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桃太郎パロディ

桃太郎と織姫

作者: nisho

 織姫に誘われ、桃太郎は彼女の家に茶を飲みにやってきた。いつぞや鬼退治の帰りに知りあって以来、二人は気心知れた仲である。

 お供に連れてきているサイボーグ猿は渋そうな顔をして黙って茶を啜っているが、出された相変わらず緑茶は薄い。猿は織姫が苦手なのだ。そもそも家の立地が海沿いなのがよくない。身体の八割が金属製である猿にとって、潮風は好ましいものではなかった。

 元々はキジが付き添う予定だったのだが、新調のジェットブーツに興奮した猿と空中バスケットをしていて骨を降り入院中だった。三匹目の従者であるイヌは豪華客船で太平洋を回りながら延々と麻雀を楽しむという意図の不明な放蕩をしているが、もとより猿はイヌをあてにしていない。出会った時より、犬猿の仲だ。

 イヌほどではないのだ、この織姫も第一印象からして悪かった。


「へえ、お待ちしてましたべ」

 と、腰をおる、割烹姿の若い女に、桃太郎一行は鬼が女に化けて待ち構えているのかと警戒した。

「おや、そんな怪しまんでけろ。鬼が出るか蛇が出るかと身を構えっても、おらは飯と茶しか出さねえっぺさ」

「桃太郎さん、どうやら星海人のようですね」

 独特の口調と、微妙な身体的特徴から、キジが彼女を見定めた。

「星海人が地上に住むのは珍しいですが、彼らは予知能力を持つと言われています。それで我らがここを通り掛かることを知ったのでしょう」

「へえ、お察し通りでさあ。おらぁ、悪鬼退治に身を尽くしてくだすってる桃太郎様のファンなんですべ。んだがら、玄関を清めて、料理こしらえて待っとりました」

「そいつは嬉しいや」と猿は喜ぶ。

「ここ一年以上、長旅で碌な飯を食べてなかったからな。最近じゃ、色も味も変わってしまった米を、カレー粉で誤魔化し誤魔化し食べてたんだ」

「ははは。お忙しくて、てんで古米ってことですなぁ」

 猿もそうだが、桃太郎は駄洒落を言う者をあまり好ましく思えないたちだった。刹那ほど桃太郎の眉がひそめられるのを猿は見逃さなかったが、この程度のことでわざわざ慰労を用意してくれた女性に腹を立てるほど、桃太郎は子供ではない。

 申し出をありがたく受けさせてもらうと、桃太郎は腰をおる。

「いやいや。あんたがたは、鬼を退治していくつもの戦を鎮めているべ。それに比べりゃ、おらのすっことなど大したことでねえ」

 一行を家にあげて居間へと案内した女は、

「んだば、これから料理をこしらえっから、待っとれや」と言う。

「作ってあったと、先程聞きましたが」

 皆が思った疑問を、キジが一番初めに口にした。

「それがあ」

 女は恥ずかしそうに割烹着の前掛けを握る。

「お客様を迎えるためには玄関を掃除しなくちゃいけない。でも、料理もこさえなけりゃいけねえ。んで、つくり途中の料理を味見しては、まだ味がしみてねえと掃除に戻る。玄関を掃いては、台所で食べ、掃いて食べ、掃いて食べ」

「はいて、たべ、はいて、たべって、なんだか下品だな」と、猿は呆れた。

「それに、掃除していたにしては玄関汚くないですか? 泥でビチャビチャでしたよね」

「んにゃあ泥でねえ。あはっはっは、しまいには料理さ食い過ぎて、本当にあすこで戻してしまったんだ」

 陽気に笑う女主人を前に一同は返事に困る。

「だから皆さんも、帰るときには新しいのをはいてけや」

 と、彼女は玄関にある桃太郎の靴を指さした。

 

 最悪の出会いを思い出し、猿は更に渋い顔となる。新調のジェットブーツのお陰で、立てば十センチほど宙に浮ける。これがなければ、どんな言い訳をしても今日は来なかった。

「桃太郎様はすげえ御人だべ」

 女は桃太郎と会うたびに、手放しに彼を褒める。奇妙な言葉と裏腹に、器量のいい女だ。誰に褒められようが意に介さず無表情な桃太郎が、彼女の言葉には喜んでいるように見える。

「星海にだって鬼の恐ろしさはよぉっく知れ渡っとる。ある時は角を生やした岩のような巨人になり、ある時は海を呑み込む龍になるそうっぺや」

 そうだと桃太郎は頷いた。

 ひいと女は両腕を抱いて怖がる。

「しかも凶暴なだけでなく狡猾で、人の良さそうな商人や、美しい女に化けて世を乱すんだべ」

 やはり、だまって頷く桃太郎。

 ひやひやとしながら、猿はやり取りを見守った。桃太郎はあまりこの手の話題が好きではない。

 猿は知っている。桃太郎は世界を愛しているのだ。森も、街も、動物も人も愛しているのだ。人間の良さも醜さも、優しさも憎しみも、愛しているのだ。

 いつぞやの話か。桃太郎が鬼を斬った。誰もに愛される鬼で、誰もが鬼の死を嘆いた。

 その時、桃太郎は言った。

 

 人がいくら真似ようと、蝶にも花にもなれぬよう、鬼は人になれぬのだ。

 

 だがキジもイヌも、もちろん猿も知っている。

 桃太郎は泣いている。流れぬように視える海の水が、水面下ではごうごうと渦巻いているように、目から水を滴らせてはいなくとも桃太郎は鬼を斬るたびに心の中で涙を流している。桃太郎は、実は鬼すらも愛しているのだ。人を殺し、欺き、病を振りまき、世を見出そうとも嫌い切れぬのだ。

 だが理不尽なことに、鬼を殺せるのは桃太郎しかいない。どの英雄も、万の軍勢も、それどころか真ミカドロボZや星海人ですらも、鬼を殺しきる事はできない。

 鬼やその他の原因で幾千もの戦が世界中で起きている。桃太郎は原因となる鬼を殺しはすれど、人同士の争いに決して関わろうとしない。それを非難する人もいる。だが誰にも肩入れしないというのが、桃太郎なりの不器用な愛しかなのだと猿は思っている。鬼が企んだことごとくを全て摘み取らぬのも、桃太郎の鬼への遠慮なのかもしれない。

 桃太郎を深くは知らぬ女は、いつものようにズケズケと物を言う。

「桃太郎様には怖いものなどありゃせんのでしょうね」

 猿はキッとなって

「俺は饅頭が怖い」

 と、桃太郎の代わりに答えた。

 ここでようやく、薄茶しか客人へ出していないことに女は気がついた。慌てて立ち上がり、台所に菓子を取りに行った。

 星海人は一般と感性が違うと聞く。彼女以外の星海人を知らないため、彼女を基準に星海人を判断すべきではないと猿は心得ている。だがやはり、昔はあった宇宙への憧れが近頃では薄れてしまったのは、彼女が原因であろうと猿は思う。

 いや、彼女が変わりものであることは間違いない。彼女自身も「おらは馬鹿な女でな」と言っている。

「おらが地上にいんのは、とっちゃに嫁いだからなんだべ」

 薄い茶と饅頭を肴に、桃太郎と猿は女の身の上を聞くこととなる。猿の頭脳である量子回路によると、女に根掘り葉掘りと話を聞かれたくないのは、女に自信の話をさせるのが良いそうだ。ただし、とてもつまらないことが多い。

 

 もともと女は星海の国の姫であったらしい。それが若さ故の戯れで、地上へと遊びにやってきた。

 星海とは言うが、地上にあるような広大な水たまりの海は、みずがめ座まで行かないと無い。珍しい水の海に女は時を忘れて遊んだ。

 遊びに気が済んでさて帰ろうかと思った時、星海に帰るための羽衣がないことに気がついた。ようやく見つけたとき、その羽衣の持ち主は海辺に住む男だった。あろうことか男は、便所の用のあとに尻を拭くのため羽衣を使っていたのだ。ソフトでウェットな感触が気に入ったそうだ。

 女は泣いて、羽衣を返してくれるように懇願した。

 この羽衣は持ち主を生体認証する。地上での二十日程度で再登録が可能となり、前と違う遺伝子が入力された際には新しい方を次の持ち主と設定する。


「その話には矛盾があるぜ」

 内心では、この女の話題は下品なことばかりだと呆れながら、猿が話を遮った。

「人間の大便では、本人の遺伝子なんてほとんど断片化されているはずだぜ。それに腸内細菌の死骸も多く含まれている。遺伝子による生体認証は不可能だろう」

「量子回路だけではなく、生体脳も使って柔軟に考えてけれ。普通にケツを拭くなら、近くにいくらでもある海水で洗えば簡単だ。んだが、とっちゃは柔らかい布を望んだ。認証には血を使ってたんだべ。切れ痔だったんだよ」


 そんな訳もあり、男は羽衣を返そうとはしなかった。

 星海の姫はほとほと困り果てたが、男は交換条件を提示する。

「お前たちの世界では科学が発展していると聞く。俺の病いをどうにか治してはくれまいか」

 

 とは言われたものの、遊び盛りの若い姫が薬の調合のひとつでも知るわけがない。

 掻い摘んで知る程度の知識をもって、食による改善を男に勧めた。しかし男は不器用で、料理といえば魚を焼く程度にしかできないという。どうしても帰りたい姫は、仕方なく自分で料理を振るうこととした。自慢できるほどの腕は無いが、それでも男よりはましだった。

 こうして始まった生活をするうち、二人の間に愛情が生まれ、遂には結婚をし、姫は子供を授かった。しかし、猿はスリープ機能を駆使してあまり話を聞いていなかった。

 

 だが大きく膨らんだ幸せほど、早く弾けるのがこの世の常なのか。この夫婦の先にもそうであった。

 ある日、突然戦争が始まった。海底ムー帝国軍が二人の住む国へ、武器を持ってなだれ込んできのだ。家族三人は運良く逃げることができたのだが、男は兵士とならなければならなかった。

 結局、この戦いは短く激しい戦争として終わったらしい。姫は生き残ったが、子供は戦中に流行病で死に、男は帰ってこない。

 女は一人家の中で囲炉裏の灰をかき混ぜながら嘆いた。

「父様は過去も未来もすべてを知って私をつくった。なぜ私はこんなに苦しいのだろう。なんのために私は生きているのだろう。なんのための世界なのだろう。なぜ父様はこの世界を作ったのだろう」

 だが彼女は嘆きながらも男が帰ってくるのを信じた。

 刀を差した男が通りがかる夢を見るたびに、それが愛する男でないことに落胆した。

 誰かこの道を通って帰る人が入るたびに、いずれそのうちと男を待った。いや今も待っているのだ。

 この世に理不尽なほどの不孝はあれど、その分、安直なほど都合のいい出来事もあるに間違いない。

 

「そんな優しい世界だろうか」

 猿の口を思わず本音がついて出た。桃太郎の旅をしてて、辛いも苦いも味わってきた猿だったので、嫌味な響きは全くなかった。湿った話のわりに、陽気に話す女のお陰もあったかも知れない。

「あはっはっは。おめさんは宇宙のことをまったくしらねえなあ」

「知ってるぜ。これでも天体望遠鏡を四つ持っている」

「へえ。んだば、例えばのお、ウサギは餅をどうやって作るか知ってるべか」

 あまりの愚問に、猿は鼻を鳴らした。

「はあ? 月面の模様通り臼をつかって杵でつくんでしょう」

「ちげえ。つきでつくんじゃ」

 女がボクサーをまねた構えをとる。

「へいへい。勝手気ままによく言うぜ」

 猿が呆れ顔になる。あまりの態度に、先ほどの身の上話も嘘九割なのではないかと思い始める。

「あんたみたいなのを、能天気とか怖いものなしとかいうんだぜ」

「んにゃ。おらは、とっちゃが怖え」

 にへらと笑いながら、女が答えた。

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