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第41話 悪魔の心変わりに戸惑う従者


従者のカイルはいつものように、学園寮の玄関先で我が(あるじ)を待っていた。

そこへ軽い足取りで、ユリエラが階下へと降りてくる。


馬の首を()でていたカイルは、振り返りざまに、己の内に湧きあがった感情に戸惑ってしまう。

奇妙……と言うわけではないが、ユリエラはいつもと違った雰囲気を、その身にまとわせていたからだ。


いや、何も変わらないようでもある。

いやしかし……

一体何が、どう違うのか?

カイルはうまく言語化できなかった。


ただいつもよりも、愛らしく見えるのは確かだった。

黒いドレスのせいだろうか?


白銀の髪が、夜のようなドレスに良く映えている。

もし月が下界へ降りて人の形をしたならば、きっとこう言う姿になるだろうと、カイルに思わせた。


カイルが見とれていたのは、時間にして0.2秒ほど。

止まりかけていた言の葉を、肺の奥から無理やり押し出す。


「いえ、待ってなど………………いません。さあ、どうぞユリエラさま」


カイルはユリエラを馬車に乗せトビラを閉めた後、心を落ち着かせるため、(しばら)く深呼吸をする。

直ぐに出立したら、何だか事故を起こしそうだった。

カイルの手綱さばきが少し乱れて、行きの馬車はいつもより(きし)んだ。


赤い海老の切り身亭に着き、席に座る。

座ってからカイルは、ユリエラから眼が離せなかった。


カイルはこれが、何らかの精神攻撃だと疑う。

そう考えても、楽しそうに語りかけてくるユリエラに、(あらが)うのは難しい。

花のようなユリエラの笑顔は、カイルの胸に染み込んで、彼の鼓動を速くする。


気を(まぎら)らわせるために頼んだ火酒(かしゅ)が、直ぐカラとなった。

カイルはユリエラから見えない角度で、精神を落ち着かせる「(いん)」を結ぶ。

親指の腹で、素焼きのコップの側面に書き込み続けた。


途中から席は大所帯となり、カイルはその中の一人となった。

皆と話すユリエラの気が分散して、カイルからそれて行く。


カイルはホッとすると同時に、酷く寂しく思えた。

そう言う気持ちが湧き上がる自分に、カイルは困惑する。

そんなカイルに、隣に座る老人が尋ねた。


「ところでこの前、ユリちゃんがふんふん鼻歌でやっとったアレ。

どうなったのかのう」


カイルは、ユリエラと奏でた夜を思い出し答える。


「もう出来ましたよ」


「そうかね、なあカイルさん、ちょっと聞かせてみてはくれんかね。

あんたのリュートは、ぴかいちじゃからのう」


奏でるのは構わない。

カイルは手渡されたリュートを持ち、我が主ユリエラを見つめた。


完成した曲は「歌入り」のモノだ。

それは流石にユリエラが嫌がるだろうから、カイルはその前に作り上げた、曲のみのバージョンを弾くことにする。


カイルは、ユリエラへ許可を求めた。

いつものやり取りなので、眼を見つめるだけ。

すると思わぬ返事が返ってくる。


「あの、わたしまだ歌詞を考えていなくて……

ららら~で良いなら歌います」


「え、ユリちゃんが歌うの?」

「ユリちゃんが?」


ユリエラの返事で、皆が沸き立つ。

それはカイルも同じ事で、皆と一緒に驚いていた。


そして同時に喜びも込み上げる。

自分から歌いたいと思うほど、あの曲を気に入ってくれたのかと。


ならばそれに応えて、最高の演奏をせねば。

カイルはそう思い、真剣にリュートをチューニングした。


調弦し終わり顔を上げると、眼の前に立つユリエラの肩に力が入っていた。

いくら曲を好きになってくれたと言っても、皆の前で歌うのはまた別の話。

カイルは緊張する主の背中に、そっと声をかける。


「ユリエラさま、大丈夫です。

自信を持って下さい。

ユリエラさまの歌声は、私が自慢したくなるほどの、美しさなのですから」


「わたしやります!」



    *



楽しいひと時はあっと言う間に過ぎ去り、カイルはユリエラを乗せた馬車を学園寮へ走らせる。

火照った体に、夜の風が心地よかった。


学園寮の玄関に着き、カイルは馬車の扉を開ける。

するとユリエラがよろめいて、一歩目のステップを踏み外してしまう。

咄嗟(とっさ)に伸ばしたカイルの腕の中に、ユリエラが倒れ込んだ。


想像以上に軽く、柔らかな体だった。

夜気に溶けるユリエラの匂いはどこまでも甘やかで、カイルの鼻腔(びくう)の奥が痺れた。


カイルの中に、突如抱きしめたい衝動が噴き上がる。

それは獣のように激しくて、気づけばユリエラを強く抱きしめていた。


時間にして2秒、いや3秒か。

カイルは己のしでかした事に驚き、腕を引き離す。


ただ腕を離すだけなのに、繋がれた鎖を引きちぎるかのように、強靭(きょうじん)な精神力が必要だった。

ユリエラは突然の事に驚き、呆然(ぼうぜん)としている。


ふらふらと学園寮へ入っていくユリエラを見つめて、カイルは自責の念を持つ。

自分は何て事をしたのかと。

カイルは無言で馬車を操り、己の住居棟へと戻る。


その胸には、ユリエラを抱きしめた温盛(ぬくもり)が、忘れ難くまだ残っていた。





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