第1章
※こちらのお話は「外伝三 想月」の続編となります。
単体でもお楽しみいただけますが、外伝三をご覧いただいたほうが、人物関係・背景などがよくわかるかと思いますので、ぜひ外伝からお楽しみくださいませ。
――ねえ、ウォルバン、いつもの話、してくれる?――
あたりは真っ暗な闇。
その中で聞こえてきた声にはっとなる。
もう決して耳にすることはできないと思っていた懐かしい声。
声の主を探し、腕を伸ばした。
闇の中を、光を求めるかのように――。
しかし、どんなに腕を伸ばしても、虚しく空を掴むだけ。
できる限りの声で彼女の名を叫ぶ。
だが、己の声は漆黒の闇の中へと吸い込まれていくだけ。
必死になってあがく。
(私は……!)
再び何かを叫ぼうとしたところで、月芳は目を覚ました。
(夢……か……)
己の腕を見る。
夢とは異なり、今の自分の腕は人のそれではない。
ふさふさとした毛が生えた獣のものだ。
(もう、とうの昔に断ちきったと思ったんだが……)
かつては、いつもそばで守っていたいと思っていた。あの少女の笑顔を。
張り詰めた空気の中でも、決してめげることなく凛と立つ彼女を、傍らで見守っていたい――時間が許される限り。
そう願っていた。
けれど――……。
その願いはもう叶わない。
自分は人として生きることを捨てたのだから。
だが、こうして夢に見るということは、やはりあのときに戻りたいと、心のどこかで思っているのかもしれない。
(人の匂いがする――)
月芳はのそりと起き上がった。
そうして、目を細め空を仰ぐ。
頭上に広がるのは、満点の星空。
月のない朔の日が月芳は好きだった。
名前に「月」が入っているくせに、と天の邪鬼のような気がしないでもないけれど、月がない晩は、星がいっそう輝いて見える。
普段は見えないような暗い星も見えるような気がするのだ。
そう…普段は月の光に隠されて見えない存在も――。
(この匂いは……)
記憶の糸を手繰る。
この匂いは……どこかで――。
――ウォルバン――
夢の中で微笑んだ少女の鮮やかな記憶が、波のように押し寄せてきた。
(逢月……)
瞳を大きく見開く。
長い冬の終わりと共に、まるで積もっていた雪が融けだすように、止まっていた月芳の「ひと」としての時間が、今静かに動き出した……。