子を持ち上げた。さっきから日本酒を水のように飲んでいる彼女の好みは、池田の銘酒、呉春。呉春があるか、ないか。関長子の宴席選びには、欠く事の出来ないポイントである。
義理姉妹の契り結んで以来、毎週のように集うようになった三人であるが、とはいえ、未だ数回の宴席を重ねたに過ぎない。そのため今でも自己紹介的な会話が多く、モテ話はその一環なのである。
そもそも、モテ話なぞというのは、いわゆるホラ話の一つであって、その内容の事実関係を突き詰めさえしなければ、当り障りの無い酒席に格好のテーマと言える。玄田徳子と関長子は、この罪の無い話をそれなりに楽しんでいる。いま一人はかなり真剣な様子だが。
そういえば、いつぞやの結婚式の二次会で、どう見ても女性に縁の薄そうな男子らのモテ話を聞かされたことがあった。彼らは、口説いているつもりのようだったが、こちらとしては、心証を損ねるのもどうかと思って、終始愛想笑いをしながら、その自慢話を聞いていた。
ところがそのモテ話は、「こいつがモテんねん」「なんて言いながら、こっちが全部もっていくんですよ〜」といった調子の持ち上げ合いで、話には具体性が無く、これが延々と続いたので、それは相当の苦痛であった。
女は時間を空費している、玄田徳子の軽く酔った頭には、退屈な思い出とともに、そんな考えが浮かんでいた。
モテ話に少し嫌気が差して、玄田徳子は話題を変えよう思った。今日は女子三人の飲み会。モテ話に終始していては、かなり寒いものがあるし。そこで、玄田徳子はこの間から少し気になっていることを関長子に聞いてみることにした。
「ねえ、話変わるけどサア、長子チャンがこの間、いってたイエローの話さあ、、」
「イエロー・スカーフですね、派遣の太平スタッフの。」
「そうそう、スカーフ。あの娘(コ。関西では女性が女性を呼ぶ際にこの表現を用いる。筆者註)ら、けっこう、ブイブイ言わしてるンやて?」
関長子は受け皿用の升に溢れた呉春を丁寧にガラスのお猪口に移しながら、少し微笑んで言った。
「そう、ブイブイ。イエロー・スカーフは会話が巧みで、飲み会に参加した男子全員を必ず午前様にさせるようですよ。イエロー・スカーフに洗脳されて、次の日から黄色いネクタイしはじめた男子もおるとか。フフッ。」
「なにそれ、宗教やん、ハハッ。」
「な、派遣の娘ってハデやん?」
と、張本翼が敵愾心をあらわにして、玄田徳子と関長子の話に割って入った。コバルトブルーのスーツに虎の顔が付いたパンプスという、大阪ミナミ独特のセンスを体現した張本の本日のコーディネートも、相当に派手なのだが、彼女が言いたかったことは、必ずしも身なりだけの話ではなかった。
「ウチの会社だけじゃなくて、取引先とか業者とかとも結構、飲みに行ってるらしいで」
「ふぅん、でも飲みに行くのは付き合いとか、色々あるんと違うの。別に悪いことないん違うかなあ」
当年とって28歳になる玄田徳子は、いよいよ本腰を入れて可能性と選択肢を広げねばと先日決意した矢先だったので、張本翼の主張に軽く反論しておく必要があった。玄田徳子もイエロー・スカーフに負けじと頑張りたいのである。
「徳子のネエサン〜別に悪いとか言ってるンじゃなくてぇ、ハデやな〜って、ちょっと思っただけで、、、」
実は玄田徳子も張本翼の憤りがよく分かる。ある種の縄張り意識みたいなものが、イエロースカーフへの漠とした反感の正体であることは、認めたくはない本心なのである。
「、、、え!あれ、あれ!」
と張本翼が抑えたものながらも、驚いた声をあげた。
「ほら、あっちの席、トイレの横の、、、イエローがおる、、、一緒におるのウチの同期やん!」
張本翼が手羽先の足で指した向こうには、黄色いスカーフを巻いた6人の女性と、若い男子サラリーマン6人の、楽しげに語らう姿があった。
〜 OL三国志演義 第一部【イエロースカーフの乱】 第二幕【忍び寄る黄色い影・第三段】
「じゃ、改めて、かんぱーい!」
十五の酒盃が掲げられた。張本翼は勢いよく生ジョッキを、彼女の同期の男子、中条のグラスにぶつけた。同期会をお流れにして、派遣女子社員イエロースカーフらとコンパをしていた中条に対して、「この色男!」と言わんばかりの表情の張本翼。
中条は苦笑いともとれる微笑を見せたが、当世の若者らしく、乾杯の後の拍手の際には、「ホォウ!」と無意味な景気づけの声を上げたてみせた。盛り上がりを演出しているつもりなのだろう。
他の者も隣や正面の者と盃を合わせている。イエロースカーフと張本翼の同期男子らの合コンは、玄田徳子、関長子、張本翼の義姉妹三人を加えて、十五人が参加する宴会と化したのである。
これは玄田徳子、関長子と飲んでいた張本翼が、たまたま同じ店でイエロースカーフとコンパをしている同期男子を発見し、強引ながらもその宴席に自分達三人も【参戦】したためだ。
玄田徳子と関長子は、当初、合コンに乱入せんとする張本翼を制止したが、
ちょうどイエロースカーフに関してクダを巻いていたところだったので、この際、彼女らの実態を見定めてやろうと思い直し、恥をしのんで後輩らの合コンの加わったのだ。
それにしても、張本翼の豪腕ぶりときたら。同期の男子らの姿を確認するや、手洗いと称しては再三にわたり化粧室に向かうフリをして、彼らの視界にわざとらしく自分の姿をアピールし、ついには男子らに自分を無理やり【発見】させて、見事、「いっしょに飲まない?」と言わしたのだから、大したものだ。色恋の道に、テレなど何んの意味もないことを張本翼は教えてくれると、玄田徳子は関心した。
乾杯の後、十五人の参加者が軽く自己紹介をするところから、宴会は仕切り直された。まずは、玄田徳子と関長子が名前及び採用年次と配属、担当業務を言った。これに続いた張本翼は、どういうわけか、小さな声でハニカミながら自己紹介をした。同期の男子連中は、張本翼が酒豪にして酒乱であることは先刻承知なのだろうから、ほとんど無意味な演出なのだが、とりあえず男の前では一度は可愛い子ぶるのが、張本翼の習性なのだろう。
義姉妹三人の自己紹介に続き、中条ら張本翼の同期男子らも一通り自己紹介をした。最近の若い男は、皆似たような顔をしているなと玄田徳子は思った。そして、いよいよイエロースカーフらの自己紹介の番になった。最初に銀縁メガネのストレートヘヤ−のOLが挨拶を始めた。
「角田と申します。太平スタッフから派遣で営業一部に来ています。菅コーポレーションに来る前は、派遣で製薬会社で二年間働いておりました。」
比較的地味な配色とシルエットながらも、素材の高級感が一目して分かるスーツには、トレンドも、さりげなく取り入れられている。イエロースカーフのリーダー格とおぼしき角田は、知性と大人の色気を感じさせるOLだった。角田の後に、梁田や宝田ら残り5人のイエロースカーフが続々と自己紹介を行った。
どのOLも上品かつ清潔感のある印象で、無謀な派手さとパンチの効いたファッションが売り物の張本翼とは対極をなしていた。あるいは会社から、派遣先に好印象を持たれるように徹底されているのかも知れない。そして、首には皆そろいのスカーフを巻いている。
自己紹介が終わり、フリートークの時間になった。総勢十五名の宴会は、自然、いくつかの小グループに分かれて話すことになったが、玄田徳子ら三人の義姉妹とイエロースカーフの首魁、角田は席が近かったので、同じグループになっていた。
玄田徳子ら女子は、男子らがリードする会話に相づちを打ったり、質問をしたりして話を転がしていたが、角田はそれが常に的確なばかりか、どうも社内の事情にも詳しいようで、男子らに有益な情報提供を行っていた。玄田徳子は、派遣社員がどうしてそのような内部の話に通じているのだろうかと思った。
角田の存在が際立つ反面、義姉妹三人の存在感はくすんでいた。美貌のスレンダー、関長子のルックスは、【つかみ】には強力なものがあり、当初は男子らの注目を大いに集めたが、不必要に媚びない彼女は、男を見下したような倣岸な態度に映り、男子らはかえって煙たく感じているようだ。また、カワイイ系の聞き上手、玄田徳子の土俵は、二次会の少人数&プライベートトークなので、一次会の今は、相づちを打つばかりで、どうも埋没してしまっている。
張本翼の、はちきれそうなナイスバディが活躍するのも、男どもに酔いが相当に回ってからであって、今は、彼らのスケベ心をくすぐるものの、一次会を支配するには至っていない。特に今、飲んでいる男子は張本翼の同輩たちである。「同期の女子に惚れてなるものか」という、妙な男のプライドが、この場における張本翼の魅力を半減させてしまっていた。
「私、ちょっと、、、」
玄田徳子が関長子に目配せをしながら、トイレに中座した。宴席には張本翼一人を残して、これに関長子も続いた。化粧室で緊急の軍議である。
「なんか、、、ワタシら、やっぱりお邪魔やったかなあ、、、」
玄田徳子は、口紅を直しながら、関長子に言った。
「というと?」
関長子は、長い髪をかきあげ、アイラインの具合を確かめながら言った。
「何か、問題でもありますか?姉上。」
「モンダイ、ってほどのことじゃないけど、、、ワタシらの席、あんまり話が盛り上がっていないというか、、、」
「私が男子と飲む時は、いつもあんなものですよ。フフッ。」
関長子は玄田徳子の迷いを一蹴した。そう言われると、玄田徳子も後輩の男子に阿るのもバカくさくなり、ここはイエロースカーフらの様子を押さえるだけで十分だと思った。関長子が言う噂話、イエロースカーフらの男子らを逸らさないトークぶりを、聞かせてもらおうではないか。
今夜はそれで十分。納得した玄田徳子が、化粧室からテーブルに戻ると、張本翼が口角泡を飛ばして、懸命に話をしている最中だった。その内容はほとんど下ネタと言ってもいいもので、イエロースカーフへの劣勢を覆そうと、早くも十八番のお色気殺法を繰り出しているではないか。
しかし、デキあがっていない男子を相手に、午後8時半から猥談はマズい。男子達は凍てついた笑いを浮かべ、いわゆる「引いている」状態にあった。イエロースカーフらが、「うそぉ〜」「すごーい」と合いの手を入れる度に、張本翼の痛々しさが増す。イエロースカーフとの緒戦に、義姉妹は早くも劣勢に立たされていたのである。
(次回につづく)