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第二部第一幕【第四段】張本翼は勢い余って減量を誓う

〜 張本翼は勢い余って減量を誓う 〜


 玄田徳子は注文を取りにきた店員に炊き込みご飯定食をオーダーした。そういえば学生時代、クラスに変な音楽聴いている男子がいた。分けの分からんプログレだかいう暗い音楽。


 友達の少ないその年上の同級生に、なんとく話をあわせていると趣味が合うと誤解されてしまった。その後、数ヶ月にわたり、彼のオリジナル編集カセットテープ攻撃に悩まされたことがあった。あの人、どこに就職しはったんやろ。


 それはともかく、まったく!皆に分かる話してよ。そのポールなんとかいう人の音楽が原点に戻ったことが、そんなに嬉しいわけ?なんで?音楽なんて暇な時にラジオで聞いたらいいやん。カラオケ用に流行ってる歌を知ってたら十分やん。もう!


 玄田徳子は心の中で、不平をタラタラと垂れながらも、乾祐一が熱く語るマニアの話題に、興味深げな笑顔を繕っていた。


 まずい。姉上が怒っておられる。


 相づちを打つ玄田徳子をよく見ると、その目が据わってしまっている。関長子は、玄田徳子の薄暗い嫉妬心に気づき、話題を変えることにした。


 「ところで、最近会社で何か面白いことありました?」


 関長子が乾祐一の熱弁の隙を見て、強引に別の話題へと水を向けた。


 「あ?ああ、そういえば、、、こないだの柏部長が突然異動したらしいね」


 話題を急に変えられて狼狽した乾祐一であったが、昼間に小耳に挟んだ噂話を思い出した。同時に、自分の話ぶりがややマニアックであったかと悔いた。趣味人にありがちな、同類を見出した時の失敗。特に相手が魅力の関長子だったから、いつもの自分以上に熱くなってしまったのだが、これは痛い。


 趣味に時間を費やして、どちらかといえば生身の交際には疎かったのか。乾祐一には、ウブな所が残っている、関長子はそう見透かした。


 「あれは専ら左遷って噂やね」


 と、玄田徳子が即座に応じた。ポールなんとかの話を、この場からいち早く消し去りたいのだろう。


 「え!左遷てどういうこと!?」


 珍しく大人しくして、たぬきソバをすすっていた張本翼が、話に割って入ってきた。


 「あれ、ハリモトそんだけでええの?」


 と、関長子がソバだけを注文している張本翼をめざとく見咎めた。

 

 関長子にしては、珍しい軽口。が、それは玄田徳子の妬心が名残るこの場の雰囲気を、いち早く明るいものにしたいという思いの表れであった。  


 ダシにされた張本翼にとってはいい迷惑。が、何であれ自分が話題の中心でさえあれば、ご機嫌なのが張本翼、二十三歳、B型のおひつじ座である。張本翼は明るく、そして何故か少し自慢げに言った。


 「これ、ダイエットやねん!」


  そして今度は、声を潜めながらこう付け加えた。


 「さっき服着てたら、気づいたんやけどぉ、ヤバいねん」


 男子の前で、『増量ゆえのダイエット』というちょっとしたプライバシィーを明かすることに付帯した小芝居。ハリモト、アンタはオバちゃんか。


 「ふうん。で、いきなり食事制限してんの?」


 関長子が微笑しながら突っ込むと、玄田徳子は(対応が)早ぁ!と、囃し立てた。


 女子三人によるこの飄げたやり取りを黙って聞くべきか、軽口を挟んで仲間入りをするべきなのか。乾祐一は、瞬時、判断に窮した。楽しい雰囲気に乗っかり、さらに関長子とお近づきになりたいのだが。


 結局、時機を逸した乾祐一は、アハハとだけ笑い声を上げて、雰囲気に同調している意思のみ示した。安全策、安全策。


 「そりゃ、あんだけ飲んで食べてしてたら、太るわ。だいたいアンタは週に、、、」


 と、興に乗った玄田徳子が、張本翼を詰問しようとすると、店員が燗の酒を持ってきた。張本翼が舌を出しながらお銚子とお猪口を受け取った。


 「アレッ、酒は飲むんや」


 関長子はそう言って張本翼に一瞥をくれた。


 「長子姐さん!これは別。酒は太らへんねん!ウチはアテで太ったと思うねん」


 「なんでぇ!お酒は米から出来てんねんやで」


 玄田徳子が可笑しそうな表情で反論すると、


 「酒一合で、だいたいお茶碗一杯分のカロリー」


 と、乾祐一が補足した。妙に満足そうな顔の乾祐一。


 「ちょっと待ってヨ!じゃ、今夜限りで断酒する!3キロ痩せるまで、お酒を断ちます!」


 追い詰められた張本翼は、ムキになってそう宣言した。たいした内容でなくても、勢いはその場を盛り上がる。張本翼の真骨頂であろう。そしてその勢いのまま、張本翼はダイエットの話題を糊塗すべく噂話を蒸し返した。


 「で、イヌゥイさん!柏部長の異動ってどんなハナシなんですかぁ!」


 柏進一営業部長の突然の異動。それは、秘書室長の十条寺譲が社長に讒言したものらしい。そもそも、柏部長が社内の体制刷新を画策していたところ、十条寺室長が先手を打って左遷に追い込んだということのようだ。

 

 営業部と秘書室の主導権争いは今に始まったことではなかったが、昨今の不景気の中で業績の不振をなすり付け合っているのか、その争いはいよいよ激しいものになってきているようだ。


 「 で、柏部長の後任には誰が?」


  関長子が乾祐一に鋭い視線を送りながら訊くと、乾祐一はダシにふやけた天ぷらの衣をれんげですくって飲み込んでから言った。


 「九州支社から来た人がやるらしいよ。新しいプロジェクトの総括も兼ねるとか」 


 「え、九州て、この間、、」


 ガチャン!という音が響き、お銚子が床で砕け散り、こぼれた酒が、だ円形に広がった。破裂音に静まった店内には、張本翼が詫びる大きな声が響いている。


(次回につづく)

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