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第一部第三幕【イエロースカーフ討伐戦・第七段】

 「敵、、、」


 玄田徳子は操猛美の言葉を反芻した。


 「敵って、、、何?誰のことなん?」


 操猛美は玄田徳子には振り向かず、正面を見据えたまま、少し微笑んで言った。


 「まあええやん、誰でも。この携帯電話が鳴れば、すぐに分かることやし。」


 そう言い放たれて、玄田徳子は返す言葉がなかった。操猛美にはとりつく島がない。どうせ、しばらくこの立ち飲み屋で飲んでいれば、いずれ連絡があり、二次会でイケてる男子との合コンに参加させてもらえるのだから、今夜の幹事、操猛美の心象を害さない方がいい。 

 

 それならばと腹を決めた玄田徳子は、ビールジョッキを空にした上で、元気よくオーダーを発した。


 「すいません!チューハイのライムください!!」


 ごめん、ライムないわ、という店主のそっけない言葉に、じゃ、、レモンで、、、とにわかにトーンダウンした玄田徳子の声を聞きながら、関長子はそれでも玄田徳子が今夜は本気モードであることを覚った。


 バブル期に学生だった玄田徳子のフェイバリット・ドリンクは、チューハイのライム。彼女がライムにいった時は、本気で飲み始めていることの証なのである。関長子は甘ったるい酒を好む玄田徳子の女子らしい愛らしさと、ここぞという合コンに気合を入れる熟練OLのしたたかさの両面を面白いと眺めながら、乾杯のビールは飲み干してしまい、さっそく日本酒に移行した。


 関長子は木の香りのする、奈良県は吉野の樽酒を楽しみながら、中々の銘酒に出会えるのも立ち飲み屋の魅力なのだと、思ったりした。客の回転の速い立ち飲み屋では、概して酒の状態がよい。売れ残って酒が酸化していることが少ないからだ。

 


関長子は、この立ち飲み屋を選んだ操猛美を酒に関しても侮れない知識を持ったOLではないかと警戒した。美貌、知性、快活さ、そして流行に媚びないながらも、外れてない抜群のファッションセンスにそれを支える経済力。その上、酒に関しても造詣が深いとなれば、操猛美恐るべしである。


 それはさておき、と関長子はもう空になってしまった冷酒のグラスをカウンターテーブルに置いた。やはり気になる。操が言う敵とは誰なのか。薄靄うすもやのかかった記憶の中から、操、人事、プロジェクト、敵、、、ユンピョウ!?等等のキーワードが浮かんでは消える。

 


果たして自分達は何故、敵のいる宴会に招かれたのか。この事態を玄田徳子は、張本翼はどのように受け止めているのだろうか。関長子はカウンター正面に並べられた数本の一升瓶の中から、次に愉しむ酒を吟味しつつ、張本翼の様子を伺った。


・・・

 夏木惇子「双子ってソンなこと多いんやでぇ」

 夏木妙子「そうそう、さびしくなくてええやんとか言われるけど」

 夏木惇子「好きなコとか結構かぶるし(笑)」

 夏木妙子「でも、いっつもトンちゃん(惇子)が持っていくやん〜」

 夏木惇子「そんなことないって〜!クラブとか行って声かけらるのはタミちゃん(妙子)やん!」  

 張本翼 「え、二人でいる時にナンパとかされるんですか?」

 夏木惇子「うん〜結構あるなあ☆」

 夏木妙子「『同じ顔してますねえ』とか、言うてくる人結構おんねん。」

 夏木惇子「だから『同じこと言うんですね』って言い返したんねん。」

 夏木妙子「相手の方は意味不明って顔してるけど(笑)。あ、でも男前には言わへんで、そんなこと。」   

 夏木惇子「このコ、男前やったら『どっちがタイプです?』とか聞きやんねん(二人同時に大爆笑)」

 張本翼 「へえ〜、、、(笑)」

・・・


 引きつった笑いながらも、張本翼が懸命に夏木姉妹の話に合わせている。人懐っこい反面、自己主張が強い張本翼がほんとんどしゃべらずに聞き役に徹しているのは、珍しいことだと関長子は思った。

 


 あるいは、マッチョな所のある張本、やはり先輩らを立てているということか。否、三姉妹で会っている時は10歳近く歳の離れた私に無遠慮ではないか。やはり張本の夏木姉妹へのへりくだった態度は、合コンへの期待感からなのだろうと、関長子は了解した。


 操猛美らが来店してから一時間ほどが経過した。玄田徳子は止まらない操のトークを熱心に聴くふりをして操の顔を正面から見据えながら、実は懸命に腕時計で時間を確認していた。顔をほとんど動かさずに目を伏せるだけで腕時計を見るのは苦労するのだが、操が酒を飲んだり、肴をつまんだりする隙に、玄田徳子は時間を確認していた。

 


そして、もう時計の針は午後九時を指そうとしている。未だ連絡ないのかな、、わずかにため息をついて、玄田徳子が肴のウィンナーに手をつけた時、操猛美の携帯電話が鳴った。


 「茶屋町に移動。」


 携帯電話での短いやりとりの後、操猛美は笑ってそう玄田徳子に告げた。その静かな笑顔には戦場に赴く前の決意のようなものが感じられた。玄田徳子は操猛美はカッコいいと素直に思ってしまった。


 「さあ、出よう、今日はお会計しとくわ☆」


 操猛美は夏木姉妹にも声をかけて茶屋町に移動する旨を告げた。操猛美に誘われたこの合コン、なんか随分な目に合わされているようにも思っていた玄田徳子であったが、オゴッてもらって気分が少なからず晴れていくことを感じた。正直な自分の感情はさておき、操猛美は憎いめないOLだとすっかり印象を変えながら、店を出ようとする義妹らの表情を確認した。


 すると、さっきから夏木姉妹の掛け合い漫才を忍の一字で我慢してきた張本翼は、いよいよ合コン!と表情に輝きを取り戻しているようだ。関長子は憮然とした顔をしている。好きな冷酒をかなり飲んだはずだが、、、そう言えば、関長子はオゴられるのを極端に嫌うタチであった。


 店を出て商店街を歩き西に向かって歩きはじめた操と玄田らの一行であったが、操猛美が今度はウヒヒと下卑た笑いを発している。操の笑顔は百面相である。この感情表現のストレートさが、操猛美の魅力の一つなのだろう。


 「なるほどね、、、茶屋町☆」


 「何が、なるほどなん?」


 玄田徳子は操猛美に質問した。操猛美はその質問には答えずに逆に、玄田徳子に質問した。


 「なあ、あんた飲みに行って、終電を逃したことある?」


 「あ、何回かはあるけど、、、」


 「そん時って、どんな店で飲んでた?」


 「どんなって、、、え?二次会とかやから、ショットバーとか。カラオケ、、」


 「訊き方悪かった。その店って駅に遠かった?近かった?」


 操猛美は少し苛立った様子で、玄田徳子の言葉を遮った。


 「あ、そう意味、、、うーん、、そういえば大概、駅近の店やったかなあ、、、」


 「やろ。駅近の店は、帰宅時間に安心感を与えんねん。で、結果、酒を過ごしてしまい、終電も乗り過ごすことになる。」


 「で、茶屋町ぃ?」


 歩行速度が恐ろしく早い操猛美に早足でついていく玄田徳子。関長子らも先を行く操猛美、玄田徳子は追走しているようだ。カツカツとせわしいヒールの音が後ろから響いてくるので分かる。


 「そう、『敵』は阪急、JR、地下鉄にも近い茶屋町を二次会の会場にしたんやわ、きっと。」


 操猛美はビィトンのバックを小学生のようにグルグルと振り回している。操はスイッチをONにしたな、玄田徳子はそう思いながら、懸命に操猛美の後をついていく。夜の商店街で繰り広げられるOLの競歩大会に、酔っ払い連中の好奇の目が集まった。


 「あのコら、今夜は男子を潰すつもりやな、、、」


 操猛美は、そう独りごちて、さらに歩く速度を加速した。


 「近道はこっち!」


 操猛美はそう言うと、突如、右に折れ、ゲイバーと思しき店舗が並ぶ細い路地に入った。操・玄田の連合軍は、サンキュー先生*ばりの競歩で、東通り商店街から堂山へと夜の繁華街を駆けていった。


  「やっぱねえ、変わらなきゃいけないと思うね!ウチの会社。」


  「勝ちにいく体制にしないと!」


  「もう、使えないヤツは切っちゃえばいいンだよ!」


  「実力主義で行かなくちゃ。上も下もないよ。」


 宴会の二次会か、何故かテニスラケットを持っている者もいる男女十数人の賑やかなご一行が店の入り口から見渡すと、店内はほぼ満員の客で埋まっていた。が、いくつかのテーブルとカウンターに分かれれば、全員座ることが出来そうだ。若い男が言った。


 「どうします?分かれて座ります?」


 話も盛り上がってきたところだ、今から別の店を探すのも大変だし、いずれ先客は帰るだろうから、その時にテーブルを合わせればいい。


 「じゃ、とりあえず座ろうよ。」


 幹事とおぼしきテニスラケット氏の言葉に促されて、ご一行の面々は入店した順でテーブル、カウンターに分かれた。


 筆者曰く。誰がどの座席につくか、つまり誰が誰の横に座るのかは、実は、一次会から二次会に向けての移動中に決していることが多い。その意味でコンパにおいて最も重要な時間帯は一次会から二次会への道中ということになるのだが、一次会でしたたか酔ってしまい、そのような計算を出来ない状態になっている愚か者も少なくない。


 「オーダー、何になさいします?」


 さっきの若い男のところに店員が、注文を取りに来た。メニューにざっと目を通した若い男は、じゃあ、、、と言って顔を上げて店員を見た。


 「!?張本、、、ハリモトぉ〜!!」


 若い男は驚きのあまり大声を出してしまった。注文をとりに来た店員は、なんと同期の張本翼ではないか。


 「いらっしゃいマセ☆中条くん。」


 若い男、中条は混乱した。何故、張本翼がこの店で、店員をやっているのか?もう一度張本の顔を観ると、愛嬌のあるどんぐりまなこをいつも以上に丸くして、静かに微笑んでいる。ウッ、カワイイけど、どうも不気味だ。


 あたりを見回すと店内には職場で見かけるOL達が何人もウロウロしているではないか。張本同様にオーダーをとっている女子も見受けられる。あれはたしか、双子の夏木さん?


 なんでウチの社の人間ばかりがこの店にいるんだ?テニスラケットを後生大事に抱きながら、斜め前に座っている公文課長もそのことに驚いて、言葉もないようだ。


 そして中条がカウンターに目をやると、そこには人事部で飛ぶ鳥を落とす勢いといわれる注目のOL、操猛美が蝶ネクタイにベストというバーテンダースタイルでビールサーバーに手をかけているではないか。さらに操猛美の横には張本翼の姉貴分、玄田徳子さんまでいる。


 唖然とした中条と目があった玄田徳子は、指でピストルを作って、中条に向かってバッキュ〜ンと、やって見せた。


 「楽しい二次会になりそうやね。」


 と、操猛美はカウンターに座った、黄色いスカーフをしたOLに向かって話しかけた。 


(次回につづく)


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