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第二部第二幕【第三段つづき】雁田憲和は旧交を温めるも、玄田徳子は意気消沈す

 座敷の障子が開くと夏木姉妹が入ってきた。その後ろについて、数人の見慣れない男たちが宴席に入ってくる。夏木姉妹は、早や男子達の調達に成功した模様だ。

 

 が、その男子達の雰囲気は、ライトなヤクザ風のルックスで、この席には、若干の違和感がある。男子達は、夏木姉妹に促され、十条寺室長の方に向かった。この宴会の代表格に挨拶をする意図だろう。


 その中に一人。「ちわーす」と大きな声を上げ、愛想をしていた男がいぶかしげに玄田徳子を見つめた。「私の顔に何かついてまして?」と玄田徳子がお上品キャラをパロってやろうとした時、その男は驚きの声を上げた。


 「あれ!玄田?、、玄田ちゃんやん!」


 玄田徳子は男の姿をまじまじと見た。縦じまのダブルのスーツに、ど派手なネクタイ。なんだか吉本新喜劇の衣装のようだ。小脇に抱えたルイ・ビィトンのセカンドバッグは、まるで小道具のよう。持ち主の雰囲気と相まってパチもん(*)の匂いがする。


 *パチもん 偽物を大阪ではこう呼ぶ。イエモンは九十年代に人気を博したロックバンド、イエローモンキーの略称。


 が、その顔には見覚えがある。人間というものは、どういう訳か、人の顔を忘れない。たとえ、時間と共にその形状が変化していようとも。


 「、、、え!カ・リ・タ、、、雁田クン!?ガンダーラぁ!?」


 さっきまで、大のご満悦であった玄田徳子の顔から、サッと血の気がひいた。


 「ガンダーラ」、雁田憲和がなぜこんなところにいるの?ヘタレの元ヤンキーと幼馴染だったなんて、この場ではまずすぎるワ!さっきまでの『ハイセンスな玄田先輩』のイメージが一気に崩れるやん!


 馴れ馴れしい微笑みをたたえて、近づいてくる過去の恥部。玄田徳子は、これをいかに無視しようかと酔った頭をフル回転させた。


 「ガンダーラ」こと雁田憲和。姓は「かりた」と発するが、彼は幼いころから「がんだ」とあだ名されたされていた。雁田憲和に転機が訪れたのは小学校四年生の時だ。


 人気TVドラマ『西遊記』のエンディングテーマ「ガンダーラ」はエキゾチックなそのメロディが大衆に愛され国民的なヒット曲となった。「ガンダーラ」を唄ったゴダイゴというロックバンドは、当時のカテゴライズに従えば、ニューミュージックというジャンル。ゴダイゴは、歌謡曲しか知らない小学生に、新鮮かつ大人っぽい光を放っていた。


 当時「ガンダ」とあだ名されていた雁田憲和は、「ガンダーラ」のヒットと共に「ガンダーラ」と呼ばれるようになり、にわかに注目される存在となった。隣のクラスにもその名が知れるようになった雁田憲和は、この好機を逸してなるものかと、ゴダイゴをはじめとしたニューミュージックに詳しいヤツという自己像を作ることに血道をあげた。


 その後、FMラジオや雑誌「ミュージックライフ」などの助けを得ながら、音楽通という自己演出に成功した雁田憲和。が、その後、雁田は、横浜銀蝿、シャネルズに魅せられる中、音楽そのものより彼らの醸す不良的要素に大いに感化され、所謂ヤンキーの道を選んだ。当時のませた少年達の多くがそうであったように。


 そのガンダーラがこの宴席にいる。玄田徳子は狼狽し、関長子、張本翼も事態を飲み込めないでいる。相伴している男子達は、突然、座に割り込んできたミナミの帝王を着崩したような男に、不審と見下げたような視線を送っている。彼らを一瞥した雁田憲和も男子達を鼻で笑った。大阪に長く続く抗争、モッサいキタとヤンキーのミナミという対立の構図が垣間見られた瞬間だ。


 「久しぶりやなあ!メッチャ偶然やん!」


 「え、え、うん」


 ピンチの時の玄田徳子の焦りかたは、斉藤由貴風だ。 


 「姉上、お知り合いなんですか?」


 関長子が雁田憲和に鋭い視線を送りながら、玄田徳子に問う。 


 「うん、、その、、ちょっと」


 「ジモティーやん!ジモティ!」


 「ジモティ?」


 「地元の連れやん!連れ!」


 そう言うと、雁田憲和は、玄田徳子の横で胡坐を組み、手酌でビールを注ぎ始めた。気まずそうに体を半分そむけ、チューハイライムを口にする玄田徳子。


 「姐さんの連れですかぁ?」


 と、張本翼が雁田憲和に声をかけると、人懐っこい表情と声が帰ってきた。


 「高校まで一緒やったで。結構ヤンチャしてたわ、あの頃は。なあ、玄田ちゃん!」


 嗚呼!最悪だ、、、「ヤンチャしてた」元ヤンキーの常套句。旧悪を糊塗する言い様。というか、些細な悪事を誇大に語るつまらない虚勢。カツアゲとか、そんなしょうもないこと自慢せんとってや、、、仲間と思われたくない!アタシはセンスのいい仕事のできる先輩女子なんやから! 


 「まあまあ一杯どうぞ。注がせてください」


 関長子の言葉に促されると、雁田憲和はニタッと笑って、ビールを飲み干すと「どうも」空のグラスを突き出した。


 「それにしても久しぶりやなあ、玄田ちゃん。十年ぶりくらいかなあ。あ、でも香里園で立ち読みしてるん見たことあったけどな!」


 え!ウソ!全然気つかんかった!うわぁ何んの本読んでたんやろ、、、頼む、ガンダーラ、黙っててぇ、、、


 「なあ、なんで、ここにおるの?」


 煙たく思っている、そう雁田憲和に伝えたい。が、喧嘩の弱い玄田徳子は、愛想笑いをしながら、そう訊くしかなかった。


 「いやあ、1階のテーブルで飲んでたら、双子の子に一緒に飲みませんかって誘われたんや」


成程。夏木姉妹に声を掛けられたということか。あのコらなんでそんなことしたんやろ?


 「お兄さんが男前やからちゃいます?」


 禁酒ゆえにか、先ほど来、黙りがちだった張本翼が楽しそうに囃した。ミナミの女番長は、寝屋川の元ヤンキーを歓迎しているようだ。

 


明らかに拒絶するような表情を作る男子達を意に介せず思い出話を続ける雁田憲和。一方で雁田の仲間達は、十条寺室長を囲んで談笑している。


 操猛美が命によって夏木姉妹が集めてきたミナミ風の男達。彼ら赤の他人が懇親会に雪崩れ込んできたという珍事の裏に、如何なる陰謀が隠れているのか。元ヤンキーとの交友関係が暴露され、すっかり意気消沈している玄田徳子は知る由もなかった。


(次回につづく)

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