第一部第三幕【イエロースカーフ討伐戦・第十三段】
〜 OL三国志演義 第一部【イエロースカーフの乱】 第三幕 【イエロースカーフ討伐戦・第十三段】
「雑魚はいらん!大将首だけ狙うんやぁ!」
と操猛美がラケットを軍配代わりに下知を下すと、夏木姉妹、仁美孝子がイエロースカーフ角田らを追って店外へと飛び出していった。
「ウチも追うでぇ!」
そう言うと、喧嘩っぱやい張本翼も嬉しそうな顔をして店の外へと駆け出していった。
その姿を見て、心配そうな顔をした玄田徳子は言った。
「大丈夫かなあ、、、」
操猛美がどうしたのか?といった表情で玄田徳子の顔を見た。
「なんか前にイエロースカーフを追っかけたことがあんねんけど、急に、突風が吹いてきて、、、」
玄田徳子は眉間にシワを寄せながら遠くを見つめて、角田らが二次会に向かう途中に消えたあの日の体験を語った。
「はあ?突風!?」
小首をかしげた操猛美の目元が笑っている。
「そう。で、風が止んだら、あのコらその場から消えててん。まるで妖術みたいに、、、」
声を潜めて神秘体験を語る玄田徳子は、まるでUFO特番の「連れ去られた農夫」の面持ちを湛えていた。
「え、それ、ビル風ちゃうの!?」
操猛美は笑いながら言った。
「え、ビル風!?」
「そう、ビルとビルの間に吹く風。思いの外きつい風が吹くこともあるやん。」
見る見る玄田徳子の顔が、「え〜」という情け無い表情に変わって言った。横でこの会話を聞いていた関長子も恥ずかしそうに咳払いをしている。
「心配せんでも、このあたりはビル風が吹くほど、高層ビルは沢山ないから。アハハ!」
操猛美は玄田徳子の背中をバンバン叩いた。
「本町で残業してるOLやったら、いつ、どこでビル風が吹くか、皆知ってるで。それを応用しただけのハナシちゃうの。」
「悪かったわね!いつも定時退社で!!」
と心の中で怒鳴りはながらも、玄田徳子の顔は、成る程!と関心しきりの表情を作っていた。喧嘩の出来ないOL、それが玄田徳子である。
「さあ、二次会はお開き!」
操猛美が手を叩きながら、中条ら男子に声をかけた。
「操さん、これは、、一体、、、」
危うく転職に追いやられそうになっていた中条ら男子諸君は、事の真相を知りたそうにしている。
「アタシもよう分からんわ。まあ、ともかく転職せんで済んでよかったやん。」
「さあ、夜も遅いで。ママが心配してるから、ボクちゃんらはおウチに帰り。」
そう言うと操猛美は中条の背中を両手でエイ、エイと押してみせた。そして、泥酔していびきをかいている公文孫一課長を指差し、
「あ、中条クン、そのおっちゃんも連れて帰ってや!」
と、言うことも忘れなかった。
さっきまで苦しそうな顔をして眠っていた公文課長は、今度は嬉しそうな顔をしていびきを立てている。
「ムニャムニャ、もう食べれないよお。。。」
操猛美と玄田徳子は顔を見合わせて笑った。中条と「ふくよか」クンが公文課長の肩を抱くと、男子たちはぞろぞろと引き上げていった。
「じゃ、あたし達も帰ります。」
「元」イエロースカーフの青田が、操猛美に向かって言った。
「OK、今夜はお疲れさん!洲本さんと兵頭さんを起こしてあげて。」
と操猛美は、孫田軍団のイッキ飲みリンチで潰れて寝込んでいる二人のOLを指差した。青田とこの二人こそが過日トイレで操猛美と密談をしていた三人だったのだ。
「こちらに寝返っていたんですね、彼女ら。携帯電話に連絡を入れてくれたのも、彼女達ということですか。」
青田らを見送っている操猛美に向かって、関長子が話しかけた。
「うん、まあね。」
「なあ、どうやって彼女らを口説いたん?」
玄田徳子が興味ありげに操猛美に訊いてきた。
「簡単簡単。派遣やめたらウチで雇うって約束してん。」
「え!そんなこと、操さん、勝手に決めれんの!?」
「決めれるよ。アタシの権限で。」
驚きの表情の玄田徳子と関長子に向かって、操猛美は平然とした顔を向けた。
「うそお!そんなん普通、人事のエライ人の了解はいるンとちゃうの!?」
なおも玄田徳子は食い下がった。すると操猛美は、
「えー?バイト雇うのくらい、アタシが決めれるって。プロジェクトのリーダーやし。」
と言い放った。
「ガーン!正社員じゃなくて、バイトで雇うの!?」
「彼女らはそういう理解をしてるンですか?」
玄田徳子と関長子は、口々に憤慨した調子で操猛美を問いただした。
「さあ。でも雇うことには変わりないやん。」
フフッと笑う操猛美の横顔を唖然とした顔で玄田徳子と関長子は見つめた。それではまるでだまし討ちではないか。
「まあ、そのうち、正社員の処遇にすれば文句もないんちゃう? 」
操猛美はそう嘯いて鼻歌を歌いながら後片付けを始めた。嫌悪感か、恐怖感か。玄田徳子と関長子は操猛美という快活で無慈悲なOLに、何とも名状しがたい感情を抱いた。
男子らが引き上げて、小一時間ほど。バーの扉が開くと夏木姉妹に両脇を固められて、まるで「NASAが捕縛した宇宙人のスナップ」状態でイエロースカーフ・角田が現れた。
「ふん、かっぱ横丁前の交差点で、占い師に化けてたわ。」
そう言うと、張本翼は角田を押して、操猛美、玄田徳子ら前に突き出した。
「まかれてしまったけど、、、」
「なんとか見つかったワ。」
と、髪を軽く掻きながら、夏木姉妹が口々に言うと、イタズラっぽい目をしながら、張本翼が割って入った。
「ていうか、ウチが偶然見つけンんで。手相見てもらうとしたら。」
「ちょっとハリモト。あんた何やってんのぉ。探しに行ったンやろ〜」
関長子に叱られてエヘへと舌を出す張本翼。今後の出会い運を見てもらいたかってん。
操猛美は椅子を引っ張ってくると脚を組んで座り、正面で腕組みして明後日の方を向いている角田の尋問を始めた。
「今回の件は、一体何?わが社の男子社員を引き抜こうとでもしたの?」
「。。。」
「テニス倶楽部の申込書が、実は雇用契約書やったんやもなあ。」
「。。。」
「なんか言いや!」
張本翼がきつい調子で割って入った。すると角田は顔をあっちを向けたまま、横目でジロリと張本翼を睨みつけると、ようやく口を開いた。
「。。。見てのとおりってこと。」
「そう、ウチの男子社員の引き抜き。じゃ、上には報告させてもらって、アンタとこの会社、ウチから派遣引いてもらうで。」
操猛美は氷のような視線を角田に送りながら、早口でそう告げたが、角田はまた黙り込んでいる。
「でも引き抜くって、、、」
仁美孝子が首を傾げながら言った。
「ウチの会社が辞めさせんかったら、そんな契約なんか成立せいへんのとちゃうの。」
「辞表なんかも用意してたみたいやけど。あれ勝手に送るつもりやったん?」
夏木姉妹が角田に詰問した。すると、あさっての方に戻っていた角田の顔が正面を向き、まじまじと操猛美の顔を眺めてこう切り出した。
「、、、もし、会社が認めたら?いや、『あの辞表は間違いです』って中条クンらが言っても、会社が取り合わなかったら?」
「え!?」
「辞表はあるし、他社との契約も書類は整っているでしょ。彼らは自発的に転職したことになるのよ。」
角田はせせら笑うような目で、全員の顔を見渡しながらそう言った。
「!?え、どういうこと??」
「・・・!?え、ウチの会社のグルだったの!?」
玄田徳子と張本翼が声を上げた。夏木姉妹も驚いて顔を見合わせている。
「、、、ある種のリストラだった、ということですか。」
関長子が唸った。
「フフッ、まあ『上』に、報告でも何でも勝手にしといて。」
そう嘯くと、角田はテーブルにもたれて話を続けた。
「今は弱肉強食。この不景気の中、生き残るために企業も必死でしょ。切れるところは切らないと。ね、社員大事にして、会社潰れたら元も子もないんちゃう?」
「社員の方も共倒れなんて望んでないと思うで。それも、どっかの課長みたいでデキの悪い上司と共倒れなんて、もー最悪!アハハッ。」
「何よそれ、公文課長のこと悪くいわんといて!」
玄田徳子は反発すると同時に、デキの悪い上司を断定した。ほっとけ!という公文課長の声が聞こえてきそうだ。
「そんなん!ウチ、仲間に冷たい会社でなんかで、働いたくないワ!」
OL二年生の張本翼が、角田が語る「一つの現実」に対して感情的になった。角田はうつむいて苦笑してみせてながら、さらに話を続けた。
「。。。あのね、私の父親はね、ある公共機関で働いててね。」
「そこの赤字がたまって、それが社会問題化して民営化することになったんやけど、その時に、父親は首を切られたの。なんせ、組合の闘士やったからね。。。おかげで私ら家族は、結構苦労させられたわ。母親は無類の競艇好きやったし。」
「で、私は幼心に思ったわけ。会社に頼らず生きて行きたい、自分の実力で世の中を渡っていきたいって。」
そう言うと、角田はコーチのバックを肩にかけ直した。堅実なイメージのコーチにしては、案外と派手なデザインのものだ。
「まあ、いずれ近いうちに日本中のOLが、私たちみたいな派遣社員になるわ。キャリア志向の女性ももっと増えてくるはず。グローバル化の中で、企業が生き残る為には、組織を身軽にする必要もあるからね。21世紀には、正社員のOLなんて、いなくなるかもね。」
話が終わると角田は張本翼に向かって優しい目で語りかけた。まるで姉が妹に諭すうように。
「会社なんて、いつまでたっても、こっちの片思いよ。」
じゃ、そういうことで、と言うとイエロースカーフ角田は飄然としてバーを去っていった。彼女が開いた店の扉からは、ぴゅうと風が吹き込み、扉の側にいた夏木姉妹と仁美孝子の前髪をかきあげた。これもビル風の類だろう。バーにはしばし沈黙が流れた。
「調べたんやけどね、過去の社員の記録。」
バーを後にして、駅まで向かう途中に操猛美が玄田徳子に向かって話しはじめた。
「あの太平スタッフ*1の社長って、元々ウチの社員やったんやて。」
*1 イエロースカーフを擁する人材派遣会社
「そう言えば、あのイエロースカーフのコら妙にウチの会社の事に詳しかったワ。」
「まあ、本人らが公文ちゃんとか口の軽い管理職から、話を聞きだしたのもあるんやろうけど、、、社長に仕込まれてる部分もあるかもね。」
「じゃあ、今回の件は、むしろウチの会社から、太平スタッフに?」
玄田徳子は両手で肩を抱きながら体を丸めて、小走りで先を行く操猛美についていく。春でも深夜はまだ冷える。アルコールも抜けてきたのだろう。
「わからへんわ、そのあたりは。角田を問い詰めても口割らへんやろし、そもそもあのコも裏の裏までは知らんやろし。」
「太平スタッフの社長は、ウチの幹部連中と同期やったことは事実。年齢からすると、その想像は可能性ありやね。」
そう言うと操猛美は足を止めた。交差点。赤信号が点滅。深夜だから通行側の黄信号も点滅のしていて、聞こえよがしの大音量で、ヒップホップを流しているヤンキーのクルーザーが、ゆっくりと横切っていく。
「え、、あ、、操さんは何で今回の件を知ってたの?」
ふと、思ったこと疑問を玄田徳子は操猛美に尋ねてみた。
「え〜アタシもそんなん知らんかったよ。今した話は知っていることと起きたことを総合して推測しただけの話。」
「『プロジェクト』の邪魔になるから妨害しろって、上の人から言われただけやし。な、もう遅いし、終電ギリギリやし、タクシー乗ってかえらへん?へへ、チケットもあるから。」
そう言うと、操猛美はスタスタと交差点をわたりはじめた。
その態度が、これ以上質問をするなと言われたように思え、タクシーチケットにもあやかりたい玄田徳子は、口を閉じることにした。どうせ自分には関係のない話やろうし、『プロジェクト』なんて関心ないし。
玄田徳子や操猛美らがJR大阪駅の中央出口に着いた頃には、時計の針は既に午前1時を回っていた。
案の定、茶屋町から徒歩の帰途は長くかかった。タクシー乗り場で並んだ玄田徳子は、悪来典子がいぶかしげな表情で行列の向こうを見つめていることに気が付いた。
「どうしたん?」
玄田徳子が悪来典子に問うと、
「あの人ら。」
と悪来典子が太い指で、行列の向こうを指した。
見れば、向こうからこちらに向かって、いわゆる百貫デブのOLと、長身痩躯の男が歩いてくる。なんと二人の背中には、それぞれに若いサラリーマン風の男性を背負っているではないか。
背負われて二人の男子は、したたか酔っているようだ。それにしても、背負われているその姿は、介抱されているというよりは、まるで略取されたかのようで、なんとも怪しい雰囲気を醸している。
無言の長身は端整な顔立ちで、人気タレントを真似た巷で流行の長髪、いわゆるロンゲを靡かしている。が、そんなイケメンの小さな失態を玄田徳子は見逃さなかった。
「うわぁ、あの男前、チャック開いてるし、、、」
「うそぉ」と笑いが起こり、一同キャッ、キャッと盛り上がったが、操猛美だけは笑っていなかった。
「え、、あれは、、、弁一さんと献二さんじゃない!?」
夏木惇子が笑いをとめて、声をひそめて言った。
「え、誰それ!?誰のカレシ?」
と、張本翼。彼女の関心事は常に恋にまつろうこと。そして食べること。
「ちゃうて。社長の御曹司、なんか社内報で見たことあるねん!」
「え、兄弟なん?」
といぶかしそうに玄田徳子が訊いた。
「そう、今、兄弟で九州の支社におるとか書いてあったけど、、、」
「ぼっちゃん〜男はもっぉと〜しっかりせなあかんちゃあ!」
百貫OLが、おんぶで背負っている若い男に向かって説教を始めた。
「そーんなこっちゃあ!わが社の天子さまになれんちゃよぉ!ダハハ!!」
その百貫OLは、周囲をはばかることなく大声を出して笑っている。長身のイケメンは相変わらず社会の窓を大開放しながら口は開かない。
「さあ、もう一軒いくたい!」
タクシーを待つ玄田徳子や操猛美とすれ違った時、百貫OLは大きな声を上げた。
「現れたか、、、西の狼、、、」
タクシーのクラクション、人々のざわめき、貨物列車の音。操猛美のつぶやきは、未だ眠らない大阪の夜に吸い込まれていった。
OL三国志演義 第一部【イエロースカーフの乱】 完