第二部第一幕【第二段】関長子は週末の宴席を訝しむも、あえて参陣を承諾す
〜関長子は週末の宴席を訝しむも、あえて参陣を承諾す〜
一礼して過ぎ去る凛々しい美人を未練がましく目で追う公文課長。この世の終わりかというような落ち込みようだ。フラれた腹いせに、アタシに声をかけてくるかも知れない、これは厄介だ。
きっと公文課長の中では、必ず金曜日に飲み会をセットしてやる。身近にいる暇そうな奴には、誰でもいいから声をかけてやれ。そんなふうに考えているに違いない。
そう推測すると、玄田徳子は、にわかに書類を重ねて、バンバンと机で整えるフリをし始めた。声をかけるなオーラが全身から発している。外から戻った営業部の某は、フロアの一隅に、青い光がこもっているのを確認した。
「アノクタラ・サンミャク・サンボダイ、アノクタラ・サンミャク、、、(*)」
*註 昭和の怪作『愛の戦士レインボーマン』に出てくる呪文
「玄田ちゃん、電話。。。玄田さん、電話!」
声かけるなオーラが昂じて、妙な呪文を唱えはじめた玄田徳子に、同僚の乾が告げた。あ、スイマセンと我に返った玄田徳子が受話器をとると、電話の主は義妹の張本翼だった。
御堂筋の西側、いわゆるアメリカ村と呼ばれる地域に数年前にオープンした複合ファッションビル。いわゆるセレクトショップが軒を連ねるこの大型店舗も、バブルの頃ほどの活気というものがない。
玄田徳子、関長子の二人は、就業後にミナミで服を見たいと言ってきた義妹、張本翼に付き合っている。
関長子はこの日もお気に入りのアルマーニで全身を固めている。彼女は今日もカッコいい。キレイやカワイイと言われるOLは少なからずいるが、カッコいいと言わせるOLは、我が道を行く関長子くらいのものだと、玄田徳子はつくづく感心している。しかし、今日は、その関長子に、少々格好の悪い相談をしなければならない。ちょっと気ぃ重いなぁ。
ここは、ハリモトの援軍が不可欠と、玄田徳子が張本翼に目を向けると、店員と楽しげに話しながら、カワイイ系のジャケットを次々と試している。アレ?ハリモトは路線転換?
「貪欲やねぇハリモト。アタシも前はそうやったわぁ」
「勤めて間がないうちは、自分の稼ぎというものが、うれしいのでしょう」
ハンガーにかかったままの服を体にあてがって鏡の前でちょっとポーズをとる張本翼。その姿を優しい目で眺めながら、関長子はこうつけ加えた。
「働く者の健康的な欲求ですよ」
玄田徳子は関長子らしい言いようだなと思う。仕事、労働、人生。決して多弁ではない関長子が、このテの話をしている時は実は機嫌がいい。ようし、このいい雰囲気の時にあのハナシしよ。
「あー長子ちゃん、ハリモト、金曜日なんやけど、人事の操さんから飲み会に誘われてんえんけど」
「え!コンパ!?」
張本翼は満面の笑顔である。一方の関長子は、柳のように細い眉を少し曇らせながら、玄田徳子に訊いた。
「一ヶ月前の『イエロースカーフの乱』、あの時は彼女には、一杯食わされたましたが、、、」
「もうお受けになられたのですか?姉上」
「ううん、まだやよ。二人に相談してからにしようと思って」
玄田徳子は、心にもないことを言いながら、二人の予想どおりの反応に対して、用意していた言葉を投げかけた。
「まあでも、付き合いもあるしぃ。人事部の人間の心象悪くしたないやん?」」
間違っても美人が集まるイコール魅力的な男子が集う可能性が高い宴会だから、とは言えない。それはあまりに直裁すぎる。だってアタシは義理とはいえ、このコらの姉上。他人頼りのみっともない本心を明かすことはできない。
やっぱり関は反対か。もう、ハリモト、無類の酒&コンパ好き!関が反対やで、早くいつもみたいに、大賛成って騒いでや〜もぉう!
玄田徳子が張本翼の我がままを期待していると、先に口を開いたのは関長子であった。そしてその返答は意外なものだった。
「そうですね、、、私も参戦には賛成です」
関長子は、玄田徳子がまたもやオイシイ展開を妄想していることは分かっていた。頭数を合わせの誘いなぞ不愉快この上ないが、あの操猛美というOLを観察したい。次は何を目論んでいるのか。彼女がリーダーを務める社運をかけるというプロジェクトに関しても知っておきたいと思う。
しかし何よりも自分は、どこに行こうとも、玄田徳子の側にいようと心に決めている。この頼りない年下の義姉を守りたいのだ。
(次回につづく)