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第2章1

「あの……すみませーん」

 久しぶりの来訪者の声に、学然(シュエラン)はひょいと奥から顔を出した。

(これはこれは……)

 ひゅ~と口笛を吹く。

 庵の入り口には声の主が立っていた。

 男物の衣服をまとったその姿から、一瞬少年かとも思ったが、丸みを帯びた体は少女のようにも見えた。

 少年にしてはずいぶんと小柄だった。だが、少女だとしたら、なぜ男物の服を着ている?

 身につけている服は、決して粗末なものなわけではない。そういったことに無頓着な学然でも、それくらいはわかる。

 学然はひどく好奇心をかき立てられて、その人物をつま先から頭のてっぺんまで再度じっくりと観察するように見た。

 切れ長の瞳は黒目がちで、まるで磨かれた黒曜石のよう。美しく長い黒髪は頭上で1つに束ねられていた。口元をきりりとひき結び、その姿は凛々しいという言葉がぴったりだ。

 年は17、8であろう。だが、その年齢にはふさわしくないほど、どこか悟りきったように落ち着いていた。

 「少年」はようやく学然の姿に気づくと、軽く頭を下げた。

「あなたが仙人さま?」

「いーや。仙人は……」

「私です」

 学然の背後から、いつの間にか姿を現した雲隠(ユンイン)が答えた。

「あなたが?」

「ええ、そう言われています」

 雲隠は、人に安心感を与える格別の笑みを浮かべる。

「ようこそ、竹青庵へ。あなたを歓迎いたしますよ」

 部屋に通された「少年」は逢月(フォンユエ)と名乗った。

 どこかで聞いた名だと学然は思ったが思い出せない。となりの雲隠を見たが、彼の表情には何も変化がない。もしかしたら気のせいだったのかもしれないと、少年に視線を戻す。

 椅子に座った少年は、名乗った後は何も言葉を発しなかった。

 ここに来た、ということは雲隠に叶えてもらいたい強い願いがあるはずだ。だが、それを口にすることもなく、ずっとうつむいたままだった。

 だが、決して雲隠は少年を急かすことはせず、彼が口を開くまで辛抱強く待った。

「まあ、茶でも飲んだらどうだ?」

 学然に勧められて、お茶を口にした彼がようやく言葉を発したのは、学然が入れた三杯目のお茶がすっかり冷めきったころだった。

「仙人さまは、何でも願いを叶えてくださると聞いたのですが…それは本当ですか?」

「ええ」

ただし、と雲隠は付け加えた。

「あなたの大切なものと引き換えに、という条件がつきますが」

「大切な…もの……」

 少年は一つ息をつくと、顔をすっとあげた。

「私の…願いを叶えてください」

「あなたの願いは何ですか?」

 逢月を前に、来訪者に毎回投げかける問いを、雲隠は今回も例にもれず口にする。

「私の願いは……」

 彼の声は震えていた。

 だが、しっかりと雲隠の目を見て言葉を続けた。

「私の願いは、私が兄から奪ったすべてを兄に返してほしい。『妹』である私が奪ってしまったすべてを……ただそれだけです」

「ちょっ、ちょっと待った!お前さん……女……なのか?」

「あ……は、はい……」

 少女の顔はみるみるうちに真っ赤になってしまった。

「学然」

「いや、だって!」

「紛らわしくてすみません」

 謝る少女に、雲隠はにこやかに微笑んだ。

「いいえ、悪いのは勘違いをしていた彼です」

 言われて学然はうっとなる。

(こいつだって、絶対に勘違いしていたのに違いないのに!)

 だが、ここは大人しく反論しないほうが得策だ。

 こう見えて雲隠は結構手厳しいのだから。

「ああ、すみません。話の腰を折ってしまって。続きを話してくださいますか?」

 雲隠に促されて少女は大きく頷き、自分の身の上を2人に話し始めたのだった。

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