第一部第三幕【イエロースカーフ討伐戦・第三段】
〜 OL三国志演義 第一部【イエロースカーフの乱】 第三幕 【イエロースカーフ討伐戦・第三段】
「臭いわ!それ、イテテッ、、、ゼッタイ、匂う、、、痛いッて!!」
張本翼は思わず上半身を起して、男の頭を引っぱたいた。驚いた玄田徳子と関長子が体を起して、張本翼の方を見ると、頭をはたかれた男は、鬘が反転して、後ろ髪の部分が正面にきてしまっていた。
アマゾンの裸族を思わせるような風貌になったマッサージ師は、それでも謹直な表情を崩さないでいる。張本翼は、ごめんなさいと顎で会釈し、玄田徳子と関長子は顔を見合わせて吹き出しそうになっていた。
流行の足裏マッサージ。張本翼が割引券を手に入れたと連絡してきたので、玄田徳子と関長子は終業後、張本翼とともに、大阪はミナミの中年男性御用達のサウナに繰り出していた。近頃は何にでも割引券というものがあるようだ。
玄田徳子は定時退社を座右の銘にしているOLで、残業などはもってのほか。が、寝屋川の実家に直帰するのは、どうも嫌で、毎日、なにがしかの予定を入れるようにしている。
この日は、張本翼の誘いが無ければ、梅田まで出張って、阪急か阪神、いずれかの百貨店で服でも見て帰ろうかと思っていた。自宅に真っ直ぐ帰ることに、はばかりを感じなくなってしまえば、自分の中で何かが崩れて、もう元には戻れないのではないか、玄田徳子はそんな不安を感じている。
それはさておき、張本翼が臭いと言ったのは、一昨日、トイレで見かけた、あのカリスマOL、操猛子のこと。足裏マッサージを受けるつれづれに、操と派遣社員のイエロースカーフの談合の様子を張本翼に話して聞かせたのだ。
「その、操っていうコと、派遣のコら、、、裏でつるん、、、でるやわ!ゼッタイ。」
張本翼は、マッサージの痛みをガマンしながら、そう断言した。
「まあ、雰囲気は、、、そういう感じ、、やったけど、、、」
玄田徳子は痛みをこらえながら返答した。土踏まずのあたりを押さえられているが、胃のツボか。あたし最近ストレス多いかも、、、
「徳子の、、姐さん、、、ウッ、、イタッ、、、何か、気になるのぉ?」
張本翼は拳を握り締め、両腕を胸のあたりでクロスさせるという、空手家の「押忍」のポーズをとって、マッサージの痛みに絶えている。
「つるむとして、何でつるんでいるのか?ということですよね。姉上。」
関長子は三人の中で、唯一足裏マッサージに平然としている。
「そうなんよ、、、どういう、、、ウッ、、繋がり、、、なんかなあーと思って。」
「そんなん、アレ、ちゃうの、、、派遣のコらと、その操いうコも、、、一緒にコンパ、、、しようとか、言ってるんちゃう?」
張本翼はクロスした腕を解き、片腕で脇をしめながら拳を握りしめ、もう一方の腕で、拳でマイクを作って話をしている。どうも、懐かしい「五木ひろしのモノマネ」のポーズで、指圧の痛みに耐えているようだ。
「うん、、、でも、あのコらが話してるの、、、見てたら、どっちか言うたら、、、操の方が、、、仕切ってたっていうか、、、」
玄田徳子も少しでも痛みが和らぐならと、張本翼のマネをして五木ひろしポーズをとっている。横に並んだ二人が、拳のマイクでマッサージに耐える姿は、むしろ人気デュオ・狩人を彷彿とさせた。
「操は、」
マッサージの男が力を入れたが、関長子は相変わらず表情一つ変えない。
「人事部の新しいプロジェクトのリーダーになっています。」
「それは、、、どんな、、、プロジェクトなの?」
狩人の兄役、玄田徳子が訊いた。
「どうも、人事考課と給与体系を刷新するための研究会のようなのですが。」
「長子の、、、姐さん、、、派遣のコと、、、イタッ、、どういう関係が、、、あるのよ?」
狩人の弟役、張本翼が顔を歪めながら訊いた。遠目に見れば、玄田徳子と張本翼は、シャウトしているようにも見える。
「そこがどうも分からないのよ。関係ないといえば、関係ないしね。」
関長子は、みずからあお向けになり、今度はふくらはぎのマッサージを要求した。美人の美脚はむしろ逞しいといっていいような肉付きだった。
「なんか、、、派遣のコらって、この前一緒に飲んだ時に、、、、年棒制?、、、がどうとか言ってやん、、、」
年棒制、というところで、疑問口調の語尾になる昨今の不愉快な話言葉で玄田徳子は訊いた。玄田徳子は世間に迎合することに関して、なんら批判精神を持たない人間である。
「それが操のプロジェクトと何か関係があるのか、、、」
考え込んだせいか、ふん、と関長子はつい脚に力を入れてしまった。マッサージ師の頭部には見事なかかと落しが決まり、うめき声が店内に響いた。 マッサージ開始から約30分弱。割引体験コースの時間は終わりに迫りつつあった。かかと落しを潮に、玄田徳子と張本翼も、仕上げのふくらはぎのマッサージに移行した。
「ねえ、ご飯食べて帰る?」
足裏の痛みから解放された玄田徳子は、二人の義妹を誘った。
「食べる!食べる!どこに行く?」
あお向けの張本翼が玄田徳子の方に顔を向けながら、即、賛意を表した。
「関は?どうする?」
真ん中であお向けになっている玄田徳子は関長子の方に顔を向けて尋ねた。
「お供します。どこまでも徳子さんに付いていきますよ。」
発達した僧房筋で横顔が隠れている関長子は、口元を微笑ませて、そう答えた。足裏マッサージの後のご飯、全会一致により可決。さてどこに食べに行くか。
張本翼とご飯に行くと必ず遅くなる。言うまでもなく、張本が泥酔するまで飲むからなのでが、今日はまだ週の半ば、遅い帰宅は避けたいところ。居酒屋を忌避し、あえて定食屋に入っても、間違いなくアルコールをオーダーする張本翼。さて、どうするか、、、
あ、そうだ。ごはん系にしよう!心斎橋のアーケードの東側にある老舗のオムライス屋。あそこなら、さすがの張本翼でもアルコールはオーダーしづらいだろう。カレーやオムライスのように味のついたご飯を肴に酒を飲むことは出来まい。
「じゃ、、、オムライスにしない?ほら、アーケードの東に、有名な店あるやん?」
「あ、それナイスですッ!」
「ウチ、一回、オムライスで飲みたかってん!串もあったはず、あの店!!」
張本翼の即答に目論見をあっけなく崩された玄田徳子は、終電での帰宅を覚悟した。
「あ、でもその前に、ちょっと見たいものあるから、スポーツ用品店に寄ってもええ?」
張本翼はマッサージ師のズラを元に戻しながら、そう言った。
スポーツ用品の大型量販店は、平日の夜ながら、結構な込み具合だった。店舗入口付近のバーゲン用のワゴンには、考えられないほど安価な運動靴が雑然と放り込まれている。中国製だろうか、、、そう言えば、世界的に有名なスポーツシューズのメーカーも、東南アジアに生産拠点を移したと聞く。
また一方では、有名ブランドの希少商品が、「レアもの」という名で、一足数万円で取引されているとも聞く。不気味なほどに安い靴と、不当に値が吊り上った靴。供給が需要をコントロールしているような印象の昨今の市場。製品そのものの機能と、その価格との関係が破産しているように思える。いつまで、この不可思議なデフレ状態が続くのだろうか。関長子は目にした光景から、そんな想いにとらわれていた。
玄田徳子ら三姉妹は、エスカレーターで2階に上がり、張本翼が買い求めようとしているジョギングシューズのコーナーに向かっていた。壁に沿って最新モデルの靴が並べられている一角が見える。あった、あったと小走りになった張本翼が、ジョギングシューズコーナーの手前にあるテニス用品のコーナーで急停止した。
「あ、自分ら何してんの?」
「うわぁ、張本!何で、お前もここにおるんや!?」
張本翼の同期、中条ら、数名の男子達である。男子達は、玄田徳子と関長子に、あ、どうもと会釈した。
「買いもんに決まってるやん! 靴を見に来たんや。ジョギングシューズ。で、自分らは?」
「テニス。テニスラケット買いに来たんや。」
やや狼狽した様子で中条が答えた。
「へえーテニスするんや。」
張本翼は、そう言いながら、中条が手にしていたテニスラケットを奪い取り、ラケットを振ってレシーブの真似事をしている。
「いや、ちょっと今度、テニスサークルを立ち上げよう思うてんねん、エヘへ。」
しょうもないこと考えとらんと、男は仕事せいやと思いながら、玄田徳子は少し興味のあるフリをして、中条に尋ねた。
「へえ〜中条クンらテニスサークル作るんやあ!」
惰性で、どうでもいいことを関心ありげに聞くのは、玄田徳子の悪い癖である。
「中条クンらの他に誰か参加する人はおるの?そのサークル。」
どんな人々が絡むのか聞いておこう、一応、、、。玄田徳子の人間性は、他人事について、完全に無関心になれるほどには成熟していない。関長子はといえば、腕組みをして物思いに耽っているようだ。
「いやあ、派遣の人らも参加しはると思うンですよ!この前の一緒になった飲み会あったでしょ!その後の二次会で、そんな話が盛り上がってもうて、、、エヘへ。」
「へえ〜、、、そうなんや。」
張本翼が、売り物のテニスラケットで、中条の脇腹を小突いている。同期の男子には悪態の限りを尽くす張本翼であったが、いつも男どもは満更でもなさそうにしている。愛嬌とは何か。腕組みしている関長子に倣って、玄田徳子も腕組みをした。
(次回につづく)