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ビルダーブーフの事件(改定版)  作者: 藤堂家鴨
Ⅰ 赤ずきん fast
4/8

ⅲ 血と血の契約

 ――童話の登場人物の名を授かることはとても名誉なことなのです


 と、誰かが言っていた。

 ただ、それは自分たちには程遠い名誉であり興味もなかった。

 けれど、その名を授かった者を身近に見るとどうしても自分の愚かさがしみじみと分かってしまう。悔しいが、それが事実であり、この世界だった。

 甘く見すぎていた。

 もう、分かっている。

 貧民(スラム)の自分たちはただ彼ら、選民の手のひらの上で遊ばれていたにすぎないということを。

 彼ら、選民は高度だ。

 自分たちとは生まれた時から天と地の差がある。

 

 そう、和は思い知らされた――赤ずきんに。

 赤ずきん、それは童話の登場人物。

 彼女もまた、名誉な生徒。そして、選民。

 恐ろしいぐらいの美貌と、天才的な頭脳。神秘的な運動能力。それらをすべてあわせもった者、それこそ赤ずきんである羅亜だった。

 この世の中を支配する天才の一人とも唄われた彼女、羅亜は今、和の前にいた。そして、赤い冷酷な瞳で和を見下ろし細く笑みを浮かべていた。


「ボクの下僕になれ、貧民(ヤマト)


 羅亜は再びそう言った。そして、胸元から柄に繊細な施しをした短刀を出すと、それで指を切った。赤いしずくが、この殺人現場の赤さと混ざり合う。しかし、それはまた違う色をしていた。薔薇色をしたその鮮血は、真っ白な細い指から垂れる。

 普通は自殺行為に見えそうなそれは、何故か絵になった。そして、その指を表情すら歪めず羅亜は見つめいていた少女はまるで、ルネサンス期に描かれた絵のように美しく和の目にしみ込んだ。そして、羅亜はその指を和に差し出した。

 鮮血を眺めるものの、どうして差し出してくるのかいまいち分からない。疑問、という表情を浮かべると、いきなり羅亜がその血を口に含んだ。柔らかそうな桜色の唇が赤く、薔薇色に染まる。そして、次の瞬間――


 唇が覆われた。


 和の唇は、赤く染まった羅亜の唇にふさがれていた。そして、なにか生温かい液体が和の喉を這った。キモチワルイ、と思ったその瞬間、急に体中が震えだした。それは、抑え込もうと思ってもとまらない震えだった。思わず、和は床に倒れ込む。

 その感触はハジメテだった。柔らかい唇と一生味わうことのない味。特別な、そう特別な・・・・・・。


 そんな様子を羅亜は見下ろしていた。羅亜の赤い舌が唇を嘗めりとる。そして、羅亜は笑った。


「どう、ボクの血は?」


 にぱぱぱぱぁ、と羅亜は笑いながら新太の死体に近づいた。そして、白い手が赤く染まった死体の上に乗る。鎖でつながった左手はあの本を持ったまま。

「名前:江藤新太

 Ⅴ年3組3番

 生年月日:2000年11月3日 現在、16歳

 学力:85位/200人中

 運動:130位/200人中

 特技:絵を描くこと

 将来の夢:イラストレーター

 その他:国内の某絵画コンクールで優勝履歴あり 同二回

 階級:貧民第二層 

 

 犯行時刻は午後七時前後、刺し傷六〇ヵ所。ほとんどは軽いもの。ただ、一部深いものあり」


 機械のように、それは羅亜の口からこぼれ落ちてきた。そんな羅亜の様子を唖然として見ている和に気づいたのか、羅亜は少し笑って、

「以上が、この死体から引き出すことができるデータだ」

 と、言った。

「何ともまぁ、むごいことだよ」

 羅亜は赤く染まった手を見ながらそう言った。

 しかし、和はやけにその桜色の唇が気になっていた。というよりも、頭が混乱しそんなことは何だかどうでもいいような感じがしていた。

「映像化、してほしいかぃ?」

 ――あぁ、勝手にすればいい。

 和は、どうでもよかった。いや、実際にはどうでもいいことではない。最悪、ということだ。なにもかもすべて、最悪。この状況は最悪なのに、和は浮かれていた。というよりも混乱していた。今まで隠していたけれど、無駄に甘酸っぱいものと、嬉しくないほどの浪漫である初キスと、残酷な友人の死。これらが組み合わさり、よくわからないことになっている。嬉しいといえば嬉しい。そして、悲しい。この錯乱した状態に和はいた。

「そうだねぇ、和は初キスのほうが脳内を占めているんだぁね。カカカ、まぁ、こぉんな可愛い子、それも名誉ある赤ずきんとキスをしたんだからそうなるのかなぁ・・・・・・つくづく、男子っていう生き物は変だね。あ、そうそう。ボクも初キスなんだ」

 よくわからない告白と、驚き。和は驚嘆する。

「そんなに驚かないでくれたまえよ。別にいいじゃないか、そんなもの。何度やっても減るものでもないしねぇ。ただね、あれはアメだよ君へのね。主と下僕の唯一混じり合う瞬間、それがさっきだよ。そして、下僕は主の血を体内に入れたその瞬間から絶対服従なのさ」

「え、それはどういう・・・・・・?」

「簡単なことさ。君はすでにボクの下僕と相成(あいな)った訳だ」

 ぽぉ、とする和に羅亜からの説明は続く。

「そうだねぇ、物分かりが悪い君にたとえをだそうじゃないか。

 まず、ボクが『和はボクの足元で土下座する』とでもしようか。そして、その後に甲乙(こうおつ)と言う。そうしたら、君は土下座をする。まぁ、やってみようか・・・・・・」

 コホン、と羅亜は咳払いをして意地悪く口元を歪めた。思わず。和の視線はその桜色の柔らかい、自分の唇と接したその唇へと行ってしまう。


「下ハ我ノ配下、跪ケ――――甲乙」


 その瞬間、和の体は勝手に動き額が遠慮なしにその血だらけの床にくっつけられた。その衝撃で額が擦りむく。痛いと思ったのはその瞬間だった。

 しかし、起き上れない。

 そう、額が手が膝が足が床から離れようとしないのだ。どんなに力を込めてもそれは引きはがすことができなかった。


「甲乙、解除」


 解除、その瞬間呪文が解けたかのように床から和は解放された。そして、床に思わず座り込む。膝が震えて額が痛い。今起こったことがいまいち分からなかった。


「な、分かっただろう?」


 羅亜のそんな問いに、和は羅亜の赤い瞳を見ることしかできなかった。放心、してしまったせいだが和はぼうっと羅亜を見ていた。その赤い瞳を。

「ま、そんなところだ。だから、和はボクの言うなりだよ。後ね・・・・・・まぁ、いいか」

 羅亜は何か言おうとして止めた。気にもなったが、そんなことはどうでもよかったと和は思っていた。和自身、今日に何もかもが起きて放心状態だったからといえばそうだった。そして、和の視界には再び現実が映った――親友の死


 そのグロテスクな死体は、本当に新太なのかと疑わざるおえなかった。ついさっき、そう、三時間前には元気に笑顔を見せていた新太が死んだ。そう、死んだ。あんなに元気で、笑顔で、幼馴染で、絵が物凄く上手で、腐れ縁の新太・・・・・・和の両目には涙が込み上げてきた。

「下ハ我ノ御前デ泣クナ――――甲乙」

 その瞬間、和の目から涙は零れ落ちなくなった。

「・・・・・・どういうつもりだ」

「泣かれると、馬鹿らしくて仕方ないんでね」

 羅亜は蔑んだ色を赤い瞳に出して溜息をついた。そして、

「下ハ我ニ対スル口ヲ慎メ――――甲乙」

「うぐぅ・・・・・・」

 和は、ただ羅亜のことを睨むことしかできなかった。ただ、睨むことしか・・・・・・。


「・・・・・・分かりました、羅亜様」

「少し硬い・・・・・・『分かりました、羅亜』でいい。そこまでされると引く。ただ、ボクが上だということを忘れなければそれでいい」

 羅亜は満足げに少し笑った。そして、「あ、そうそう」と付け加えて、

「ご主人としての自己紹介がまだだったな。ボクは羅亜。名字はない。歳は一四。Ⅲ年1組27番。通称《赤ずきん》。選民第零層、特権階級。そして、下僕一人。これは追加データだがな」


 そうして、和は羅亜の下僕になった。

 まだ、解決じゃなかった――契約でしたね・・・・・・

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