第47話 ユリエラ、最後の一撃は切ないと思う
ユリエラ、洞窟の中で深呼吸をする。
イレーネの使う光子魔法の副作用で、ここは洞窟のはずなのに、針葉樹の香りが辺りを満たしていた。
そこに春のつみ菜のセリ科の匂いが加わって、そこらじゅうが爽やかな草の匂いだらけになる。
草木一本生えて無い洞窟なのに、深く息を吸い込めば、まるで神聖な森の中にいるようだった。
わたしは一瞬、頭がバグりそうになる。
――MEEEEEEEE!
そんな仮初めの森で、巨大な黒山羊が苦し気に鳴いた。
その声を聞いてバンギャル5体が、攻撃目標を自動人形からイレーネに切り替える。
けれどオートマタたちが、そうはさせない。
シャサールとペシャールが、スキル「捕獲網」で、バンギャルたちに移動阻害をかけた。
空間に発現した赤い投網が彼女たちに絡まり、身長5mの黒い淑女たちが罵りの声を上げている。
――ニワカガ! ヤコウバスナメンナ!
黒く塗られた唇が、さらに口汚く言葉を吐こうとしたとき、アグリの赤い鉄拳がバンギャルの膝小僧を破壊した。
膝をつき、倒れる巨人の顎先に、アグリのアッパーカットが更にヒット。
他のオートマタたちもそれぞれの武器で、網に絡まるバンギャルたちを攻撃してた。
けれど致命傷は与えない。
完全に倒したら、「次」が出てきちゃうから。
生かさず殺さずで相手して、時間を稼いでる。
イレーネが、メインの黒山羊を倒すまで――
山のような黒山羊が、イレーネの光を嫌って頭を大きく降っている。
わたしも何か魔法攻撃したいけど、わたしの使う悪魔魔法は闇属性だった。
なので掛けてもイレーネの光で打ち消されるか、下手をするとイレーネの魔法効果を弱体化させちゃう。
試しにカモフラージュで習得した、風魔法を唱えてみる。
するとブラックゴートの黒い毛が、風に揺れる稲穂みたいにそよいだ。
うん、ぜんぜん役に立たない。
「イレーネさん、頑張って! ら↑ら↓ら↑~♪」
「まかせて下さい、ユリエラさん!」
わたしの歌声で、ダークバラードを無力化されたブラックゴートは、攻撃パターンを「直接攻撃」に切り替えた。
頭を下げ、大きく捻じれた角をこれ見よがしに振って、わたしたちへ突進してくる。
「イレーネさん!」
「大丈夫ですっ、ユリエラさんは私が守りますっ。
私の後ろにいて下さい。
光の魔法は、防御の方が得意なんです!」
イレーネの放つ光の中を突進するブラックゴートが、徐々にその足を鈍らせて膝をつく。
イレーネとの距離が縮まるほど、その魔法効果はぐんぐん上がって行くみたい。
わたしはイレーネの後ろにいて感じないけど、多分太陽に向かって走ってるのと同じなんだと思う。
――ME、MEEEEっ!?
「このまま一気に行きますっ」
「きゃあっ、イレーネさん素敵ー!」
ブラックゴートのHPがゼロになり、その山のような巨体が空間に溶けて消えていく。
それと同時に子分のバンギャルたちも活動を停止して、闇に溶けていった。
あれほど五月蠅かった戦闘BGMは鳴りやみ、辺りには耳が痛くなるほどの静けさが戻る。
最後の一撃は、切ない。
そんなゲームのキャチコピーが、あった気がする。
今がそれだった。
そう感じさせる静けさがそこにあった。
ブラックゴートを倒したイレーネの背中が、何だか寂しそう。
俯いて少し丸まっている。
わたしは霧島ゆり時代から、ダンジョンには興味がなかった。
けれど、乙女ゲーム廃人のイレーネは違う。
ダンジョンに滅茶苦茶くわしいから、ブラックゴートにわたしの知らない、思い入れがあるのかもしれない。
敵同士って、友情とはまた違う絆が生まれるっていうもの。
「イレーネさん……」
わたしは、遠慮がちに声をかける。
するとイレーネは、少し顔を上げて振り返った。
その手には、銀色の懐中時計が握られている。
「う~ん……13分かあ。
1回目としては、良い方かなあ。
さあユリエラさん、地下1階に戻ってリセットしましょう。
中ボスも復活しますから」
「え?」
「何を驚いているんですか、まだまだこれからですよっ。
次は討伐、10分切ってみせます!」
「ええー!?」
イレーネは、どこまでも効率厨だった。
その後14回討伐して、わたしたちはほっと一息、お茶にする。




