第43話 ユリエラは話を聞いていない
テラスでの「宣戦布告」は学生たちの口伝によって、瞬く間に学園中へ広まっていった。
人から人への伝言ゲームは面白いもので、その内容は、伝える者の興奮と思い込みが入り混じる。
又聞きが繰り返されるほどに、話は単純化され、よりストレートな表現へとなっていく。
イレーネの誘拐事件は、充分にセンセーショナルだった。
しかし学生たちは、もっぱらユリエラの「婚約なんてどうでもいい」発言に食いついていた。
やっぱりハードな事件より、ゴシップの方が盛り上がる。
ユリエラの発言はより単純化され、より過激に伝えられていく。
そして、当の相手に届くころには――
*
ユリエラ、トンカツが食べたくなる。
4限目の魔法史が終わって、お昼時間になった。
わたしはノートや教科書をしまいながら、たまにはトンカツが食べたいなと思ったりした。
こっちの世界でも、豚肉に衣をつけて揚げたものがあるけれど、少し衣が上品な感じがする。
わたしとしてはやっぱり、衣はあらびきの生パン粉がいい。
揚げ上りがとげとげしくて、嚙みしめたとき「ザクッ!」と音がするやつ。
口の中に刺さりそうなほどの、クリスプ感なやつ。
それに、トンカツソースをかけて……
ああ……このトンカツソースが、こっちの世界には無いんだよねえ。
塩コショウでも充分に美味しい。
けれどやっぱり、あの全てをねじ伏せる味の暴力――
そこでわたしの、見果てぬ揚げものの夢は止まる。
眼の前に硬い表情をした第一王子、
アルヴィン・レイ・A ・レクトニクスが、立っていたから。
別名、わたしの婚約者とも言う。
わたしは彼の顔を見て、思い切り食欲が失せた。
今日はキュウリを挟んだ、サンドイッチでいいや。
周りの生徒たちがザワついて、わたしとアルヴィンを見ているのが分かる。
わたしは深く息を吐き、尋ねた。
「どうしたのですか、アルヴィン様?
わたしを素敵なランチにでも、お誘い頂けるのですか?」
「ランチだと?」
わたしの少しはずした問いかけに、アルヴィンが激昂する。
最近この人は、会うたびに怒っているなあ。
カルシウム足りてるかな?
「ユリエラふざけているのか。
僕がなぜ来たか、分かっているだろう?」
怒鳴りはしなかったけれど、喉の奥でぐるると唸るような低い声だった。
わたしはすまして答える。
「いえ、ぜんぜん」
「とぼけるな!」
ここでたまらず、アルヴィンが大声をだした。
クラスの皆がその声で凍りついた。
凍りついたけれど突然始まった修羅場を、一言も聞き逃さないとばかりに、心なしかみんな前のめりになっている。
わたしはアルヴィンに、諭すように言った。
「アルヴィン様、伝えたいことがあるなら、はっきりと言葉で伝えて下さい。
でないと、わたしには分かりません」
「ぐっ……ではユリエラ付いてこい。場所を移す」
「いやです」
「なにい!」
「雰囲気が嫌です。
2人きりになったら、何を言われるか分かりませんもの。
言いたいことがあるなら、ここでどうぞ。
わたしはお話を、しっかり聞かせて頂きますし……」
ここでちらりと周りを見る。
「皆もしっかりと、聞いてくれるでしょう」
「ぐうっ」
アルヴィンは暫く逡巡したあと、荒々しくわたしに尋ねた。
「ユリエラ、僕との〈婚約破棄〉を宣言したそうだなっ」
「ん?」
「あんな不埒で冷めた男など、どうでも良いと言ったそうだなっ。
相手にする価値なしと、言ったそうじゃないか!」
「んん?」
わたしは数舜考える。
婚約破棄の宣言なんてしてないけれど、確かに婚約はどうでも良いと言った。
けれどそれは、わたしが婚約破棄したことにはならない。
そもそも王族との婚姻を、侯爵家のわたしから破棄などできない。
アルヴィンは少し勘違いをしている。
「アルヴィン様、少し勘――」
ん、ちょっと待って。
このまま怒らせて、本当に婚約破棄にならないかしら?
今のわたしには、邪魔でしかない約束だった。
ここでもっと怒って、「お前との婚約を破棄する」と言ってくれないかな?
(この間0.2秒)
「アルヴィン様、少し癇――――に障ったかしら?」
「やはり宣言したのか、ユリエラ!」
「アルヴィン様、わたしは婚約破棄など言っておりません。
そもそもわたしから破棄できない事は、ご存知でしょう?
ですが破棄のまねごとのような事は、言ったかもしれませんね」
「ユリエラ!」
「それはアルヴィン様がわたしを放っておいて、イレーネさんを追いかけ回しているからです。
もともとアルヴィン様が、原因なのですよ?」
「それはっ」
「その点をすっかり無視して、わたしを責めるのですか?
少し理屈が違うとは、自分でお思いには、なられないのですか?」
わたしは極々当たり前のことを、尋ねている。
別の女を追い回す男に、愛想をつかすのは当たり前でしょ?
普通ならこれでたじろぐだろうけれど、アルヴィンはたじろがない。
なぜかって言うと――
「ユリエラ、君には分からないのか?
あれほど素晴らしい女性は、他にいない。
必ずイレーネは、次期聖女となるだろう。
そんな彼女の伴侶が、たった1人など有り得ないだろうっ」
「はあ……」
聞いていて頭が痛くなった。
わたしは、深いため息しか出なかった。
あー出ましたよ、ほら出ちゃいましたよ
その謎理論。
イレーネは偉大な聖女となるのだから、夫が1人など有り得ない。
この世界の男たちは、皆そう考える。
「英雄色を好む」の逆パターンですよ。
乙女ゲームを成立させるための、ハーレム理論。
男たちは進んで「一妻多夫」を声高に叫び、おかしいとは思わない。
この世界の女性は、力があれば多くの男性を囲むことができる。
「ちょっと、それってどうなの!?」ってゲーム設定だけど、ゲームを遊んでいる時はちっとも気にしない。
だって素敵男子を集めて、ハーレムを作りたいからプレイしているんだもの。
「うはあ……」
わたしはもう一度、ため息をつく。
「アルヴィン様。
だからと言って、わたしという婚約者がありながら、イレーネさんの夫の一人になろうなんて……
やっぱりおかしくないですか?」
「仕方がないだろう、彼女は偉大でっ――」
アルヴィンは普通に、ゴミくずみたいな事を言っていた。
けれど「霧島ゆり」時代に、イレーネとしてゲームをプレイしていた時は、
古い因習を乗り越えて、そこまでわたしに尽くしてくれるんだと、アルヴィンにうっとりしていた。
本当に視点が変わると、見えてくる世界って変わるんだなあと思う。
わたしはアルヴィンの話を聞きながら、カイルに抱きしめられた夜を思い出していた。
「聞いているのか、ユリエラ!」
「聞いていますわ、アルヴィン様」




