ⅱ 『僕の妹は今、マッチを擦っている』
そこは、科学研究部の部室だった。いかにも理系の臭いが漂ってきそうなそれは、西館のつまりは羅亜と和が先ほどまでいた部屋と同じ建物の二階にあった。なので、二人が移動した距離は実際、数メートルしかなかったのだが。
とにかく、そこに二人はいた。
「ここだね」
羅亜は少し笑みを浮かべてその閉じられた扉を叩く。そうすると、数秒もしないうちにその扉は開いた。音もたてずにゆっくりと。
「ようこそ」
低い、声が響く。
そして、二人はその部屋に入って行った。
「誰だ、君たちは」
部屋には和より年上の、多分、Ⅵ年生らしき青年がいた。身長は多分、180はあるだろう。眼鏡をかけ、いかにも理系のような青年だった。彼は羅亜を見ると少し驚いたかのような表情になったが、すぐに表情を戻した。
「ボクは《赤ずきん》の羅亜さ。ここまで言えば分かるだろう、神田吏。妹をどこに隠した?『マッチ売りの少女』に憑かれた御代を」
神田、と聞いて和は耳を疑った。しかし、妹と羅亜が言っている時点で分かる。つまりは、御代の居場所が分かるのはこの青年、御代の兄である神田吏だけだと。
「残念ながら、僕にも分からないんだよ。御代の居場所はね。君の前にも、広報部の彼らが尋ねてきたよ。でも、僕は知らないと言ったね。だから、彼らの報告にも不明と載ったじゃないか」
その言葉で落胆したのは、和だけだった。
「嘘、だろう。それは」
羅亜の方が上手だった。そして、続ける。
「君は隠している。あることをね。能力者を侮らない方がいい、痛い目にあうのは君だけじゃない。会社とそれに、妹だ。ボクはねぇ、君に最後のチャンスを与えているんだよ。それぐらい分かると思ったんだけれどねぇ。どうもそれは思い違いのようだ」
「なるほど」
しかし、吏もまた予想以上の反応はしなかった。
「それはごもっともだな」
ただ平然と、会話を淡々とこなすその姿はまるで事務仕事のようだった。
「じゃあ、これだけは言おうかな。ここまでたどり着いたお礼、とでも思ってくれ。
そうだね、『僕の妹は今、マッチを擦っている』。どうだい?君なら、この意味が分かると思うけれど。悔しいが、君は僕より頭がよさそうだしね」
―――僕の妹は今、マッチを擦っている
意味不明だ。まるで、何かの謎かけのようにしか聞こえない。そもそもこれはどういう問題なのかすら、よくわかってはいなかった。
「愚問だな」
「愚問、ね。君、面白いね。そうやって意地を張るのは止めた方がいいと思うよ。この問題は解けやしないんだから。逆にね、解けたら凄いんだよ、これは。
凄い、どころじゃないね。天才だ」
「ボクは天才だ。それに、それはくだらない」
「ほぉ」
にやっと吏は笑った。
「そもそも、これは言葉遊びの一つなのだろうとボクは推測した。そうなると、『マッチ』は自然的に『マッチ売りの少女』つまり、御代を指す。
そして、『擦る』。これは英語に直すとrub、R・U・B。これは、それぞれの頭文字から取ってある。まず、R。これは、runのR。つまり、『走る』。Uは、under。つまり、『下』。そして、最後の文字Bはball。つまり、『ボール』。ここから考えると、何かのスポーツだということになる。そして、その何かのスポーツ。推測すると、サッカーかラクロス、ホッケー。それぐらいしか思い当たるものはない。そう考えると答えは『サッカー』だろう。この学校にはラクロス部とホッケー部はないからな。
そして、次に『いる』。これは、古典文法的に解釈すると『ワ行上一段活用の「居る」』となる。活用はまぁいい。今回は関係ないからな。重要なのはここ、『上一』のところだ。『上』は上手の『上』。世間一般的には『右』という意味でつかわれることの方が多い。『一』は第一グラウンドのことだろう。
要約すると、『御代は第一グラウンドのサッカーコートの右にいる』となる。まあ、現場に行けば分かると思うけれどね」
すごいな、と和は思わず感嘆してしまう。
吏は笑っていた。
「なるほどね。君はそういう風に推理したのか。面白いね。でも、違うよ」
だから余裕そうなのか、と和は吏の顔見ながら思った。吏の顔には余裕という文字が今にも浮かび上がってきそうだった。
「違う、と」
「そうだね、不合格だ」
むすっとしてしまった羅亜に吏は続ける。
「ただ、僕は君を認めるよ。凄いね。ここまでこれたんだから。でも、あともう一歩なんだよね、本当」
でも、と吏は付け足す。
「一度、行ってみるのもいいと思うよ。『サッカーコートの右』にね」
そうして、扉は閉ざされた。
ちょっと、今回は短めです。
推理の失敗がちょうどきりがよかったんで、ここで。
ではまた次回(@^^)/~~~




