第一部第一幕【桃園の誓い・第一段】
〜 OL三国志演義 第一部【イエロースカーフの乱】 第一幕【桃園の誓い・第一段】
春爛漫、今年のソメイヨシノの開花は例年よりも少し早く、ここ湖西地方もすでに淡い桃色に染まっている。老舗の繊維系の商社、菅コーポレーションが、毎年3月中旬に大花見会を開催するのは、慰労を目的とした年度末の打ち上げを行うためで、この社内行事には、本社配属の社員の全員参加が求められてる。
滋賀県にある保養所に集められた大花見会の参加者は概ね200名。今年も盛況な会となったが、この行事も今年限りだとの噂が絶えない。バブル崩壊から早や5年。リストラという新手のクビ切りが流行する昨今、菅コーポも例外なく社内の合理化を迫られている。バブル華やかなりし頃の遺産、滋賀の保養所と大花見会もいよいよリストラというわけだ。
南に琵琶湖を望む保養所の庭に創業者が植えたといわれる一群の桃の木々がある。その中の一本の巨木の下で、一人で酒を飲むOLがいる。玄田徳子、齢28歳。菅コーポの多角化部門で、東南アジアから食材を輸入する仕事をしている。顎まで届きそうな大きなイアリングばかりが目立つ、入社5年目のしがないヒラOLである。玄田徳子は春の宴を楽しむ上司や同僚を見渡して大きなため息を漏らした。
「随分と景気の悪い顔して飲んでるッスね!」
と、突然雷のような声がしたかと思うと、派手な豹がらのワンピースを着たOLがゴールドのヒールを脱ぎ散らかして玄田徳子の横にドッカと座り込んだ。ナイスバディの片手には一升瓶を握られており、アイラインの引かれたどんぐりマナコはカッと見開いて、相当に酒くさい。
「あ、あんたは?」
藪から棒に声をかけてきたかと思うと、馴れ馴れしく横に座ってきた大柄な女に、玄田徳子は聞いた。
「アタシ?アタシは業務部業務課の張本翼ッす!あんたは?どうも先輩に見えるけど」
と、ぶしつけなことを張本翼は言った。玄田徳子は自称カワイイ系なのだが、見ようによってはオバちゃん顔なのである。
「私は玄田徳子、採用5年目よ。食品課で海外を担当しているワ。」
「ふーん、そっか先輩か。大きなタメ息をついていたけど、なんか会社に不満でもあるンです?」
唐突ながら張本翼の質問は、今の玄田徳子の気持ちをそのまま言い当てていた。酔っていたこともあって、玄田徳子は思い切って正直に言った。
「なんて言うか、バブルが弾けて随分経って業績だって落ち込んでいるのに、ウチの会社ときたら全然危機感ないやん?」
「あ、アタシもマッタク、同じこと考えていた!他の繊維商社はパソコンとかで色々やっているのに!我社ときたら、ヤバイっていう感じが全然ないッス!」
パソコンとかで色々・・・幾分頼りない論拠ながらも、たしかにライバル各社は社内改革に取り組みはじめている。いわゆるボーダレス化の大波に立ち向かうためだ。しかるに我社、菅コーポレーションは旧態依然としたままで、その上男連中には覇気というものがない。関西の繊維業は斜陽なのに、彼らときたら社用と称してスナックで飲むことばかりを考えている。
「張本さん、はじめてお会いするけれど、意見は合いそうやネ。今日は会社の悪口を肴にトコトンやりましょうヨ!」
張本の一升瓶をゲンコツでカツンと叩いて玄田徳子はそう言った。
「ええ、やりましょうとも!これが飲まずにおれるかってんダ!」
経営とはほぼ無縁のヒラOLが、会社を憂えて飲まずにいれるかと言っているのは滑稽に見えるかも知れない。が、酒の肴とはそうしたものである。外交や国際紛争を酒場で論じる一市民を読者諸兄も目にしたことはあるだろう。
あぐらを組んで舌打ちをしながら、ひたすら飲んでいる泥酔したOL二人の座に、加わるものは誰もいない。ただ遠巻きにその異様な光景を眺めているだけである。ホトトギスのトボけた鳴き声が時折響く。春の宴は未だ序の口。
どれくらい時間が経っただろうか、憤りにまかせて一杯、もう一杯と杯を重ねているうちに、玄田徳子と張本翼は一升瓶をほぼ空にしてしまっていた。酩酊した頭を振りながら、玄田徳子はあたりを見回した。もう完全にオッサンのしぐさである。どうも宴会は未だ続いているようである。エヘへ、それならばと、さらなる酒類を調達すべく玄田徳子が片膝をついて立ち上がろうと目を下に向けた時、突如、大きな影が地面に映えてきた。
「先ほどからお話し伺っておりましたが、お嘆きはごもっとも。我が社の腐敗ぶり、まことに情けないことでござるワ。」
玄田徳子が上を向くと、身の丈170センチはゆうに越える大柄で、流行を超越したストレートのロングヘヤーが黒々と腰まである、顔面が赤黒く酒焼けしたOLがそこにいた。
(次週につづく)




