プロローグ
ビルダーブーフの事件の改訂版
目の前に置かれたこの一冊の絵本。
皮の黒表紙は汚く、所々つぎはぎが目立っている。その黒表紙には金色の文字である言葉が彫り込まれていた。
――BILDERBUCH
と。
ビルダーブーフ、そう書かれたその文字は、『絵本』という意味。
ドイツ語で『絵本』と書かれたその絵本はある少女の腕に抱かれていた。
少女の名前はラア。漢字だと羅亜と書くこの少女、この少女はこの絵本の『守護神』だった。この絵本を代々守る一家の長であるこの少女、羅亜は長くて白い髪を腰まで伸ばし、黒いリボンで頭の両方を結っている。切りそろえられた前髪から覗く赤くて大きな瞳はまるでルビーが埋め込まれているようで、透き通るような白い肌と少し赤みがかった頬はまるでお人形さんのようだった。ただ、その透き通るような肌には残酷、と表現できるような真っ赤の十字架が彫り込まれていた。右目から顎にかけて彫られたその赤い十字架は残酷そのものだった。しかし、それは『守護神』の証だった。身につけているものは制服で、セーラー服。冬服とされる黒い長袖に包まれ、少し短めの膝が見えるくらいの長さのスカートからは黒いタイツで包まれた細い足が覗いていた。そして、左手首から覗く手錠は鎖で巻かれた絵本と繋がっており、羅亜はその絵本を両手で抱えるようにしていた。
その少女、羅亜は車の後部座席に座って窓から見える景色を眺めていた。羅亜の赤い瞳にはコンクリートで固められた地面と高層ビル、そして、機械のように動き回る人々が写っていた。
車の中には羅亜とその運転手しかいない。
しかし、それは昨日までの光景だった。
そう、つまり今この車内にはもう一人人間がいた。
「いつもこんなふうに登校しているだな、羅亜は」
ん、と羅亜はその問いに答える。
そう、その車には少年がいた。少年は羅亜の隣に竹刀と共に座り、羅亜に必死に話しかけていた。
その少年、鈴木和は黒い髪と黒い瞳の日本人サンプルだった。着こなした制服のブレザーには一つの歪みもなく、綺麗に整っている。切れ長の瞳のせいかあまり人を寄せ付けないタイプだろう。ただ、彼、和はモテた。
そして、この少年、和は羅亜と契約という名の約束を結んだ羅亜の新たなボディガードでもあった。
二〇一七年神無月三一日目の事である。
ビルダーブーフの事件の改訂版です。
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