第46話 ブラックゴート VS ららら姫
洞窟を粗く整地した、地下10階の大広間。
その中央にうずくまる、山が動いた。
それは側頭部から捻じれた2本の角を生やす、山のように大きい「山羊」だった。
闇よりもなお暗い毛並みの、「黒山羊」だった。
ブラックゴートが四つ足で立つと、頭の角が天井の鍾乳石に引っかかり、尖った石柱が折れて落っこちてくる。
接近して戦うとなったらブラックゴートの他に、落下してくる石柱にも気をつけないといけない。
わたしとイレーネが息を吞む中、黒山羊が血のように赤い瞳を輝かせて、人語で叫ぶ。
――貴様にくれてやる、俺様のダークバラードおおおっ!
叫びと同時にどこからともなく、激しいビートのイントロが流れてきた。
「どこから流れてくるの!?」
わたしがキョロキョロしていると、イレーネがブラックゴートを見据えながら肩をすくめる。
「元々ゲームですからね。
戦闘BGMは、どこからともなく流れてくるものです。
それより来ますよ、曲の歌い出しっ。
ユリエラさん、気をしっかり持って下さい!」
「分かったわ!」
わたしとイレーネの前で、ブラックゴートが激しいビートに乗せて歌い始めた。
ある晴れた月明かり! サバトへ続く道ー!
荷馬車がゴトゴト! 仔ヤギを乗せて行くー!
かわいい仔ヤギ! 売られて行くぜ!
悲しそうな瞳で! 見ているぜ!
ゴトゴト ゴートー ゴートー!
仔ヤギを乗せてー!
ゴトゴト ゴートー ゴートー!
荷馬車がアップダ、ウーン!
気をしっかり持てと言われたそばから、わたしは黒山羊の術中に嵌りかけていた。
ブラックゴートの歌声はとても激しいのに、そこから絞り出すような悲しみが溢れ出て、わたしのハートに刺さりまくった。
なんて悲しい曲なんだろう。
頭の中に、曲の情景が思い浮かぶ。
月明かりの夜に、何も知らない黒い仔ヤギが、荷馬車で運ばれているんだわっ。
行き先は、魔女の集う儀式の会場。
ああきっと、仔ヤギはそこで殺されるんだわっ。
黒ミサの生贄にされるんだわっ。
ちょっと待って?
この眼の前にいる、山のように大きいこの仔は、ひょっとして生き残りなんじゃないかしら!
お友達の仔ヤギが殺される中で、命からがら逃げて来たんじゃ?
ああ……良くこんなに、大きく育って……
辛かったよね、寂しかったよね。
無理……わたしには無理よ。
わたしに、この仔は殺せない!
むりむりむりむりっ。
「ユリエラさん、気をしっかり!」
「はっ!」
イレーネの叫びに、わたしは我に返る。
予め精神攻撃への耐性魔法をかけていたけれど、そのガードを軽く突破されかかっていた。
さすがに地下10階を守る、階層守護者だと思った。
わたしは守護者との戦闘前に、イレーネから黒山羊の話を聞いていた。
「ブラックゴートは、悲しい曲を歌ってきます。
それは強力な精神攻撃で、相手の同情を引き出して無力化させるんです。
それがちょっと厄介で……
ユリエラさん確か、精神魔法も使いますよね。
何か対策とかありませんか?」
「う~ん……そうねえ……」
わたしはちょっと考えながら答える。
「精神攻撃へのカウンター魔法はあるわ。
それを、戦闘前にかけておきましょう。
それともう一つ。
試したい事があるかも……」
「何ですかそれ?」
「それはね――」
わたしは湧き上がる悲しみを振り切り、手を首筋に当てる。
首にはカフェテラスで「宣戦布告」した時に使用した、チョーカーが巻かれていた。
このチョーカーは小さな声でも、しっかり効果範囲にいる者たちへ届くよう、音量を調節してくれるマジックアイテムだった。
わたしは「2番」を歌い始めた黒山羊に、被せるようにして歌う。
ららら~、ら~ら~ら~♪
イレーネにそれはどんな曲なの?と尋ねたとき、「歌詞は覚えていないけれど、メロディは覚えています」と言っていた。
わたしにはそれで充分。
わたしはそのメロディを教えてもらって、ここへ来る前に頭へ叩き込んでいた。
わたしは覚えたメロディを、ワザと音程をズラして「ららら~」と歌い上げる。
ら↑ら↑ら↓~!
わたしの激しくズレた歌声は、しっかりとブラックゴートに届いて、ブラックゴートの音程を思い切り狂わせた。
(2番)
暗い空↓~そよぐ風↓~!?
烏が↓↓飛び交う↑↑~!?
イレーネがその調子っぱずれな歌声に、思わず吹き出してる。
ブラックゴートは、わたしの「ららら~」を搔き消そうとして、声を張り上げるけれど無駄だった。
チョーカーの効果で、しっかりと「激ズレららら~♪」が耳に届いて、ブラックゴートが悔し気にメエ~ッと鳴いた。
ららら↑ら~↓ら~↑ら~↓ら~↑↑!
ゴトゴト↑ ゴー↓ト↑!? メエッ、ゴート、メエ~ッ!?
「今だわ、イレーネさん!」
「ありがとう、ユリエラさん!」
悲しみの同情効果なんか吹き飛んで、呪縛ソングから解放されたイレーネが、レベルを上げまくった光魔法をブラックゴートへ放った。
「光子魔法っ、空間浄化の香り & 初春の香り!」
清浄な光にさらされて、ブラックゴートが歌声の代わりに、鳴き声を上げた。
MEEEEEEEE!
「イレーネさん、効いてる、効いてるー!」
「ユリエラさん、引き続きお願いします!」
「まかせてっ、ら~↓ららら↑~♪」




