第一部第三幕【イエロースカーフ討伐戦・第八段】
〜 OL三国志演義 第一部【イエロースカーフの乱】 第三幕 【イエロースカーフ討伐戦・第八段】
指でつくったピストルを下ろしながら、玄田徳子はすぐさま後悔した。後輩の中条君に「バッキュ〜ン☆」をやったのは、特段の意味はない。むしろ狼狽している中条の表情にあわせたリアクションであって、深い意味などないのだ。が、中条の方がこの「バッキュ〜ン☆」を「貴方のハートを釘付け☆」的な理解をしてしまったらどうしよう。
まあ、いい。今はそんなことをあれこれ悩んでいる場合ではない。中条がいい気になって図に乗った態度を示せば、一度冷淡に扱ってやればいい。最近の若い男子は、一回の拒絶ですぐに萎えてしまうのだから。
そう考え直すと玄田徳子は横にいる操猛美の様子をうかがった。立ち飲み屋で操猛美が「敵」と語った相手が、太平スタッフの派遣社員・イエロースカーフ達であることは明らかになったわけだが、今のところ、操猛美は、カウンターの内側から静かに店全体を睥睨している。今から何がこのバーで始まるのか。
何せ一報を受けるや競歩で東通りから茶屋町まで闊歩し、先回りしてこのバーに銅鑼を叩きながら乱入。店長と思しき年嵩の男のみぞおちに、時代劇に出てくる十手みたいなもので一撃お見舞いして気絶させた上で縛り上げ、そのほかの数名の女性従業員を買収して帰宅させ、店ごと占拠してしまった、尋常ならざる操猛美の行動力と手際のよさ。
玄田徳子は、驚きというよりは、ほとんど恐怖に近い感情を操猛美に持ってしまった。だいたい、十手を携帯しているOLって一体何者なんよ、、、もしかして、さっきの「バッキュ〜ン☆」は自分がもう、パニックになってしまっている証拠!?
そして、次々とバーに現れる操猛美が集めたわが社のOL達。東通りからの道すがら、携帯電話で繰り返し連絡をしているかと思えば、他に動員していたOL達をこの店に参集させたのだ。これらの動員、占拠に要した時間は概ね15分。この処理能力が仕事に活かされているのだろうから、操猛美はすさまじい生産性を誇るOLだと想像される。
黙りこくる玄田徳子に向かって、カウンターの中で、バーテンダーとなってオーダーされるカクテルの類を作っては出し、作っては出ししている関長子が、手が空いた隙に低い声で話かけてきた。
「ざっと見渡して、イエロースカーフは7人。今宵は、例のテニスサークルの関係の宴会のようですね。、、、それにしても、操が言っていた『敵』とは、彼女らのことだとは、、、」
「そう、意外やったね。ただ、一体、何のことで敵対してるンやろ?」
「さあ、分かりません。その敵対が私的なものなのか、職責上のものなのか、、」
ここで関長子はさらに声の調子を低めた。すぐそばにいる操猛美を意識してのことだろう。
「加えて、気になるのは、以前ワタシ達が目撃した操とイエロースカーフがトイレで談合していたこととの関連。」
「見えないワね、、、この場でアタシらは何と闘わされることになるンやろ?、、、」
そう言うと、玄田徳子は、もう一度店じゅうを見渡した。
ジェームスディーンと、わたせせいぞうのポスターが貼られた無節操な40平米ほどの細長い空間に、わが社の男女があわせて30名ほどいる。イエロースカーフ7人にそれについてきた男が10名強。見たことのある顔もちらほら。アタシら3人と、夏木姉妹や応援組の操軍団であわせて7人くらい。ありゃ、公文課長もいる、、、あ、こっちに手ぇ振ってるわあ、、、
自社のOLによってバーが占拠されている異常状態にも関わらず、公文孫一課長は、すっかり舞い上がってしまっている。どうもこの宴席は自分に用意されたハーレムだと勘違いしているようだ。グラスを片手に、しきりに上半身をくねらせているのは、歓喜の表現なのだろう。玄田徳子は上司が示した幼児性を、男性全般に対する不信感として、さらに一つ加えてしまった。
いずれにしても、自分達にこの場で何が求められているのか、操猛美から説明を受けなくてはならない。あ、いや、その前に!二次会こそイケてる男子との合コンだと期待していたのに、この場にいるのは、イエロースカーフらとコンパしていた自社の男どもではないか!これは話が違うと操猛美に一言いわねば。
「あ、操さん。たしか二次会は合コンって、、、」
さっき見た操猛美の凶行、店長捕縛のことだが、これへの恐怖感の癒えない玄田徳子は、隣にいる操猛美に対して、遠慮がちに問いただしてみた。
「合コンやん、今。合同のコンパ。」
操猛美にそうニベもなく言われ、玄田徳子は言葉を失った。たしかにそうだ、今は合同でコンパしているし、まがりなりにも男もいる。操猛美の仕切るコンパなら魅力的な男子が来ると踏んだのは、こちらの勝手な想像だから、悔しいがそれ以上は文句のつけようがない。
玄田徳子は急劇に全身が萎えていくのを感じた。さらに、妹分の張本翼が同期男子らとはしゃぐ様子を見ると玄田徳子の気分はいっそう沈んだ。ああ、あのコは酒さえあればご機嫌なんやから、、、、もうちょっと10時前やん、、、はよ、帰りたいわ。。。
玄田徳子は、目に見えてやる気を失っている。不平が顔からのぞいて隠すことができない。本人も反省しながらも、中々均整することの出来ない玄田徳子の幼稚な悪癖である。それならば、自分が代わりを務めねばならない。関長子は、メンタル面に課題のある主将に代わり、操猛美にもう一つの質問をぶつけた。
「操さん。この二次会にワタシたちが招かれた理由は?この合同の二次会でワタシ達は何をすればよいのですか。ご説明いただきたい。」
「ええねん、関さんらは何もせんでも。張本みたいにこの場を楽しんでくれるだけで十分役割を果たせんねんで。」
「特に関さんはキレイやから、、、若い男子の話相手でもしてやって。」
なるほど。テニスサークルだかなんだか知らないが、要するにイエロースカーフと男子らの合コンの二次会に我々が水をさすということか。しかし、ただそれだけのためにこのバーを占拠したのか。
分からない。それにしても操はワタシをいつも持ち上げるな、、、
関長子が操猛美から目を離して、カウンターの方を見ると、そこに並んで座っている者の中に、イエロースカーフの首魁、角田を見つけた。控えめながら高級感の漂う、濃い茶のジャケットはカーフレザーか。襟を立てた着こなしがなんともクールでアフター5向きだ。襟って本当に便利、、、などと思いながら、以前に角田が宴席で語っていた派遣や雇用形態に関する内部情報を思い出していた。そして、彼女らを「敵」と語った操猛美は今、新人事のプロジェクトに参加しているという、、、
バラバラの事柄が点と点を結ぶようにして結びつきつつあるが、判然としない。関長子は、自分達三姉妹がどのような事態に巻き込まれているのか、結論が出せなかった。今はひとまず操猛美の言うとおりするしかない。それならば、と関長子は店内の戦況を見つめた。盛り上がっていないテーブルに援軍に向かうためである。
「もしワタシらが10歳若かったら、『ふたりっ子』のオファー、ワタシらに来てたと思うわ」
惇子・妙子の夏木双子姉妹も、お得意の双子トークで、かけあい漫才よろしく中々善戦しているようだ。その他のテーブルでも、操猛美が召集したOL達が健闘している模様。操の人選に抜かりはないのだろう。集められたキレイどころに、これが仕組まれたものであることを知らない、愚かな男子どもの中には、早や鼻の下を伸ばしている者もいる。
店を占拠するという奇襲でもって相手の出鼻をくじいた操・玄田の連合軍が、この宴席のイニシアティブを握りつつある。関長子はそう判断した。ただ、横ですっかり意気阻喪し、ソフトドリンクをちびちびとやっている、玄田徳子だけは心配だが。。。
関長子があらためて操猛美の方を見ると、さっきまで、ほとんど黙っていた操猛美が、カウンターごしにイエロースカーフの首魁、角田に向かって話かけている。彼女らに面識はあるのか。
「二次会盛り上がりましょうね、一緒に。」
角田はこれに「ちょっと回りがうるさくて、聞きづらいです」的な表情をした上で、微笑んで会釈をして応えた。が、その笑顔の奥に、僅かながらも漏れ出す反発の色を関長子は見逃さなかった。自分達が選んだ二次会の店が、操猛美ら正社員のOLらに占拠されていた事態に危機感を抱いているようだ。
角田は隣に座っている男子に一声かけて席を立った。そしてジンフィズにワイルドターキー、マテーィ二にギネスビールと両手の盆に山ほどのグラス、ジョッキを持ち運んでいる大柄な女の方に向かった。ジャケットのボタンを腰のあたりで留めているせいか、角田の歩く姿には女性らしさが漂う。
「あの、巨漢の女性、、、」
関長子がひとりごちると、操猛美がその言葉を聞き流さずに応えてきた。彼女は、さっきから、のっしのっしと体を揺らし、黙々とウェイトレス係を務めている。
「あ、あのコ、悪来典子って言うねん。ウチの会社のコやないけど、ワタシの幼馴染なんよぉ。巨乳やねんでぇイヒヒ。」
操猛美はお得意の下卑た笑いを発しながら、イタズラっぽく微笑んでいる。
「お疲れ様です!」
角田はテーブルに酒を配ろうとする悪来に声をかけた。
同性への気配りも世慣れた角田の得意とするところなのだろう。異性に感心され、同性に憎まれない、この一粒で二度おいしい行為をないがしろにしているOLは案外と多い。好感とは小さいことの積み上げであることを熟練の派遣OL角田は知悉しているのだろうし、派遣ゆえの防御本能なのだろう。
「すごーい!もの凄い、力持ちですねぇ!」
角田がさらに言うと、そんなことはないと、恥ずかしいそうに、悪来がうつむき加減に首を振っている。そこに、この度は、テーブルに座っていたとイエロースカーフ三人衆の一人、梁田が割って入ってきた。
「あ、でも張本さんも力、強そうよ〜。だってさっき、ジョッキを両手でたくさん持ってはったもん!」
「そうそう、ドイツ人みたいやった!」
若い男子が横から囃す。きっとTVで観たビアホールで働くドイツ人の姿を指しているのだろうが、「ドイツ人みたい」という表現がバカ丸出しだ。
「や、絶対に悪来さんの方が力強いって!」
穏やかに見える角田が、めずらしく語気を強めて反論する。悪来はすこし当惑した表情になっている。
「張本さんも負けてないって!」
角田と梁田が珍しく言い合うと、もう一人のイエロースカーフ三人衆、宝田が仲裁に入った。
「ねえ!じゃ、悪来さんと張本さんに力比べしてもらおうよぉ!」
「あ、それいい!ねえ、悪来さん、腕相撲してみてくれません?」
梁田が、悪来の二の腕を握って笑いかけた。 悪来は困ったという顔をして、大きな手を顔の前で振っている。
「ねえ、張本さんもいいでしょう〜?」
角田は、後ろのテーブル席で、既にウェイトレス係を放り出して、ゲラゲラと大爆笑して同期達とすっかり盛り上がっていた張本翼に声をかけた。
「え、何、ウチ?」
と、振り返った張本翼は、その両方の鼻の穴と下唇には、つま楊枝を立て、公文課長のテニスラケットを笊がわりにして、やすき節もどきを踊っている最中だった。
お馴染みの力技で笑いを取りに行ってたのだが、同時に今から自分が何かの勝負事に挑むのだと直感し、そのどんぐり眼には、炎が点っていた。
(次回につづく)