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第二部第二幕【第二段続き】 十条寺譲は微笑し、若者は戦慄す

〜十条寺譲は微笑し、若者は戦慄す〜


 宴席の中央部の主賓席に、男子社員が群れている。営業部の猿渡課長が連れてきたと思われる未だ童顔が抜けぬ若手連。彼らは酌をするために一人の紳士を囲んでいる。


 その男、痩身のスキンヘッドこそ秘書室長の十条寺譲。今夜の主賓であり、役職上も最上位に位置する十条寺室長。十条寺は、次々と現れては酌をする若手たちに少々驚いてみせながらも、自分の権勢を確認してほくそえんでいる。が、笑みが漏れるワケは、それだけではない。


 早やトレードマークとされる黒革のジャンパーを脱ぎり、引き締まった上半身を強調するタイトなシャツには、乳首が薄く透けている。ほとんど犯罪だ。いや、こんなに分かり易く自分の趣味を明示してくれるのは、あるいは親切なのかも知れない。この姿を見て、十条寺室長の嗜好を見誤る者はいないだろう。


 災難なのは猿渡課長が配下の若手達である。蛇の前に自ら身を投げ出す蛙のようなもの。よく見てみると、彼らの酌をする手は小さく震えているではないか。関長子は、今宵彼らの臀部が息災であることを密かに祈った。


 お座敷に瓶ビール。若手が酌をするのに完璧なコンディションやわ。玄田徳子は、さすがは操猛美だと思った。今宵の幹事、操猛美は華やかな女子。洗練されたオシャレは、彼女のトレードマーク。が、操猛美のもう一つの顔は、徹底した合理主義者。


 その判断力が、職場の飲み会にふさわしい雰囲気、費用そして社屋からの移動距離などの諸要素を勘案した完璧なセッテイングを実現した。その上、お酌のし易さまで配慮しているなんて。


 過不足のないチェーン系居酒屋の座敷。「これくらいでちょうどええねん」、操の声が聞こえてきそう。アタシが幹事やったら適当に探すのに。京阪の駅に近いとこで。(*)操ってなんでも完璧を目指すタイプなんやなあ。


 *註 玄田徳子は京阪電車を通勤に利用している。このくだりは、幹事の特権で自分の帰宅に便利な場所を宴席に選ぶという意。


 玄田徳子が改めて操猛美に目を向けると、その左右には側近の惇子あつこ妙子たえこの夏木姉妹が侍り、操猛美のボディガード、『巨漢の乙女ちゃん』こと悪来典子の顔も見える。あれ?悪来ちゃん?あの子ウチの会社ちゃうやん。操、、、大胆やわあ。


 『十条寺詣で』を終えた数名の若手の男子達が宴席に散った。お勤めを終えた彼らはようやく自分自身のための時間を過ごす。自席に戻って肴に手をつけるものもいるが、彼らのうちのほとんどは女子らの側に侍り始めたのであった。


 玄田徳子ら三姉妹のところにも、二人の男子がやってきてビールをすすめた。「飲めるんですか」「強いんですか」「所属はどこですか」「家はどこですか」「ナンで来てるんですか(利用している交通手段は何ですか)。」


会話の入口、ある種の名刺交換というかIDカードでの入室チェックのような、お決まりの話題がひとしきり行われた。


 そしてさらに職場での昨今の話題、それぞれの近況報告、TV番組の話へと宴会のトークは推移するだろう。ほとんど相撲のしきり、儀式的ともいえるやり取り。玄田徳子は目を瞑ってもこの会話をこなせる自信がある。


 が、この『しきり』を侮るなかれ。起承転結で言えば、いわば『承』にあたるこのパートでの会話は重要である。ここでの情報交換、関心事の共有が、この後の会話が盛り上がるか否かの分かれ目となるのだ。


 できるだけ明るく、ノリのいい人物像を相手に印象づけたい。その惰性で、言葉と表情をオートマチックに繰れる玄田徳子には、実は目の前の男子なぞは眼中にない。何か抽象化した異性という存在、あるいはモテる自分という像。玄田徳子が相対しているは、そのようなものかも知れない。


 これはおかしい。姉上の様子が妙だ。関長子は玄田徳子の表情の艶やかさを不審に思った。もう三十路に手が届こうかというのに、姉上の内面には『面食い』という未熟なものが残っている。


 目前の若手達は、言っては悪いがソーリィーな二人だ。一人は凡庸という字を形にしたような風采。もう一人は若いのに既に生え際が怪しいではないか。着こなしも無難なところを選ぶ迎合型。


 意図したものかと思えるほどの魅力の無さ、個性の乏しさ。絵に描いたような賃労働者!だのに姉上は、美男を前に反射的に見せる隠せない歓迎の表情。ナニユエニ?


 昨今のアタシは上げ潮。今夜は一回り大胆に振舞うのが吉。宴の手足れ、玄田徳子は今宵の基本戦略をそう定めている。


 今年はやる、どんな些細なきっかけ逃さないのだ。コンパは無論、職場の宴会さえも無駄にするものか。目の前の若手は見るからにトンマな連中。でもどんなご縁に発展するかわからない。否、オイシイ『芋ヅル』足りえなくとも、練習にはなるやん!


 不自然なまでに前向きな玄田徳子の瞳には、信仰者に似たある種の恍惚感が漂っていた。


 玄田徳子の右に控える関長子は、いぶかしげに鋭い視線で、二人の若手を見据える。また、左には禁酒中の張本翼が「ククク」と低く哂っている。やり場のない怒りを誰かにぶつけてやろうと舌なめずりをしている。そして会話の入口から過剰な好意を滲ませるルンルン!の玄田徳子。


 美人OL三人の不気味さ圧倒されて気後れしてたのか、若手達は口をつぐみ、玄田徳子らの座には微妙な空気が流れ、しばしの間沈黙が続いた。


(次回につづく)

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