第一部第三幕【イエロースカーフ討伐戦・第六段】
〜 OL三国志演義 第一部【イエロースカーフの乱】 第三幕 【イエロースカーフ討伐戦・第六段】
「操さんのセッティングやったら、あれちゃう、、、結構ええ男子が来るん違う?」
「彼女は顔が広そうやし、、、」
「なあ〜どんな男子来るか聞かんかったん?」
「そんなん、根掘り葉掘り聞いたらヤラシイやろ〜☆」
「お店、どんなとこかなあ☆」
「そりゃ、操さんのセットやから、きっとお洒落な店やと思うけどぉ☆」
「ウチ、今日はあんまり飲まんとこ!ウヒヒ☆」
「えーなんやそれ〜☆」
「だってぇぇ〜何ンか、エエことあるかも知れへんしぃ☆」
「、、、って、行きしなにウチらゆうてたけど、、、、」
と言うと、張本翼は生ビールのジョッキをドン、とテーブルに置いた。憤りを懸命に抑えている様子で、ジョッキを握っている拳が、ワナワナと震えている。
「なんで、アタシらこんな立ち飲みで、飲んでいるワケ!!」
大爆発。張本翼の大音声が店じゅうに響くと、何人かの客が張本らの方を向いた。後ろで飲んでいた女装の老人は肩をすくめて「おーコワ」と独りごちた。
一部にサラリーマン風の姿も見られるものの、この店の客達の多くは労務者風の出で立ち。いわゆる二ッカ・ポッカ*1を履いているものも見受けられる。玄田徳子、関長子、張本翼の三姉妹は、今、大阪はキタの一杯飲み屋にいる。操猛美から指定された合コン会場が、この一杯飲み屋だったというわけだ。
*1 二ッカ・ポッカ ニッカーズ・ボッカーズ。日本では土木・建設工事の作業服として多く見られる。ウイスキーと清涼飲料の合弁会社ではない。
「オッちゃん!もう一杯!!それと、串カツ頂戴!」
張本翼は、空になったジョッキをカウンターに向かって突き出した。
「ったく、徳子の姐さん!ホンマにここが合コンの場所なん!?」
張本翼は、指であたりめを指で割きながら、隣に立っている玄田徳子を下から睨むようにして言った。
「操さんからもらったメモによるとココなんやけど、、、」
「っていうか、操、未だ来てへんし。もう!」
お姉さん、お待ち、と突き出されたビールジョッキを受け取って、張本翼はグビッと一杯呷った。そう、合コンに誘ってくれた操猛美は未だ現れていない。一体どうしたのか、この店のどこかにいるのかと玄田徳子は店内を見回してみたが、それらしい人物は見当たらない。そもそもこの店にいる女性は自分達だけなのである。
失望した玄田徳子が目に、店の奥の方からフラフラと一人の初老の男が歩いてくる姿が映った。ア、ワ、こっちに近づいて来る、、、
「ネエチャンら、立ち飲みか。」
粗末な身なりをしたその初老の男は、玄田徳子に後ろにやってくると、声をかけてきた。無視すればいいものを、誰に対しても愛想をしてしまう玄田徳子の悪癖が、その初老の男に返事をさせてしまった。
「あ、はい、、、まあ。」
「ネエチャンらは、あれか、OLさんか?オッフィース・レデェィか?」
特徴的なイントネーションでの発音が、むしろ正確なものかも知れないと玄田徳子は思い、この初老の男を身なりだけで判断してはならないのでは、と思った。この人、ネイティブ?クイーンズイングリッシュ?英検3級の玄田徳子には判然としなかった。
「あ、はい、、、まあ。」
「なあ、オッチャンはなあ、ルンペンや。分かるか?ルンペン。」
その男はそう言うとニタリと笑って真っ黄色い歯を剥いてみせた。前歯の数本抜けていて、いまにも口臭が匂ってきそうな気がした。
「はあ、、ルンペン??」
と、玄田徳子が言い終わる前に、その男は顔を目の前に近づけてきた。血走った目には目ヤ二がこびりついている。
「ネエチャンなあ、ルンペンいうのはなあ、、、自由な人間!っていう意味や。分かるか、自由。」
そう言うと、初老の男は、空のコップを掲げて叫んだ。
「人間は自由やないといかん!」
突き上げられた空コップは、どうも「自由」をシンボルにしたポーズのようだが、その姿は車に轢かれたカエルが悶死している様にも見える。玄田徳子は関わりたくはないと、初老の男に背を向けた。
「フン。経済的には、不自由にお見受けしますが。」
関長子が唐突に話しかけてきた自称ルンペンにぴしゃりと言い放った。ホームレスもどきにからまれている玄田徳子の救出するためだ。
「お、そこなんや。ソコ。なあ、キレイなネエチャンよ、アンタらそんな、キレイな洋服着て、がんばってるやろ。まず、そこが不自由なんや。な、その深緑の服を買うのにどれだけ働いた?どれだけ自由な時間を犠牲にした?どれだけ自分の良心を売っ飛ばした!?」
関長子の一言は逆効果であった。ルンペンのオッチャンが饒舌になってしまった。
「な、持つから不自由になるんやで。所有は不自由や。」
「オッチャン見てみい、オッちゃんみたいに全て捨ててしもうたら、ほら、こんなに自由なんやで。オッチャンの世界には社長も何も・・・」
何を理屈言うてんねん。たしかにすべてを捨ててしまえば、自由になれるのかも知れないけど。でもそれっては本当の自由?尼僧のような暮らしが自由だとアタシには思えない。やりたい放題出来るンが本当の自由やん!大体、アタシ=ネエチャンで、関=「キレイな」ネエチャンってどういうことや!
そんな思いでルンペンのオッチャンの方を向くと空だったグラスにビールがなみなみとい注がれているではないか。え、この人奇跡をおこしてる?なんか予言者??*2
*2 予言者 玄田徳子の知識不足。奇跡をおこしたモーゼ等をイメージするなら、この場合は「預言」者が適切。
「これでも飲んで。オゴルわ!」
と言って、オッチャンとの肩をパンッと叩いて突き飛ばしたのは、真っ赤なスーツスタイルのOLだった。一杯飲み屋に最も似つかわしくない華やかな姿のOLは、操猛美、その人であった。ルンペンのオッチャンは、オットットと、操猛美に注がれたビールをこぼさないようにグラスを両手で押さえながら、肩をすくめてその場を去った。
「あ〜ゴメンゴメン!待った!?遅くなってしまって。」
頭を下げて、その上で両手を合わせて操猛美は玄田徳子らに謝った。操にはどうやら連れがいるらしく、二人の女性が操の両脇を固めている。中肉中背の中々の美人で、目元の理知的な雰囲気が操猛美に似ている。
「あ、紹介するわ!この二人。夏木惇子と夏木妙子。このコら双子やねん。今は営業一部におんねん。」
「こんばんは、夏木です。」
と、その双子は同時に挨拶をした。一卵性双生児か、身長、体重とも瓜二つの二人だったが、髪型が違っている。二人ともストレートのセミロングだが、一人の方は分けた前髪で片目を隠している。
その片目を隠した方を指しながら、操猛美は付け加えた。
「あ、こっちが、惇子ちゃん。で、こっちが妙子ちゃん。ワタシら親戚やねん。」
「立ち飲み、ええやろ!安いし、美味いし、一番合理的。ワタシは店構えが洒落てるだけで、さほど料理が美味くないような店が一番嫌いやねん。嫌悪するわ!」
「なんせ、この店二杯目からは小コップで生ビール頼めんねんで。なあ、もうちょっとだけ欲しいって時あるやん?日本酒に行く前に、もうちょっとだけ!ビールって時あるやん?その時にコップビールがありがたいねんよ!」
操猛美はウヒヒと笑いながら、玄田徳子がアテにしているモロ胡*3を、ポリポリとやりながら玄田徳子と関長子の間に割って入ってきた。そして生ビールを三つオーダーした。自分と夏木姉妹のものか。夏木姉妹は張本翼の挟むようにして立っている。
*3 モロ胡 胡瓜のもろ実和え。手早く出てくる一品である。
【一杯飲み屋での布陣】
関 操 玄田 夏木(惇) 張本 夏木(妙)
凸 凸 凸 凸 凸 凸
七人で改めて乾杯をした直後から、一方的にまくし立てる操猛美のトーク。圧倒される玄田徳子と関長子。その横では張本翼が夏木姉妹の話に聞入っている。今、七人のOLは二つのグループに分かれている。
・・・
張本 「えー何年採用ですか?それにしても二人はそっくりですねぇ!」
惇子 「採用は94年。似てるっていわれるけどお、モテんのはこっち。」
妙子 「そんなことないって!トンちゃん( 惇子 )の方が、モテるやん!」
惇子 「 そんなことないって!ミョウちゃん( 妙子 )の方やって !!」
惇子・妙子 「(二人同時に)アタシそんなモテへんって〜!!」
張本 「。。。(コイツら何なんや、、、ショートコントか、、、)」
・・・
「それにしても、あんた、、関さん?もの凄い美人やねえ!整い過ぎてて、ちょっとニューハーフみたいやけど。あ、これは冗談。冗談。でもほんまにキレイやね!」
操の来店以来20分ほどが経過するが、彼女のマシンガントークは止まらない。しきりに関長子の美貌を持ち上げた。ニューハーフは余計だが、操武美は自慢屋ながらも、相手の力量を素直に認めるところがあるようだ。
屈折というものが感じられない育ちのよさが操人気の所以なのかもしれない、と玄田徳子は密かに感心した。一方で誉められ慣れている関長子は「イヤイヤ」とだけ言って静かにビールを飲んでいる。その態度にも玄田徳子は感心し、同時にうらやましく思った。
いやいや、感心ばかりしている場合ではない。イケてる男子達との素敵な合コンが何故、女ばかりで立ち飲み屋いることになっているのか、操を問い詰めなければならない。
「、、、あ、合コン!?合コンはこの店の次やん。」
当たり前のことを聞くなと言わんばかりの表情で、操猛美は言った。
「???」
「ダ・カ・ラ、この店の次の店で合コンするンやん!」
「え?、、、次の店って、どこで?何時から?」
操猛美の話が全く見えない玄田徳子は、シドロモドロでそう聞いた。
「いや、、未だ決まってないねん。」
そう言って操猛美は、アテの串カツにソースをつけた。操のトーンが少し下がったように見えた。
「決まっていないとはどういうことですか。」
そう問い詰めたのは関長子だった。物事の理非をハッキリさせる性格の関は、いつも玄田徳子の言いにくいことを言ってくれる。関はその面でも玄田徳子にとってありがたい妹分である。自分は詰める関長子の後ろで、「まあまあ」といい子になってればよいのだ。
「、、、連絡が入るねん、これに。」
そう言うと操猛美は、ヴィトンのバックから小型の電話機を取り出し、玄田徳子と関長子に見せた。
「これが、、、携帯電話ですか。」
関長子が言った。玄田徳子も携帯電話は見かけたことはあったが、実際に所有者に合うのは初めてだった。
「うん、こないだ契約したんやけどな。結構便利やで。」
そう言うと操猛美は、携帯電話を軽く振りながら、玄田徳子に向かって二ッと笑った。そしてこう続けた。
「この携帯電話に連絡が入るンよ。敵の一次会が終わったらね。」
(次回に続く)