ⅰ殺人事件
――最悪な出会いだった。
出会い、とは二種類ある。
一つ目は、素晴らしい出会い。心ときめくような出会いや、友情の出会い。曰く、純白な出会いだ。「これは運命だ」と表現できるような、そんな出会い。
もう一つは、最悪。そう、最悪な出会い。「出会わなければよかった」と言う、出会い。しかし、この出会い方、はじめは最悪かもしれないが、後々考えると素晴らしい出会いともなりうる。まあ、逆もあるわけだが。
ほとんどは、素晴らしい出会いだろう。
いや、違う人もいるかもしれないし、そもそも出会い自体に興味がないのかもしれない。
ただ、それは「一期一会」という言葉があるようにもう一生会えない人との出会いかもしれない。そう考えると「一期一会」という言葉は酷だ。しかし、酷だからこそ素晴らしい思い出が作れるのかもしれない。
人生はルーレットだ、とある少女は言った。
そう、言う意見もあるのかもしれない。
たしかに、「人生はルーレット」は面白い文句だ。
そして、そんな少女こそ鈴木和の最悪の出会いの相手である。
羅亜、という不思議な名前。
白髪と赤い瞳。そして、白い肌に刻まれた赤い十字架。
不可思議な少女、羅亜は異質である。
これはそんな少女、羅亜と和の最悪な出会いから始まる物語である。
☩
和の目には巨大な城が飛び込んできた。白いレンガ造りのまるで教会のような城。しかし、それは城ではない。学校だ。
聖古城学園。
古めかしいカトリック風の名前だ。しかし、ここは学園。一二歳から一八歳までの少年少女が集う学園だ。近くには寮があり、遠くに住んでいる生徒にとっては便利だ。とはいっても全寮制ではないので都心部の生徒は普通の学生のようにこの学園に通う。ただ、ほとんどが国会議員の御嫡男や御令嬢だったりしてリムジンやらなにやらで彼らは運転手に送られてくる。中にはヘリの生徒だっていた。
馬鹿らしいと思うかもしれない。しかし、それは本当だ。
ただ、ほんの一握りの彼ら・・・・・・つまり、物凄く高い倍率をくぐり抜けて来た一般受験でこの学園に入学した彼らはこの学園の隅の方で細々と生活することを余儀なくされていた。そんな彼らは《貧民》と呼ばれていた。和は《貧民》に当てはまる。そして、自分たちは《選民》と。何とも差別的な社会だった。そのせいか、クラスは分けられている。実は、勉強の差がありすぎるという考えの方が強いらしいが。
とにかく、この差別社会が聖古城学園だった。
「悪ぃ、アレ忘れたわ・・・・・・教室行ってくる」
「アレ、って何よ」
「察しろって」
和は剣道着を急いで脱いでいた。そんな和を親友は少し笑いながら眺める。
暑苦しい空気は二人の男たちによって余計に暑苦しいものになっていた。それもそうだ、剣道だ。たとえもうすぐ一一月とは言っても密閉された面と胴のせいで暑い。和も、その友達も大粒の汗を流しながら制服に着替えていた。いつもは臭いにまで気にする和も今日ばかりはそんな訳にもいかなかった。というのも、和は教室にアレを忘れてしまったからである。アレは早めに回収しないとやばいことになる、それはアレの正体が分かった人が分かる。見つかったら物凄くやばいものだ。それに、今日は見回りの日だった。見回りが二〇時から始まるのはもう、この時期になると一年生でさえ知っている。ちなみに、一年生というのは中学一年生で、高校一年生は四年生にあたる。
――とにかく、やばいのだ
和は汗を噴水のように飛び散らせながら鞄をひっつかむ。竹刀も。面や小手、胴は個人ロッカーに仕舞った。
そして、
「じゃ」
と言って部室を飛び出す。
今は一九時三〇分。外は真っ暗だ。外では陸上部と吹奏楽部がまだ練習をしていた。
シャツを腕まくりし、上着なんて着ていなかったのに汗が垂れる。それもそうだが、鬱陶しかった。体力的には問題がないが、この姿は無様かもしれないと和は思った。急いで着替えたせいか靴下が変な方向に向いていることに気づく。走りにくいがまぁいい、と和は思ったがいざ走ってみると気になった。しかし、そんなことを考えている暇はない。見回りはあと三〇分弱で始まる。
ようやく着いたころには、階段で三階昇り廊下を猛ダッシュしたせいか和は息切れしていた。ゼーハーゼーハーと息を吐きながら和は教室の扉に手をかけた。
Ⅴ年三組
そう、書かれた教室。
五年生、つまり、高校二年生は五クラスある。そのうち三組だけが一般人のクラスだった。別にその教室だけが汚いとか言うわけじゃない。そう、オーラが全く違うのだ。気高きオーラが三組にはない。
それはいいとして、教室には明かりがついていた。
和はドキリとしてしまった。それもそのはず。今日は見回りの日。二〇時と言ってはいるものの本当に二〇時なのかは疑問である。元々、見回りとは夜、生徒が教室にもぐりこんで何かやらかしていないか調べるものだった。しかし、それは生徒にとってただの脅威にしかならない。
そんなわけで、和は恐る恐る扉を引いた。
そこには人間が一人、いた。
しかし、それは生徒だった。
「新太じゃん、どーしたの?」
そこにいたのは江藤新太だった。
しかし、彼は赤かった。
赤、一面の赤。
新太は顔以外、すべてくちゃぐちゃだった。なぜか、顔だけ無傷。まるで意図的なような気がしてならないくらいの不自然さ。首から下は真っ赤だった。ところどころ真っ白な骨が覗き、胃が飛び出ていた。そして、椅子に座らせらていた。
それはまるで異色のオブジェだった。
木の椅子に固定されているのか手錠と足かせで縛られた新太の死体。まるで、拘束されていたかのような感じだった。ぽっかりと空いた喉、むき出しになった胃。とても見ていて気持ちのいいものではない。いや、吐き気を和は覚えた。
そして、吐いた。
「ひっ、ひっ・・・・・・」
そこには誰かがいた。
謎かけ。
この事件だけは絵本じゃない、と思います。