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第一部第三幕【イエロースカーフ討伐戦・第十二段】

 酩酊してテーブル席のソファに三人のOLが横たわっている。また、壁にもたれて、しゃがみ込んで寝入っている男もいる。額にネクタイが巻かれたその男は、公文孫一課長か。床に転がる複数のグラスと空になった焼酎のビン、、、


 嵐のように現れ、嵐のように去っていった孫田文とその仲間達が、残した惨禍である。彼女らの「記念撮影」と称した焼酎の一気飲みの強要は、イエロースカーフと呼ばれる派遣OL三人を潰すことに成功した。職場ではお調子者課長として広く知られる公文孫一を巻き添えに、さらには自分達も泥酔するという相当の被害を出しながらも大きな戦果を挙げたのだ。が、その孫田文は兵を引いた。岸和田の虎も終電には勝てなかったのだ。


 このショットバーに残されたものは、角田らイエロースカーフの四人。それに対して、操、玄田連合は総勢八名。数の上ではこちらが完全に優勢に立っている。


 操猛美が次にどのような差配をするのか、関長子は注目した。イエロースカーフと男子らの楽しい二次会を台無しにすることにはほぼ成功したと言えるが、操猛美の狙いは果たしてそれだけなのであろうか。


 どうやら日ごろは饒舌なようだが、この一件に関しては必要最小限のことしか語らない操猛美。関長子は操猛美の目論見を未だ計りかねていた。 


 「あー公文ちゃん、完全に潰れてるやん!」


 そう言いながら、カウンターの中にいた操猛美がついに動き出した。その両手には数本のスミルノフが指を駆使して握られている。関長子はハーパーの12年モノとグラスを手に、操の後を追った。


 「なーもう孫田ちゃんら無茶苦茶ちゃったなあ〜あんなんしたら誰でも潰れるわ。」


 と言いながら、苦しそうな表情で寝入っている公文課長の頭を指でツンツンと押した。公文課長は「うーん、、、ムニャムニャ」と苦しげな声を出したが、そのだらしない姿からは、管理職の威厳は微塵もなかった。


 「まだ、皆、時間あるんやろ?もう一杯だけ飲もうよ。」


というと、操猛美は微笑みながら、スミルノフをテーブルに着席している面々に次々と配った。すると、


「あ、そろそろ私達は、、、」


 と、イエロースカーフの梁田が、男子達に視線を送りながら退却を匂わせた。


 これに対して即座に切り返したのは関長子だった。敵を逃がしてなるものか、ここが勝負どころと意を決したのだろう。


 「ねッ!もうちょっと飲もォ!水割り作るね☆」


 と言葉を挟むと、満面の笑みを男子らに向けて送った。これには男子達から、どよめきの声が上がった。宴席ではいつも淡々と日本酒をあおっている、近寄り難い超弩級の美女、関・スレンダー・長子の超営業スマイルに、難攻不落の堅城も今宵ばかりはご開城なのかと男子達が色めいた。


 「じゃ、僕ぅ、ロックで!」


 「僕は、瓶ごといただいちゃいます!」


 とわめく者、戯れる者もあり、孫田文の残したバイオレンスな雰囲気は一転して、下心がソワソワするワクワク二次会モードとなった。


 関長子のスマイル一太刀に、自分の股間に真っ正直な男子どもがナデ斬りにされた、そんなシーンであったが、男子たちが残るというのであれば、二次会そのものを先導したイエロースカーフらも帰りづらくなる。操猛美と関長子は見事にイエロースカーフらの撤兵を阻んだのだった。


 それでも梁田と宝田は、露骨に腕時計を眺めて不満の意をにじませていたが、大将格の角田はじっと操猛美を見据えながらスミルノフの栓を抜いてみせた。角田もここは簡単には引けないと考えたのだろう。


 「なあ、仁ちゃん、仁ちゃん!仁美ィ!!」


 と、操猛美は、今度は後ろの腕相撲組に向かって声をかけた。すると、


 「あ、あ、ちょっと待って!」


と、苦しそうな声が返ってきたが、それと同時に操猛美がケタケタと笑い出した。


 「アハハハ!あ、あんた等何してんのぉ〜?」


 何事かと関長子も腕相撲組に目をやると、彼女らは、今度は清掃用のモップを利用してリンボーダンスに興じているではないか。仁ちゃんと呼ばれたOLが成功させた次は、張本翼らの「ハイッ!、ハイッ!」という掛け声と手拍子に合わせて玄田徳子が上体を反らしてチャレンジしようとしている。


 「もう、玄田ちゃんも何してんの!一緒に飲もう。悪来もこっちきて!」


 「えーもうちょいやったのにぃ〜」


 と不平を述べながら玄田徳子が姿勢を元に戻すと、リンボーダンス大会は終わりを告げた。


 正面で失笑しているイエロースカーフらに苦々しい思いがするものの、関長子は、何故、腕相撲対決がリンボーダンス大会に代わったのか、知りたいとも少し思った。


 玄田徳子に張本翼、夏木姉妹と悪来典子、そして仁美とよばれたOL総勢6名が操・関がイエロースーフと対峙するテーブルにやってきた。が、これでは一つのテーブルに座れないと、男子のうちの誰かの提案でテーブルが二つほど増やされ、玄田・操連合軍とイエロースカーフの決戦は次のような布陣となった。総力戦である。


     宝田  某 梁田 某 角田 某 某  

      ▽  ・  ▽ ・  ▽ ・  ▽  ・   

 玄田▲ 

      ▲  ▲ ▲  ▲  ▲  ▲ ▲ ・  ・

     張本 悪来 夏木 夏木 仁美 関 操 中条 某


 「あ、関さん、紹介するわ。彼女は仁見孝子ひとみ たかこちゃん。仁ちゃんて呼んでるんやけどなあ。」


 「どうも、こんばんはぁ。」


 いわゆる神戸系の着こなしのお嬢様風OLの仁美孝子に、関長子に軽く会釈した。


 「私の幼馴染で、たまに飲みにいくねん。」


 と、関長子と初対面の仁見孝子を紹介すると、ちょと意地悪そうな笑顔を作りながら正面に座る男子を指差した。


 「あ、彼、そこのリキシマンみたいな、彼!」


 良く言えばふくよかな彼が、え、僕ですか?と言った表情で操猛美を見た。


 「そう、キミ。仁美ちゃん、タイプやろ〜ごっついの!」


 「あ、(夏木)妙ちゃん、彼と席を代わったてえ。交代!交代!」


 と操猛美は言うと、仁美ちゃんは出会いが少ないんや、などと無礼な発言も織り交ぜながら夏木とふくよかクンを急き立てた。計らずして、姫タイプの美人、仁美孝子とのツーショットに浴することになった肥満漢はデヘへと下品に照れながら席の移動を始めた。


 肥満漢の腹がテーブルにつっかえるのを眺めながら、関長子は今夜の宴席でごく短い春を味わっている彼を哀れにかんじた。仁美孝子はデブ専ではなかろう。タイプ云々は操猛美の作り話に過ぎない。それは席替え後の布陣を見れば一目瞭然だ。


     宝田  某 梁田 夏木 角田 某 某  

      ▽  ・  ▽  ▲  ▽ ・  ▽  ・   

 玄田▲ 

      ▲  ▲  ▲ ・  ▲ ▲ ▲ ・  ・

     張本 悪来 夏木 某 仁美 関 操 中条 某


 この席替えが角田らイエロースカーフの連携を分断するためのものであることは明瞭でる。例え敵に倍する兵力を有していても、こちらは連合軍であり、一方で相手の連携は常套。連合軍の戦力は量と個人の武技において敵を圧していても、集団戦に最も肝要な連携が無きに等しいのだ。この時点での戦力を同等と見なした操猛美が敵を分断する一手を早々と打ったわけである。


 この結果、角田ともう一人のイエロースカーフを操、関、仁美、夏木で取り囲み、梁田と宝田を夏木(惇)、悪来、張本、玄田で包囲するという布陣となった。夏木姉妹はさっそくお得意の「双子トーク」をはじめて操、関方面との会話を遮断。仁美孝子も「タイプ」のふくよかクンに話しかけている。これで操と関が角田と雌雄を決する構図が出来上がったのだ。


 席替えを断行した操猛美は、次に中条に向かって話かけた。


 「あ、今日はそもそも一体何の集まりなん?ウチらは一次会は立飲み屋におったんやけどぉ。」


 「あ、あの、テニスサークル作るんですよ。その為の会合。」


 操猛美の勢いに押された中条が答えた。


 「へえーテニス!テニスするんや、中条クン。」


 「で、テニスサークルってこのメンバーでやんの?」


 操猛美は、中条や角田らを指差した。操の問いを無視する角田から、この件については多くを語るなという空気を読んだ中条は、無言で軽くうなづいた。


 「ふーん、アタシも入れてもらおうかなあ。」


 という操猛美の追い討ちに、角田、中条共に返事をせずに話を聞くでもない、聞かぬでもない態度でとぼけた表情を装っていた。他の男子達も同様で、美貌の操猛美の申し出であっても、イエロースカーフ角田らへの配慮を優先しているようだ。


 男子の中には強いディレンマに苛まれているような者もいる。嗚呼、角田さんともダブルス組みたいが、操さんともお近づきになりたい!操さんがコートを駆ける姿も見たい!そんな所だろう。


 「なあ、申込書とかあるの?そのサークル?」


 食い下がる操猛美をそれでも無視した男子達。関長子がここは助太刀を入れねばならないかと思った時、意外な人物がその質問に答えた。


 「サークルの申込じゃないですけど、会員制のクラブのものならあります。」


 角田の隣に座っていた一人のイエロースカーフはそう言うと操猛美に二連複写になっている書類をさっと手渡した。すると角田の表情がみるみる変わっていった。


 「あ、青田さん、どうも。何それ?会員制のクラブ?」


 青田?角田の横に座っているイエロースカーフの名前か。え、操は「青田」を既に知っている?関長子はハタと気が付いた。


 以前トイレで操猛美と密談を行ったいたイエロースカーフ達を見たが、この青田と呼ばれたOLこそがそのうちに一人であった。分かった、この二次会の場所を操猛美に携帯電話で伝えてきたのは、この青田だったのだ。そう、青田は操に寝返っていたのだ。


 「ええ、テニスグランドを定期的に借り上げる為に、押印した申請書の提出がいるとかで。」


 関長子が角田の顔を確認すると明らかに動揺の色が走っている。気を落ち着かせる為か、首を左右に振りながら皿に盛られたナッツの類を無心に頬張ってではないか。まるで冬支度をするシマリスのように。


 「へえ、申請ねえ。中条くんらは、書いたの?この申請書?」


 「一応ぉ、全員が倶楽部の会員になったら、コートが押さえやすいシステムなんで。」


 詰問口調になった人事部のプロジェクトリーダー操猛美に、男子の一人がオドオドしながら答えた。システムという表現の中に申請を書いたの必要性、必然性を訴えたつもりなのだろうが、説得力は乏しかった。


 操猛美はフンと鼻をならして、『宝塚テニス倶楽部 入会申請書』と表題の着いた二連複写の用紙の二枚目をめくりあげた。するとそこには、『(株)太平スタッフ 雇用契約書』という表題が書かれているではないか。


 「えー、『(株)太平スタッフ 雇用契約書』?アハハ。」


 操猛美のその発言と同時に、青田は角田のバックから覗いていたB4版の茶封筒を奪い取ると、操猛美に投げ渡した。その中に入っていた書類の束を取り出しながら、操猛美は、冷然としたまなざしで角田を見つめながら言った。


 「この茶封筒の中身も見せてもらいますね。」


 操猛美が茶封筒の中身をテーブルに広げると、それは公文課長や中条らが押印した多数の『太平スタッフ 雇用契約書』と、辞表と書かれた封筒の束であった。


 「へえ〜中条くんらウチの会社辞めて、派遣になるの。」 


 操猛美はそう言うと、書類をヒラヒラと中条、角田の前で振ってみせた。


 「ええ!!そんな、、、角田さん!!」


 中条は驚いて角田の方を向いたが、無言の角田は横目で梁田、宝田にアイコンタクトしきりにを送っている。梁田、宝田も緊急事態の発生を理解しているようだった。夏木姉妹のショートコントを聞いているフリをしながら、チラチラと角田の方に視線を送っている。


 テニスサークルの立ち上げと称して宴席を開き、酔った中条ら男子社員を強引に自分達の派遣会社へと転職させる裏工作を行っていたことが露見した以上、イエロースカーフ角田らは、とりあえずこの場から去ろう逃げ道を探っているようだ。が、しかし、既に退路には夏木妙子のくさびが打ち込まれており、おいそれと逃げ出すことは出来ない。


 「へくょ〜ん!!」


 沈黙を守っていた角田が大きなくしゃみをしたかと思うと、その口からは機関銃のようにナッツ類が吐き出され、その場を大混乱に至らしめた。角田がさっきから無心のシマリス状態にあったのは、この「口撃」の準備だったのだ。 


 この混乱の隙をついてと角田、梁田、宝田の三人はテーブルから飛び出した。そして、


 「オホホホホォ〜ごめんあっさぁせぇ〜!!*1」


 *1 「ごめんあそばせ」の意


 と叫びながら、昔とった杵柄だろうか、障害となるリンボーダンスの棒を角田らはゴム飛びの要領で次々と飛び越えて、店外へと遁走していったのだった。


(次回につづく)


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