第二部第二幕【第一段】関長子はミナミの変貌を想い、謀議は夜に咲く
〜 関長子はミナミの変貌を想い、謀議は夜に咲く 〜
食事を済ませた玄田徳子ら三姉妹と乾祐一は、地下鉄心斎橋駅へと向った。駅に着けば、難波で環状線に乗り換える張本翼とは分かれることになるだろう。
乾さんはたしか京都方面やから、淀屋橋で京阪に乗り換えるんなぁ。帰途の車中、好感を抱く乾祐一と二人きりになることが、どこか疎ましく感じられる玄田徳子であった。
物憂い顔の玄田徳子。その斜め後ろで腕組みをして闊歩するは玄田が年上の義妹、関長子。黒く艶やかなストレートのロングが揺れ、ネオンを反射して輝く。完璧に画になる女。
余談ながら女性が腕組みして歩く姿に、独特の色気と哀愁を感じている男子諸君は多いのではないか。「このごろはもうサッパリだ」とお嘆きの女子諸君には、一度腕組みを試していただきたい。
妙に駐車場が増えたな。 そうか、クラブが減ったのもそのせいか。関長子は合点がいった。
小規模なクラブが次々と店をたたみ、その跡地はコインパーキングとなっているのだ。バブルの頃に投機目的で手にした土地。これを遊ばせているのはもったいないと、クラブやバーの類に貸し出す投資家も少なくなかったのだろう。
おかげでこのミナミにもいくつかのクラブが店を構えてそれなりの活況を呈していた。が、バブルが崩壊して地価が下落すると、値打ちを失った投機用の土地は、わずかでも利益を生み出すコインパーキングに変貌した。
ポツポツと停められている車両を関長子は眺めていた。そして、若者たちの熱情と甘い目論見が交差する、あの賑やかで刹那的な空間を懐かしく思い出していた。
ところで、80年代末期から大阪にも随分と増えた、若者が集って飲酒や踊りに興じる社交場・クラブ。ここミナミは心斎橋にもいくつかのクラブが店を構えていた。80年代末から90年代の大阪クラブ史を紐解けば、そのエポックは肥後橋に突如あらわれたクラブpであろう。
辣腕女性プロデューサーによるこの大箱のダンススポットは、大阪の繁華街から離れた場所にもかかわらず、連日多くの若者たちが訪れていた。
当時クラブに出入りする若い衆を、クラバーと呼んだものだが、今にして思えば何か外国人の姓のようにも聞こえる。それはさておき、当時のクラブは、最新の音楽・映像・舞踊といった若者文化が融合する前衛的な空間として、所謂ディスコとは一線を画するものであると音楽誌やサブカルチャー誌では紹介されていた。
ある種ストイックな雰囲気を醸していたブーム黎明期のクラブ。が、大箱ディスコと変わらない、男女の出会い空間と堕していくのには、そう時間はかからなかった。そのメッカが肥後橋pから梅田qに『遷都』された頃には、実態はあのディスコmと変わらないものとなっていたのである。
そんなブーム後期、晩期の90年代クラブにおいて、Dj志願の若者や音楽に一過言ありの学生の類が、サブカルチャーとは無縁と見受けられる遊び人やサラリーマンに、美女をかすみ取られてほぞを噛むという姿を筆者は何度も目撃した。
彼らが、鳶と油揚げに向けて横目で送る蔑んだ一瞥には、見苦しい羨望が滲んでいたものだ。
そんなすっかり様変わりしたクラブの中でも黎明期の雰囲気を崩さないクラブがミナミにある。無機的なハウスミュージックに換えてラテンサウンドを現代風にアレンジした『ラウンジ』を押し出すことで、より洗練された印象のあるクラブgc。
そのクラブgcの中央部には方形のカウンターテーブルがあり、その中では複数の美男ウェイターが前後左右からのオーダーに答えている。
もみ上げを綺麗に伸ばした眉目が濃いバーテン。シェイクしたカクテルはマティーニ。オリーブをそっと添え静かにカウンターに置く。いつもの上目づかいで客に伝言。
それにチラッと横目で答える尊大さと優美さ。女は最近街で見かけるようになった携帯電話を繰っている。
「あ、もしもし、こんばんは。今いい?」
「うん。アメ村におんねん。そう、『若者の街』(笑)」
「え、別に誰とでもええやん。あー一人、一人。」
「で、金曜日の件。こっちはソコソコ集まってるけど。そっちは?」
「ほんまあ?頼むヨ。多勢に無勢、一人でも多い方がええんやから」
「男前おらんかったら女子は早々に撤退やでぇ(笑)!」
「それと、ゴーはそっちが出してな。今回の『首謀者』なんやし」
「そう、『首謀者』(笑)』
「まあ、ともかく金曜日までに男子をちゃんと揃えてや。なんせアイツもそれに目がないんやから」
「こっちは大丈夫。ちゃんとカワイイ子揃えてるし。ド級の美女も来てくれるしな」
「ド級はド級やん。見てのお楽しみ」
「じゃ、金曜日。六時半に現地で」
そう言うと、朱色のレザージャケットを着た小柄な美人は愛想のいい表情で、隣に座る男達の顔を覗き見た。
さっきから彼女に話しかけたそうな素振りをしていた彼らの貌には、一瞬狼狽の表情が広がった。が、このまたとない好機に、その表情はみるみる期待感の喜色に満ちていった。
操猛美はその正直すぎる変化に、目を丸くしておどけてみせた。瞳の奥に侮蔑の色を潜めながら。
(次回につづく)