第39話 ユリエラ、歌姫デビューする
効いてる、効いてるー!
お酒の席での不意なアクシデントは、稀に良くあるって聞くもの。
それは不意だから、避けられないって聞くもの。
じゃあ仕方ないよね。
そして不意の出来事って、本当にふいっとやってきた。
予期しない別の方向から。
わたしはちょっと吃驚してしまう。
「エリちゃんどうしたの、その服ー!」
「きゃあ、可愛い」
「何だか今夜は、ひと味違うわね」
お店で顔見知りの客たちが、男女関係なくジョッキを片手に寄ってきた。
椅子を引きずって、にこにこ寄ってくる人もいる。
いつの間にか足元に、知らない犬が2匹寝そべっていた。
待って待って、これって……
効き過ぎてるー!(魅了のドレスが)
わたしはくらりと眩暈がする。
魅了のドレスって、1体1で作用するものじゃないの!?
なんかドレスが、勝手に全方位攻撃してるー!
にこにこして寄ってくる皆に、わたしはしどろもどろになった。
「あのっ……その、えっとっ」
今はちょっと来ないでとは言えない。
だってわたしは皆も好きだから。
悪役令嬢になって、凹んでいるわたしを助けてくれたのは、ここの人たちなんだもの。
わたしは赤えび亭が大好きだし、そこで飲んでいる、おじさま、おばさまたちも大好きだった。
このアットホームさが、疲れたわたしを支えてくれる。
「フリルがいっぱい付いて、可愛いなあ。
ユリちゃん、これ特注かい?」
「お友達からもらった服なんです。
わたしに、似合うって言ってくれて」
「本当に似合っているわ。ユリちゃんの銀髪に良く合ってる」
「ふふふ、ありがとうございます。
でも普段の服に、黒はちょっと喪服みたいですけど」
「そんな事ないわユリちゃん。
フリルやレースに遊び心があって、黒なのにキラキラして見える。
すごく可愛いくて、かっこいいわっ」
「ふふふ」
褒められると嬉しくなっちゃう。
「ユリちゃん、こう言うデザインって何て言うの?」
「えっと、ゴシックロリータかな?」
「ごしっくろりーたね、覚えておこうっと」
「私も、私もっ」
ああ……楽しいなあ。
楽しいけれど……たくさんの嬉しさの中に、カイルとの会話が埋もれていく。
わたしと1対1でなくなって、カイルがちょっとホッとしているのが分かる。
カイルは飲み物を、蒸留酒からエールに切り替えていた。
落ち着きを取り戻しているのが悔しい。
くーっ。
あれあれと思う間に、テーブル同士がくっつけられて、大所帯な席になっていた。
わたしは膝の上に乗ってきた猫を撫でながら、カイルの方をちらちらと見る。
和気あいあいとした雰囲気の中で、隣に座るおじいちゃんがカイルに尋ねていた。
「ところでこの前、ユリちゃんがふんふん鼻歌でやっとったアレ。
どうなったのかのう」
ここに居る人たちは皆、わたしの鼻歌の曲を知っていた。
だってお店の中で、ずっとふんふんしてたから。
おじいちゃんの質問に、カイルが答える。
「もう出来ましたよ」
「そうかね、なあカイルさん、ちょっと聞かせてみてはくれんかね。
あんたのリュートは、ぴかいちじゃからのう」
「なになに? ユリちゃんの鼻歌の曲ができたの?」
「いいね、俺も聞きたいね」
皆が鼻歌の話に乗っかって、盛り上がり始めた。
カイルに弾いてくれとせがんでいる。
誰かが壁に掛かるリュートを取りに行った。
カイルがリュートを手渡されながら、困ったようにわたしを見つめてくる。
あれ? ちょっと待って。
あの曲を弾くってことは……
ええ、わたしも一緒に歌うの!?
むりむりむりっ、そんなの無理っ。
わたしはカイルに、無理って言おうとした。
けれど――
は! これってまさか、カイルからの無茶ぶりなのでは!?
カイルはわたしが参加しない、最初に作った曲だけのバージョンだって弾ける。
なのにわたしに「歌うかい?」って聞いてきてる。
ううん、聞かれてはいないけれど、眼がそう言っている気がする。
どうですか、やりますかって。
周りが話している中で、言葉を交わさずアイコンタクトする、わたしとカイル。
なんて素敵なのかしら。
すごく通じ合っている気がする。
駄目……断れない。
カイルの無茶ぶりは断れない。
だってこれを乗り越えたら、カイルともっと仲良くなれると思うから。
そんなチャンスは逃したくない。
わたしは、思わず手を挙げていた。
「あの、わたしまだ歌詞を考えていなくて……
ららら~で良いなら歌います」
「え、ユリちゃんが歌うの?」
「ユリちゃんが?」
わたしが歌うと知り、皆が一斉に湧き立った。
「おーい、これからユリちゃんが、歌ってくれるぞっ」
「なにい!?」
店中が驚いていた。
何だかカイルも一緒に驚いている気がするけれど、気のせいだと思う。
「ステージが必要だっ」とか言って、また皆でテーブルを移動させ始めた。
店のテーブルって、そんな勝手に移動させて良いのかな?
なんて思っていたら、赤えび亭のチルダが指示を出してる。
店の片側へテーブルが寄せられて、わたしは今、即席ステージの中央に立っていた。
改めて人前に立つと、緊張でくらくらしてくる。
「はわわわっ」
やっぱり無理だって言葉が、喉から出かかった。
わたしの思考が現実逃避を求めて、90分くらい前に遡ろうとしたとき、
調弦を終えたカイルが、優しく声をかけてくれる。
「ユリエラさま、大丈夫です。
自信を持って下さい。
ユリエラさまの歌声は、私が自慢したくなるほどの、美しさなのですから」
「わたしやります!」ぴきーん




